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朔姫  作者: 星 雪花
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霧のなかで


真雪が手綱を引き、馬をとめさせたのは、急にたちこめた霧のせいばかりではなかった。


前方に、白く光るものが見えたのだ。


真雪は、邦光に少しそこで待っているように告げると、馬を降りて太刀を引き抜いた。


見定めようと目を凝らしても、深い霧に隔たれてすぐには見分けられない。

ただボンヤリと光っているさまを、真雪はどこかで見覚えがあるように思った。


それがなぜなのか思いをめぐらせつつ、前に進んでゆくと、光のなかにふたつの双眸がのぞいた。



「朔姫を連れてきてくれてありがとう。僕ひとりでは、できないことだった」



光のなかで、そう声がした。

真雪は息を呑む。

その正体は、白い蛇だった。


今その蛇は、深い霧のなかでも分かるほど発光して、真雪をただじっと見据えている。


真雪は切っ先を下げた。

これが(やしろ)の化身であるならば、太刀は役に立たない。これは、退治するような(たぐい)のものではないのだ。


でもここが(くちなわ)の神域ならば、朔姫を一瞬で連れてゆけるだろう。


それを予感して、真雪は柄を握りしめる。

こうなることを、真雪は知っていた。

知っていて連れてきたのだ。

真雪が太刀をそらしたのをみて、白い蛇は笑ったようだった。



「賢明な判断だ。その太刀は僕を切れない。朔姫は、ここでやるべきことをもう知っている。それさえすめば、彼女の記憶は戻り、君のことも思いだすだろう。ただ、無事に戻れるかは彼女次第だ。

戻ることを彼女が望まなければ、ずっとここにい続けることになる」



不吉な予言に、真雪は唇を噛む。

霧にまぎれて蛇の背後には、社の鳥居がうっすらとそびえている。


「俺もついて行く。そのためにここまで来たんだ」


噛みしめるように一言つぶやくと、蛇は再び言った。


「鳥居をくぐったら、朔姫は龍穴のある異界へ行くことになる。いくら望んでも、同じ場所へは行けない。そこに迷ったら、ずっとひとりで彷徨(さまよ)うことになる。人間には、死ぬよりも辛いことかもしれない」



白い蛇は、淡々と言い放った。

真雪には、それがただの脅しではないと分かった。

この蛇は、ただ真実を言っているのだ。



「朔姫はもう、それを知っている。知っていて、連れだしてくれた君に感謝もしている。道連れにしたら、たぶん悲しむだろう。

君はここにとどまって、帰りを待つこともできる。帰ってこなければ、それは彼女の意志だ。最初から、彼女は龍穴に呑まれることを、少しも恐れなかった」


蛇は、むしろ優しく(さと)すように言った。

でもそれは、鳥居をくぐったら最後、朔姫が帰ってこない暗示のようだった。

真雪は言った。



「俺も行く。そして朔姫を必ず連れ戻す」


何度言っても無駄だと悟ったのだろう。

白い蛇は、赤い舌を不満げにのぞかせた。



「朔姫が君を思いださなければ、異界に行っても会うことはできないだろう。それでも行くのか」



真雪が頷くと、蛇は鳥居の方に頭をむけて、促すように言った。



「それならくぐるといい。命の保証はない。それでもいいのなら」



真雪は、太刀をおさめて馬にまたがった。

邦光には、蛇が見えていないのだろう。今のやり取りは知らないようだった。



真雪は手綱を強く握りしめると、ゆっくり歩を進める。

白い蛇は、もう消えていた。

鳥居をくぐるーーと同時に、真雪は空間が歪んだように感じられた。


それが最後だった。



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