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朔姫  作者: 星 雪花
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新月の夜に


うつうつとして食も細くなっていく様子を、また誰かから聞きつけたのだろう。

御帳台に臥せりがちでいるのを憂慮してか、アヤメが訪れた。


まだ日も高いのに会わないでいるのも失礼だろうと思い起き上がると、アヤメは、青と萌黄の女郎花(おみなえし)に重ねた小袿で、女房然としていた。

普段は梧桐の従者として狩衣を召し、男装しているのだが、朔を訪ねる時はその姿だと会うこともできないため、そうしているのだろう。


事情を知らない者は、アヤメを梧桐の宰相のもとで使っている女房と思い、人払いをして重々しく丁重するのだが、その推察もあながち間違いではなかった。



アヤメは、朔が面やつれしている様子に目をとめ、さとすように言った。



「そうふさぎ込んでいては、本当にご病気になってしまいますよ。潔斎が終われば、少しは気持ちも晴れやかになるでしょう。かの地を訪れるのは、それからでも遅くないと思って下さらないと」



やんわりとではあるが、ゆずらない口調だった。

アヤメも物の怪——白い蛇のことを知っているのかもしれない。

でも朔としては、とてもそんなに待っていられない気持ちでいるのだった。



「本当に、私を斎宮にするつもりなの」


未だに信じられない思いでつぶやくと、アヤメはわずかに微笑したようだった。



「大后さまがそれを望まれるのは、御代代わりの際、卜定(ぼくじょう)により、その選定がなされたからでもあります。啓示がなかったわけではありません。そしてそれが、姫君をお守りする唯一の方法なのです。

清浄な伊勢では、どんな物の怪も太刀打ちできるはずがありません。心を強く持って、すこやかになさいませ」



アヤメは、いずれ始まる野の宮の祓いのことや、裳着の儀式のことなどを細かく教えたが、朔の耳にはあまり入らなかった。


それよりも、今すぐ月影神社へ行くことのできないことが、大きな重しとなって胸の内をふさぐようだった。


なぜか——それではまにあわない、という気持ちがして、なぜなのか分からなかった。

朔ひとりが理由のない焦燥に駆られていて、誰も分かち合う人がいないのだ。




そんな風に過ごしていくさなかも月は欠け続け、新月の晩となった。


朔は暦を数えてはいなかったが、なんとなく察しがつき、でもどうすることもできなかった。


まだ新参の女房たちが一緒に眠っているし、とても入ってこられると思えない。

おそらくここまで来たとしても、中に入れずにあきらめてしまうだろう。

そう思うと、心のどこかでホッとする気持ちもあった。



——と。



御帳台で休んでいた朔は、物音がするのを察してハッと起きあがった。

いつもはもう眠っている時刻なのだが、色々物思いをしていたために、眠ることができなかったのだ。



——大炊君が訪ねてきたのかもしれない。



朔はそう思った。

人払いをしたのか、いつもなら側にひかえている女房の姿もない。

ただ、誰かがそこにいる気配がして、朔は動くことができなかった。


灯が点いていないため、ぼんやりとした輪郭が浮かぶだけで、何も見ることができない。




相手はしばらくそこに立ったままでいたが、ふいに片膝をついたようだった。

そして、ささやくほどの声で言った。




「——朔姫」



落ちついた、低い声。

朔は息を呑む。

それは決して、大炊君ではなかった。




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