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朔姫  作者: 星 雪花
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心の闇に迷ひにき


来ないかもしれないと言われた返歌だったが、数日と経たぬうちに、朝霧は女童めのわらわを使いに家まで届けてくれた。

それを受け取ったのは邦光で、朝霧からの文にその関係を誤解したままだろうが、もはや真雪にとってはどうでもいいことだった。


とりわけ上質そうな唐紙(からがみ)に、涼しげな筆跡で、



——かきくらす 心の闇に迷ひにき

夢うつつとは 月にたずねよ


(心の闇のなかで理性も分別もなくしてしまいました。夢か現実なのかは月にたずねてください)


とある。

さらに隣に、次の新月に、と書き加えてあった。



真雪が、いつまでも見飽きることなく手紙を眺めていると、いつ通されたのか、東の(ひさし)の間に照臣がやってきた。


朝霧から文が来たことを、邦光はすっかり喋ってしまったのだろう。

真雪が手紙を隠すよりも前に、照臣は簀子縁から姿を現すと、それを見とがめて言った。



「まさか本当に深い仲になったのか。世にまれに見る堅物だと思っていたのに」



照臣は、目の覚めるような明るい蘇芳色の直衣をまとっている。大方、遊び疲れて気まぐれに寄ったのだろう。

そう思ったが、照臣の要件は別にあるようだった。



「今夜、宮中で月見の宴が開かれる。それに参加しないかと思って誘いにやってきたんだ。たまにはそういう社交も必要だろう」



いつもならにべもなく断る真雪だが、照臣があえて誘うには理由があるようだった。

照臣は続けて言った。



「お前が言っていた『大炊』という者だが、そういう名のものは宮中にはいない。ずいぶんあちこちをあたってみたんだが」


「——そうか」


そう簡単に見つかるとは、真雪も思わなかった。

だが、女君に聡い照臣がそれだけ手をつくしても見つからないのなら、探すのはかなり難しいだろう。



「今夜の月見の宴には大勢の上達部(かんだちめ)も参加するだろう。『大炊君』という者を知らないか、そこで誰かに聞いてみるといい」


照臣はそう考えているらしいが、真雪は首を振った。


「いや、もしかしたら名を変えているのかもしれない。その確率の方が高いだろう」



そうだとしたら、大炊という名には何の意味もない。

むしろ今は下手に目立たないよう静観するべきだと真雪は思った。

下手にこちらの存在を気づかれれば、次の新月に、と伝えられた約束も気取られてしまう。

それだけは何としても避けなければいけない。


真雪がさして焦らず、落ち着き払っている様子を見て、照臣は張り合いなく感じたようだった。

いっこうに公にされない姫君のことを、あきらめきれない気持ちもあるのだろう。


「移られたら、御裳着の儀式が盛大に行われると思っていたのに、当てが外れたな」と、ひとり嘆息するようにつぶやいている。


まさかその姫君と、ひそかに文を交わしたなど思ってもいないだろう。

真雪がさすがに言わないのも水くさいような気がして、打ち明けようかどうか迷っていると——この話題にも飽きてしまったのか、照臣は違うことを話しかけた。



「そういえば、ずっと独身を通していることで有名な梧桐(あおぎり)の宰相という方がいるんだが、最近になって、誰かに並々ならぬ愛情をかけていると女房が噂していた。

その方は主上にも気に入られていて、一の皇女(ひめみこ)を降嫁させたいという申し出も断ったほどなのに」



照臣は、自分ならば絶対に申し出を受け入れるのに、とか、一体誰にそこまで思い入れているのか気にならないか、と散々話し続け、真雪は打ち明ける機会をつくれないまま、気がつくと夕方が近づいてきてしまった。



真雪は月見の宴に参加するつもりなど初めからなかったが、左兵衛府の辺りに朔姫がいると思うと居ても立っても居られなくなるのも事実で、結局照臣について行くことにした。





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