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過去が融ける

作者: 譜久山 希

 僕の知っている彼女は、小さくなってしまった。

 ただ静かに、しかし圧倒的な存在感で僕の前にいる。面白い話でもしようか。二週間前に、君の服を買いに行ったよね。あの時、僕は藍色の服を着てほしかったんだ。でも、君は「そんなお葬式みたいな色じゃどこへもいけないわ。」と言ってピンク色の服を選んだね。僕はそれでも、まだ藍色の服を勧めたけれど、ピンク色の服を試着しているのを見て思ったんだ。僕の愛する君は、いつでもピンク色の服を着ていて、それがとてつもなく似合っていて、藍色を着ても君はきっとピンク色に変えてしまう。そんな君がすきなんだ――。好きだったんだ。いや、好きでいつづけるよ。悲しい話になってしまったね。語りかけるその言葉は、宙を舞い、床にバラバラに落ちていく。拾ってくれるはずの君は、白い小さな箱に入ってしまったから。

 


 

 彼女と出会ったのは、大学のサークルだった。当時、僕は2回生で1つ下の彼女は、親切で可愛らしく、誰でもが狙っていた。もちろん僕も例外ではない。彼女には恋人がいないということを風の噂で聞き、さらに僕の「彼女気になる度」は上昇していった。僕は、彼女の魅力を多大に感じつつも1年が経ち、僕は3回生になった。そんなとき、彼女を二人きりになるチャンスが到来した。千載一偶のチャンスと思い、勇気を振り絞って食事に誘った。この時の彼女の笑顔は忘れない。にっこりと微笑み、「いいですけど、お店は先輩が選んでくださいね。」と。僕は、必死に良い店を探したよ。あまり、気取らずそれでいてしっかりとしたデートの雰囲気を味わえるところを。そして選んだイタリアンは、君を満足させられたかな。あんまりお客さんがいなくて、貸し切りのようでびっくりしたと話していたよね。その帰り、僕の噛みながらの告白は、君を驚かせただろうか。Yesで返ってきた言葉に、僕は思わずガッツポーズをしてしまい、君は大笑いしていた。でも、この時、本当に心から嬉しかったんだ。

 それからの毎日は、文字通り薔薇色さ。君は最高の彼女で、僕の自慢だった。彼女を連れていろんなところへ行った。旅好きというわけではないけれど、彼女が、見たことない景色や、触れたことない物を、キラキラした目で見ているのが好きだった。遠出だけじゃない。近くの公園にピクニックにも行ったよね。あのときの、作ってくれたサンドイッチは美味しくて、君は「お腹すいているから美味しいのよ」と言ったけれど、それだけじゃない美味しさがあったよ。そして、僕のすべてが君ということが普通になりつつあった、交際2年目、プロポーズした。君は片足をあげて僕に抱き着き、「yesに決まってるじゃない」と泣いてくれた。僕はまだ、社会人1年目で経済的にも自立しているとまではいかなかった。それでも、OKしてくれたのは、きっと僕を愛してくれていたからだと思っている。4回生だった彼女が卒業してから籍を入れようと決めた。彼女はその後、卒論で忙しくなり、あんまり会えない日々が続いたね。僕も、新しいプロジェクトチームに入り、毎日が忙しくなっていった。会えない日々が続き、気づかなかったんだ。君が病に侵されているということを。本当に気付かなかったんだ。君は気づいていたのかな。君の心臓が悪いということを。

 



 玄関のチャイムが鳴り現実に引き戻された。僕は、椅子に座ったまま、壁のインターフォンの画面を見た。はあ。ため息が出る。

「なんだよ。」僕は気だるげに聞いた。

「今日はいい天気だぞ。」

「それがどうした。」

「まあそう言わずに玄関開けろって。」倉辺は笑顔を見せた。

僕は玄関の鍵を開けて、彼を入れた。

「俺様のモーニングコールを無視しただろ。7時頃、電話したんだぞ。」

彼は、大学時代の同級生で、就職難民により大学院に進んでいる。学生だから時間があるのだろうが、休みの日に7時にモーニングコールをかけられたら、たまったものじゃない。

「そんなものかけてもらわなくても起きられる。それに今はそんな気分じゃない。」

こいつには僕の気持ちが分かるはずがない。朝起きるか起きないかは、今の僕にとって全く重要じゃない。

「どうせ、俺様には僕の気持ちは分かるはずない、とか思ってんだろ。そりゃ分からねえよ。でも、このまま、お前が暗闇に取り残されるのは辛い。どうにかしたい。」

 彼は僕のことを考えてこうして、彼女が亡くなったあと、毎日やってきてくれている。差し入れを持ってきたり、大学院の面白い話をしたり、彼なりに僕を元気づけようと、早く、この暗闇から出してあげようとしてくれている。

「僕だって受け入れたい気持ちはあるんだ。でもどうしても受け入れられない。籍をいれてたったの3週間だ。まだ開けてない段ボールもあるし、インテリアだって決まってない。そんなときに……」

二人は無言になった。部屋を見渡せば、今から過ごすであろう二人の時間が、刻むことなく止まったままの世界だ。僕は、3週間この世界で思い出に浸りながら、時間を過ごしている。

「それは分かっている。俺だって、なにもやみくもにお前を立ち直らせたいわけじゃない。彼女……笹岡ちゃんのことも知ってるし、こんな生活を送ることは、笹岡ちゃんの望んでいることじゃないと思う。」

笹岡……これは彼女の旧姓だ。大学時代、笹岡ちゃんとみんなから呼ばれ親しまれていた。3週間前に、彼女は笹岡から、篠寺に変わった。彼女は苗字が婚姻届け一枚で変わってしまうなんて、世の中は不思議ね、と言い、イニシャルはSのままだから良かったわと話していた。何を聞いても思い出す過去の出来事。分かっている。倉辺がこうやって励ましにやってくることがなにより分かっている。こんな生活をいつまでもしていてはいけないと。ただ、もう少しだけこのままにいさせてくれ。彼女が消えてしまわないうちに。

「ところで、面白い話を持ってきたぞ。」

「研究室の笑い話ならいらない。」

「それが違うんだな。海外の話で、俺もネットでみかけただけなんだがな。お前みたいな境遇の人で、ずっと暗闇から抜け出せずにいたんだ。で、彼女を一緒にいたい気持ちが頂点に達して、ついに遺骨を食べちまったんだ。そしたら、彼女の幻影を見始めたって話だ。すまん、特にオチのない話だ。」

「遺骨を食べる?そんなこと無理だろ。だって骨だぞ。」

「まあネットの記事だし信憑性は低いよ。お前は、遺骨は食べずにこれを持ってきたから食べろ。」

彼は牛丼を二人分出した。こうして毎日、食事を運んでくれる友人がいるという僕は、きっと恵まれているのだろう。遺骨を食べた人は食べるものがなかったのだろうか。笑い話だ。

「さて、俺は研究室に顔出さないといけないから、今日はここらへんで。」彼は牛丼を食べ終わると言った。

「17時くらいにまた来るよ。夕飯は外で食べようぜ。」

 



 遺骨を食べる?そんなことがあるのか?僕の頭の中は、久々に生産的に活動していた。僕は、彼女の両親から許可を得て、この二人で少しだけ住んでいたこの部屋に、遺骨を置くことになった。海で撒くために、遺骨を砂のようにしてしまう人もいるが、僕にはできなかった。骨壺から出して外に遺骨を置くには、原形をとどめない程度まで粉状にしなければいけない法律がある。しかし、彼女をバラバラにしてしまう気がして、僕には無理な話だった。古代エジプトで、死後、復活するために体をミイラ化して保存していたように、僕も彼女をそのまま保存できるなら、保存して、部屋に置いておきたかった。彼女の笑顔は、もう、僕の記憶の中と写真だけ。僕は、倉辺の話が気になった。大切な人を亡くした人には必ず分かるはず。その人の傍にいたくて、遺骨を抱いてしまう心境。食べてしまうというのは、少し行き過ぎなのかもしれないが。でも、遺骨を食べて彼女に会えるなら、僕だって食べるだろう。少し試してみるか……

骨壺は重くも軽くもなく、開けると、頭蓋骨がすっぽりとかぶさっていた。そういえば、最後は頭蓋骨だったっけ。頭蓋骨を取り出すと、小さな骨がたくさん入っていた。僕はその中の骨を取り出し、骨についた粉を指で取って舐めてみた。

 ――何も起こらない。笑ってしまいそうになった。こんなものは所詮、作り話で信じる者は馬鹿。骨を食べてその人が見えるなんて、どう考えたってあり得ない。そんなのドラッグじゃないか。僕は、骨壺を置いて水を取りに、台所に向き直って、息を呑んだ。


 ――彼女がいる。


 え、僕は夢でも見ているのか。彼女は実は死んでなくて、僕はそんな不思議な夢を見ていたとか。それか、この部屋は空間が捻じれてて、時空がゆがんでいるから彼女の過去の姿が見えるとか。

「なあ……」

 返事はない。彼女は台所で、洗い物をしている。

「笹岡ちゃん……」

 もう少し大きめの声で呼んでみたが返事はない。彼女は鼻歌を歌っている。

 僕は、一歩ずつ彼女に近づいてみた。僕の足が、床に指が着き、踵が着くまでたっぷり2秒間。一歩、一歩、一歩。右、左、右。それでも彼女は気づかない。もう手を伸ばせば彼女に手が届く。恐る恐る、手を伸ばして、彼女の肩に触れようとして、僕は危うく重心を外して前につんのめりそうになった。

彼女には触れられらなかった。彼女は幽霊か?もう一度、彼女に手を伸ばすが触れられず、彼女の中に手が入ってしまう。かといって、彼女は透けているわけではない。彼女は、僕と変わらない有機物のように存在し、しっかりと視界でとらえることができる。彼女の顔は、幸せそうに、少し微笑んだ表情だった。すると、彼女はふっと消えてしまった。僕は、一体何だったのか、放心状態で呆然と立ち尽くした。



「それ、遺骨の力だってのか?まさか、お前が遺骨を食べちまうとは。」

倉辺と夕食を食べに、近くのファミレスにやってきた。倉辺に、昼間の出来事を伝えると、信じがたいといった言い方で、僕をたしなめた。

「遺骨を食べる話をしたのは、倉辺だぞ。僕はその話を聞いたから、また彼女に会えるんじゃないかと思って……それに、食べたのは粉だ。ほんの少しの粉だけ。」

僕は、決して骨をバリバリ食べたわけではないということを説明した。

「いや、食べたことには変わらねぇよ。俺は信じられない。そんな超常現象的なことが起きるのか?本当に笹岡ちゃんだったのか?」

「確かに彼女だった。洗い物していて、こっちには全然気づかなかった。声をかけたけど、聞こえている感じはしなかった。」

「それって、もしかして彼女の過去を見ているってことはないのか?」

倉辺はひらめいたように言った。過去……。彼女は家事をよくしてくれていた。僕も手伝うといっても、疲れているだろうから私がやっておくよ、と言ってくれたものだった。もし、過去を見ているのだとしたら、また彼女に会えることになる。

「そうかもしれない。それだと、もう少し遺骨を食べて検証する必要がある。」

「おいおい、また食べるのか。」

「彼女に会える唯一の手段かもしれないだ。いけないとは思うけど……」

「そしたら、一つ、俺のお願いを聞いてくれないか。」

「なんだよ。」

「俺にも遺骨を食べさせてくれ。」

 



 翌日、倉辺は僕に恒例のモーニングコールをしてから、1時間後に行くと伝えてきた。あれから、倉辺と一悶着あったのだが、遺骨を食べてもらうことに同意した。理由は二つ。誰にでも見えるものなのか知りたいということ。また、見えたら僕を信じてもらえるということ。もう一つは、彼も彼女が好きだったということ。サークルに彼女が入ってきたころ、少し気になっていると話をされた。結局、僕が付き合ってしまったが、彼はそれでも友達として応援してくれた。そんな彼は今でも、僕の数少ない友人の一人だ。

玄関のチャイムがなった。

「よう。」彼は昨日と変わらない様子でやってきたが、肩から大きな荷物を下げている。

「おう。なんだその荷物。」

「まあ、備えあればってやつだよ。俺だってまだ半信半疑なんだから。」

「まあなんでもいいけど。座ってくれ。」

二人は、リビングの椅子に座り、遺骨を開けた。まだ、胸がドキドキしている。

「行くぞ。」

二人は、同時に遺骨の粉を舐めた。

胸のドキドキは止まらない。むしろ、今、呼吸しているだろうか。眼球は動くだろうか。何もかもが止まって見える。胸を誰かに掴まれているように、息が速くなる。

カタン。

寝室から音がした。僕は慌てて寝室へ向かった。

「おい、どうしたんだ?」と倉辺には聞こえなかった様子。

「今、寝室の方で音がした。」僕は焦りながら答えた。

寝室に向かうと、彼女がベッドに座っていた。何か、紙に文字を書き込んでいる。

「見えるか?」と僕。

「見えない。」倉辺は一言、答えた。

え?見えない?なぜ?こんなにもはっきりと彼女がいるのに、見えないってなんだ。

「ベッドに腰かけて何か書いているんだ。見えないか?」

「すまない、見えない。だが、こんなこともあろうかと、ちゃんと持ってきた。」

倉辺は、肩から下げていた大きなカバンの中身は、ビデオカメラと三脚、そしてかなり遠方のものでも撮れそうな大きなカメラ。彼は、てきぱきと三脚を組み立てビデオカメラを設置した。

「どのあたりか位置を決めてくれ。それで録画してみる。」

僕は、彼女が真ん中に来るようにフォーカスを合わせ、録画開始ボタンを押した。そして、倉辺は、ベッド付近やいろんなところを写真に収めていた。見えない彼にとって、目の前の彼女は空気同然。こんなにも、はっきりと確実にこの場所に存在しているのに。僕は、彼女の傍に座り、彼女が何を書いているのか盗み見た。それは、手紙だった。




 この手紙を読むころには私は、きっともういないんでしょうね。

でも、悲しんではだめよ。私は自分の心臓がいずれ突然止まること知っていたの。

今日か、明日か、いつかは分からないけれど、その時が来たら、私の秘密を話そうと思っていて、今日はそれをここに書くね。

秘密1 実はサークルに入った時からあなたを狙っていた

秘密2 私は父親が嫌いだから、結婚式で父親とバージンロードを歩くなんて考えられなくて、結婚式をあげたくないと言ったの

秘密3 倉辺先輩とは小さいころからの知り合い。結婚直前まで反対されていたわ。

驚いた?これで胸のつかえがおりたわ。

心置きなく天国に行けます。あ、もしかしたら地獄かもね(笑)

決して、私のことを思って辛い人生は歩まないでください。はやく、新しい人を見つけて新しい人生を切り開いてね。

さよなら。ありがとう。




 倉辺はまだ、写真を撮っている。彼女は手紙を畳んで寝室の引き出しの裏にテープで貼ると消えてしまった。僕は、急いで、引き出しを開けて手紙を取り出した。

「どうした?それが手紙か?」 

 手紙にはさっきと同じ内容のものが書かれていた。

「倉辺、お前、彼女と小さいころから知り合いだったのか?」

 僕は全く知らなかった。倉辺とは大学時代からの友達だが、笹岡ちゃんと倉辺が実は知り合いだったなんて話、おそらく誰も知らない。倉辺は、バツが悪そうに口を開いた。

「そうなんだ。小さいとき、家が隣同士で、歳が近かったからよく遊んでたんだ。でも、俺が引っ越しになって笹岡ちゃんとは離れてしまった。そして、再会したのが大学。サークルに入ってきたときにはあまりにも綺麗になってたんで、気づかなかった。名前を聞いて、もしかしてと思って聞いたら本人でびっくりしたよ。それで、小さいころ可愛い妹みたいな存在だった子が、こんなに大きくなって大人になってると思うと好きになった。それで、お前に相談したんだ。でも、笹岡ちゃんが、お前狙いだってこと知ってたから、余計なことを言うのはやめようと思って、相談するのをやめた。秘密にしていたのは、自分より俺のほうが笹岡ちゃんとの付き合いが長いってことが、知られたくないっていう笹岡ちゃんの思いからだ。」

 倉辺はうつむいて、すまないと呟いた。

 僕は、彼女に秘密にされていたら、ずっと気づかなかったということか。二人は、もちろん仲は良かったがそんなこと気にしなかったのに。秘密にしなくてよかったのに。

二人は沈黙になった。彼はビデオカメラを黙って止めて、片づけ始めた。

「帰るよ。」静かにそういうと、僕を寝室に残して黙って玄関の戸を開けた。




 僕は、遺骨を食べると彼女の過去に会えるということが分かった。食べる量を会える時間が比例しているのか、そこまでに検証はできなかった。なぜなら、一気に、そんな大量の遺骨を食べることに抵抗があったから。遺骨は、すでに、大部分を砂状にさらさらにしてしまい食べやすいように加工した。これで、彼女に会えるのなら、いつまでもこうしていたい。洗濯物を畳んでいたり、料理を作っていたっり、ベッドで眠っていたり、椅子に座って話していたり、たくさんの彼女に出会った。しかし、どの彼女も触れることができず、話しかけることもできない。彼女に会いたい。こうして、過ごすはずだった時間を過ごしたい。お願いだから、もう一度。もう一度。もう一度。

 遺骨は明らかに減っている。そんなとき、倉辺がやってきた。

「元気にしてるか。」

「まあね。」

「これ食べろよ。」倉辺がコンビニでおにぎりを買ってきていた。

「いや、最近食欲なくて。」

「そうか。ところで、あのときに撮ったビデオと写真なんだが。結果から言うと何も映っていなかった。少し期待していたが、何もおかしな点はなかったよ。」

倉辺は現像した写真を見せてきた。どれも、変なところのない普通の寝室の写真だった。ビデオも再生したが、僕が一人でベッドに座るっている映像が続いている。

「あのとき、本当に居たんだ。信じてもらえないかもしれないけど。」

「分かってるよ。そんな嘘をついても仕方ない。」

「あれからも、遺骨を食べるたびに彼女が見えるんだ。これすごくないか?まるで彼女が生きているようだよ。」

僕がそういうと、倉辺の手が震えた。

「なんでなんだよ。なんでなんだよ!なんで俺じゃなくてお前なんだ!」倉辺は叫んだ。

「どうしたんだよ。」僕はうろたえた。

「俺は、笹岡ちゃんの小さいころから知ってる。どんな子でどんなときに笑うか、何が好きで何が嫌いか。二人で遊園地に行ったこともある。あのときは、笹岡ちゃんの身長が足りなくて、ジェットコースターに乗れなかった。大人になったらもう一度行こうと約束した。引っ越しで離れたが、必ずまた会おうと約束した。大学で会えたの運命だと思ったよ。綺麗になって、ますます優しく凛としたなあと感じて、すぐに好きになった。でも、彼女に告白したとき、篠寺、お前が好きだから付き合えないと言われたよ。それは仕方ない思った。それでも、笹岡ちゃんの傍にいられたらそれでいいと。好きな気持ちは変わらずあったが、お前とも友達だったしな。なのに、なんで、今、笹岡ちゃんに会えるのはお前だけなんだ!俺だってお前に負けないくらい笹岡ちゃんが好きだ。なのに、なんで……。」

倉辺は崩れ落ちた。僕にはどうしようもないことだった。でも、これが倉辺の本音だった。




 これが最後の遺骨。彼女に会ったら、僕はどうするだろう。これで最後になってしまう。君にどれだけ愛を伝えられたかな。君にどれだけ僕を刻めたかな。僕はどれだけ君を忘れずにいられるかな。

でも、あいたい。

遺骨を水で流し込んだ。そして深呼吸をする。目を閉じて、想像する。僕は彼女のいる世界に飛んでいる想像を。

目を開けると彼女が僕の方を向いて座っていた。

「きっとこの声は君に聞こえないけれど、最後だから話しておきたい。君のことが本当に心の底から好きだった。君のように、素敵で、可愛くて、優しくて、人を思いやれる人間は世の中にもういないよ。君が僕のすべてだった……。ありがとう。さよならだけでも言いたかった……。」

「じゃあ、今言って。」

耳を疑った。彼女が喋った。

「私、本当は話せるのよ。でも、あなたをこちらの世界に引き留めておきたくなくて、話さなかった。私は人生をかけてあなたを愛した。ありがとう。だから、今、さよならを言って。それで、私とはさよならするの。」

「そんな、ことできないよ。」

「できるわ。さあ、言って。」

「君と、過ごした時間は、本当に貴重で素晴らしいかけがえのないものだ。君に会えて心の底からありがとうを言うよ。愛してる。愛してるよ……」

「私も愛している。」

彼女の姿を見たいのに、涙があふれて止まらない。

「百合、愛している。さ、さ……さよなら。」

「やっと名前で呼んでくれた。ありがとう。さよなら。」




 僕は、椅子から崩れ落ち吐き気に襲われた。胃が痛い。

 真っ赤なものを吐いた。


本作品を読んでいただきありがとうございます。何か、恋愛要素のある話を書きたいな、と考えて書きました。できる限り、登場人物全員の心理描写を大切にしました。大切な人を亡くす経験は、誰しもがいずれ必ず通る道です。相手が、パートナーか親か子供か、祖父母か…これは、果たして自分ならどうなるかを描いた作品でもあります。

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