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相談


 自分には小学校、中学校、高校と付き合いの長い二人が側にいた。一人は母親同士も仲が良く、家も近かったせいか慣れ親しんだ幼馴染の里香。もう一人は小学校高学年の転校を機に、俺自分に気さくに話しかけてきた親友の翔太。

 自分と翔太と里香。三人で一緒にいる時間は騒がしくも楽しく、この時間が永遠に続けばいいと願った。三人でいる間は、詳しいことは言えないが嫌なことを忘れられて、幸せでいられたからだ。

 だけど現実は、そうはいかなかった。

 突然出てきた翔太宛てのラブレターが、自分達三人の関係を壊そうとしている。

 美人で性格もいい里香がラブレターを貰うことは多々あったが、彼女は断り続けた。三人でいる今の方が楽しいから、彼氏なんていらないと笑って――思えばその頃から、里香は翔太に好意を抱いていたんだと思う。

 里香に好意を抱いていた翔太も、告白を断り続ける里香の姿に安心していたから、関係がこじれることはなかった。だからという訳じゃないが、そのお陰で三人が一緒に居るという関係は壊れなかったし、各々が楽しい時間を過ごせていたと思う。

 しかし、今回ばかりは違う。ラブレターを貰ったのは里香ではなく翔太の方で、手渡してと頼まれた里香は後輩の想いを無視することが出来ず、その背中を押してしまった。

 互いに本当の想いを伝えられないせいですれ違い、二人の間には誤解が生まれてしまった。二人の気持ちを分かっている自分が、その誤解を解いてやらなければいけないことは本人にだって分かっている。そうしなければ翔太と里香の心が離れてしまう、仲のいい二人の姿を見ることが出来なくなってしまうと、頭では分かっている。


「……だけど俺には、それが出来なかったんだ」

「出来なかった?」

「苦しさから翔太が教室を飛び出した時も、泣きそうな顔で里香が教室を出た時も、俺は二人を止めて誤解を解くことが出来なかった。二人の気持ちを相手に伝えることが出来なかったんだ」

「どうしてですか? 想いを伝えなきゃ翔太さんと里香さんがすれ違うということは、側で見ていた拓真さんが一番よく分かっているんですよね? それなのに、どうして……」


 唯の問いかけに、胸が締め付けられた。


「……怖かったんだ」

「えっ?」


 それが、拓真が今言える精一杯の言葉だった。

 二人の間の誤解が解ければ、二人の心が離れることはなくなる。

 だが同時に、これを機に互いの想いに気付いた翔太と里香は、付き合うようになるだろう。そうなることは一向に構わない。

 そうすると三人でいられる時間が消えてしまうのではないか。そう考えると、自分だけがその場に取り残されたみたいで怖くて、怖くて、たまらない。

 だけど、二人の想いを双方に伝えなければずっと三人でいられる。今、肌で感じるようにぎこちない関係は続くだろうが、翔太と里香、三人で一緒にいられるのだ。

 そう考えると、いつ崩れるかも分からない脆い関係でも、三人でいられるなら幸せで、それでもいいじゃないかと囁く自分がいる。それに納得する自分がいれば、それではいけないと思う自分もいる。

 自分はどうしたらいいのか。どうすれば幸せになれるのか。

 それを考えると訳が分からなくなり、考えがまとまらず、混乱していく。それが今拓真を悩ませている問題であり、誰かに縋ってでも答えを求めている問題だ。

 そのことを言葉足らずに伝えると、唯は終始口を挟むことなく聞いてくれて、そして悲しそうな表情で俯いた。


「……そうですね。本当なら、翔太さんと里香さんが復縁しても三人でいられる未来が望ましいですけど、二人が付き合うようになったら、確かに拓真さんの言う通り、三人でいられる時間がなくなっていくでしょうね」

「……だよな」


 唯もやはり、俺自身と同じことを考えるんだなと拓真は思った。


「……今の拓真さんには、意図的に自分の願いを叶えるだけの力はまだないしな……」

「え? 今、なんか言ったか?」

「へ? あ、いえ! なんでもないですよ!」


 アハハと乾いた笑みを浮かべた唯が呟いた言葉は俺の耳には届かず、尋ねても答えてはくれなかった。拓真は首を傾げながらもそのことは頭の片隅に追いやり、空を見上げた。

 勇気を出して相談をしてみたはいいが、やはり自分が願う幸せの答えは出てこない。彼女なら、何か自分の思いつかなかった解決方法を教えてくれるかと思ったが、そんな僅かな望みは簡単に消えてしまった。

 そう思うとこの問題をどう解決すればいいのか、どうすれば幸せになれるのかという悩みが湧きだし、再度青年は苦悩した。


「……あの、拓真さん」

「ん?」


 そんな時。唯が改まったように拓真を見つめ、問いかける。


「今はぎこちないとはいえ、三人一緒にいるんですよね?」

「そう、だけど……」

「じゃあ聞きます。拓真さんは今、幸せですか?」

「え? そりゃ、今は幸せ……だと思うけど」


 今の自分が幸せかどうかと聞かれれば、答えはイエスだと思う。悩み事があるものの、以前までの悪夢は終わり、今は大切な人達に囲まれて平穏な人生を送っている。これを幸せと言わないのなら、なんと呼べばいいのかと問いたいくらいだ。

 しかし唯は眉をひそめ、きつい口調で再度問いかける。


「本当に? 本当に拓真さんは幸せなんですか?」

「……何が言いたいんだよ」


 唯の問いかけの意味が分からず、苛立ちから自然と声に怒気が含まれる。だが、唯はそれに臆することなく、真っ直ぐと相手の目を見て言った。


「今を本当に幸せと思っているなら、どうして拓真さんは悩んでいるんですか? 本当に幸せなら、その幸福に浸っていればいいじゃないですか。どうして悩むんですか? 今を変えようと考えるんですか?」

「どうしてって、それは……!」

「――それは、今の拓真さんは本当に幸せじゃないことを、心が分かっているんですよ」

「――!?」


 胸を射るような言葉が、彼女の口から告げられる。


「拓真さん。拓真さんの心は知っています。何が本当の幸せなのか、今の偽りの幸福に足りないものはなんなのか」

「今、足りないもの?」

「そろそろ気付いてあげてください。――拓真さん自身が、幸せになる為にも」

「俺の自身の、幸せの為にも……?」


 復唱する拓真の手をソッと唯の手が包み込み、優しく握る。彼は与えられた温もりに戸惑いながらも、唯の言葉の意味を真剣に考え、そして悩んだ。


「難しい問題ですよね。悩んじゃう気持ちも分かります」

「……唯にも分かるのか? 俺の気持ち」

「分かりますよ。……少し、私の話をしますね」


 そう言って唯は目を伏せ、自身の過去に浸り、再度目を開けた時には唯自身の事を話してくれた。


「私には、好きな人がいます」


 それが、話の切り出し方だった。


「その人は優しくて、他人思いで、とても素晴らしい人です。私はそんな彼に惹かれ、今も想い続けています。私の望みはその人の側にずっと居て、一緒に笑うことです。その願いが叶った時、私は幸せになるでしょう」


 唯の話す口調はとても穏やかで、その好きな人を思い浮かべながら話す彼女の表情はとても幸せそうで、彼と呼ばれるその人物といられることが唯は幸せだと心の底から思っているのだろう。

 自分と同じように、唯にも望む幸せがあるんだなと思い、拓真は彼女の話に耳を傾け聞いた。


「だけど現実、それは出来ません。詳しくはお話出来ませんが、とある事情から私は彼の側には居られないからです。だから私の願いは永遠に叶いません」

「……じゃあ唯は、永遠に幸せになれないのか?」


 悲しそうに側に居られないことを告げる唯に、思わずそう聞いてしまった。

唯も自身と同じであるんだと、そう思い込みたくて。この感情を自分一人が抱いているものじゃないんだと思いたくて。

 だが唯の口から出た言葉は、まったく違うものだった。


「いいえ。私は今、幸せですよ」

「え? なんでだよ」

「確かに彼の側にはいられませんが、私は幸せですよ。……今、彼が笑っているから」

「え?」

「今、彼は幸せを掴み、笑っているんです。太陽みたいに温かくて、眩しい笑顔で笑っているんです。私は、その姿を遠くから見られるだけで幸せなんですよ」


 そう言葉を続けた唯の表情は明るく、本当に嬉しそうで――幸せそうだった。


「良い人ぶるつもりもありませんし、やせ我慢している訳でもありません。その笑顔を見る度に私の心は満たされるんです。幸せだと思うんです。……一緒にいられない悲しみと同時に、そう思うんです」


 拓真の手を包み込む唯の手に、微かに力がこもる。彼女は重ねられていた手に向けていた目線を彼に合わせ、こう尋ねた。


「拓真さんも、誰かの笑顔を見て幸せだと思う時、ありませんか?」


 唯の優しい微笑みに、拓真は言葉を失った。

 三人で――二人の側にいられることが幸せだと思っていた自分には、誰かの笑顔が幸せの元になるなんて考えはなかった。ただ、三人でいられることこそが自分自身の幸せだと思い込んでいた。

 だけど実際は――本当の幸せはどうなんだろう?

 翔太と里香、二人の笑顔が消えた今、以前のように笑えない自分がいる。心の底から現状を楽しむ気にもなれないし、作り笑いを浮かべる二人に釣られ、自身も偽り笑みを作ることが多くなった。それは、本当に幸せと呼べるのだろうか?

 自分の本当の幸せ。それは親友と幼馴染――大切な人が笑顔でいることなんじゃないだろうか。たとえ三人一緒に居られても二人が笑っていなければ意味がない。現状に自分が満足していないのは、二人が心から笑っていないからじゃないのだろうか。

 そう考えだすと徐々に混乱していた心が納得し始め、スッと肩の力が抜けていくのが分かった。

 だとすれば、一緒にいられる時間が次第に消えていこうとも、二人が笑ってくれるならそれで自分は幸せなんだと思えるようになった。二人が幸せを掴み、心から笑ってくれるなら。また前のような笑顔が見られるなら、それも幸せなんじゃないかと、思えるようになった。

 唯の言うように、一緒に居られない悲しみは胸の奥で感じるも、それでも二人の笑顔を思い浮かべた時の幸福感に比べれば、それは耐えられないことじゃない。


(翔太と里香の仲、取り持たないとな……)


 二人の無くした笑顔を取り戻したい。だとすれば、行動あるのみだ。

 覚悟は決まった。拓真は優しく見守ってくれていた唯に向き直る。


「ありがとな、唯」


 迷いをふっ切り、決意を固める意味も込めて唯にお礼の言葉を告げ、握られていた手を強く握り返す。彼女は相手の迷いがなくなったことを悟るとにっこりと微笑み「どういたしまして」と言葉を返してくれ、それと同時に手を離した。

 離れてしまった温もりに名残惜しさを感じるも、今は感傷に浸っている暇はない。二人の仲を取り持つと決めた以上、やらなければいけないことがある。策はまだ完全には練っていないものの、おおよその筋書きは立ててある。そして、その筋書き通りに事を運ぶとすると、自分一人では成し遂げることは難しいだろう。

 だとすれば、頼る人物は一人だ。


「……なぁ、唯」

「はい。なんですか拓真さん」

「相談聞いておいてもらってなんだけど、もう一つ、頼み事してもいいか?」

「頼み事、ですか?」

「いや。無理ならいいんだけど、出来れば協力してほしいかな~って内容なんだけど……ダメか?」


 不思議そうに首を傾げる唯に苦笑し、ダメもとで頼み込んでみる。唯はしばしジッと拓真を見つめていたが、やがて口元ににっこりと愛らしい笑みを浮かべ、微笑んだ。


「はい、喜んで! 拓真さんの為だったら、なんだって協力しますよ」


 彼女はどこか嬉しそうな表情で、自分の頼みを快く承諾してくれた。

 嬉しそうな表情の理由はよく分からないが、そうと決まれば善は急げだ。立てた策をもう少し事細かに計画し、筋書きを完璧なものにして、実行する。

 翔太と里香。二人の仲が復縁し、また笑顔になることを描きながら。


「よしっ! じゃあやるぞ、唯!」

「はい! 拓真さん!」


 その時拓真は、今までにないくらい満面の笑みを浮かべていたそうだ。

 その笑顔に釣られて、唯も華のような笑みを浮かべたとか……。


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