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朔姫  作者: 星 雪花
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それから、朔姫のことを気にかけつつも月日が経ち、ようやく出仕できるまでに快復する頃には、年の暮れも迫る季節になった。


普段はめったに風病かぜもひかないため、これほど動かないでいるのは初めてのことで、体がすっかりなまってしまっている。

握力も落ち、しばらく太刀を握るだけでも苦労したが、ようやく弓をつがえることができるようになると、じっとしていられずに、足は自然と弓場にむかっていた。

少しでも体を動かしていないと、どうしようもない思いにかられて何もできなくなってしまいそうだった。



今のところ表立って真雪を糾弾する動きは見られなかったが、おそらくそのうち知らせがあるだろう。


——そう思っていた矢先だったため、背後に人の気配を感じ、冷たい刃が頰に触れた時、真雪は、待っていたものがやってきたのだと知った。



幸か不幸か、弓場には誰もいない。

抵抗することもできたはずだった。

しかし真雪はあえて動かないまま、相手の出方を待った。

こういう時に限って太刀をいていないのが悔やまれるが、抜いたところで罪を重ねるだけだ。


これが主上の計らいなのだとしたら、それも致し方あるまい。しかし、背を切られるのは意にそぐわなかった。


真雪は(はす)に振り向く。

それを待っていたように、刃は切っ先を返して(ひらめ)くと、真雪の首筋めがけてまっすぐ振り下ろされた。

一瞬の出来事に、真雪は目を見開いたまま相手を凝視した。

引くこともできたが、それでも間に合わない。


血が吹き出るのを覚悟した刹那、——刃は寸止めされた。


真雪は、静かに相手を見据えたまま言った。



「切らないのか」



目上の人に対する言葉じゃないが、自分をろうとした相手に敬語を使う必要もないだろう。


対する人——梧桐の宰相は、太刀を首筋にあてたまま、優美に微笑んでみせた。



「お望みならそうしたいところだが、あいにくその許しがでていない。朔姫にめんじて、今回だけは見逃す。次はないと思え」



梧桐はそう言うと、太刀を首筋から逸らし鞘におさめた。

そのままきびすを返して去っていく後ろ姿を、真雪は呼びとめた。



「朔姫は、ご無事なのか」


梧桐は、首だけ真雪にむけて言った。


「無事じゃなかったら、もう斬っている」


「主上はこのことを、すでにご存知なのか」



梧桐は背を向けた。

返答はもうないものと思ったが、最後小さくつぶやく声がした。


「朔姫は私がお忍びで連れだした。そして姫君は物忌みの最中らしい。主上に報告することなど、何もないだろう」



濃き紫の直衣が見えなくなると、真雪は一気に体の緊張が解かれるような気がした。


最低でも、官位剥奪くらいの処置はあるかと思ったが、どうやらお咎めなし——ということになるらしい。


月見の宴で右馬頭(うまのかみ)の景清は梧桐について、女君でないのが惜しまれると言ったが、そうだったら空恐ろしいだろう。


妖艶な微笑みの影に、いったい何を思っているのか計り知れない。



——朔姫に会うのも命がけということか。



それでもかまわない、と真雪は思った。



結局、『月読』の正体は分からずじまいだったか——



そう思い、ふと真雪は太刀をあてられた首筋に手をやった。

そこは心なしか、初めて月影神社を訪れた時、放たれた吹き矢が刺さった箇所と同じに思えたのだ。


まさかな——と思い、真雪はそれ以上深く考えるのをやめた。


そして、

あれほどの腕をもつ梧桐とまた一戦交えてみたいと思うのだった。



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