弓場殿
たん、と小気味良い音が、ついで辺りに響く。
空は高く、秋晴れというのにふさわしい日和だが、その清々しさとは裏腹に、真雪の心はまったく晴れなかった。
いつもなら弓を番えているうちは無心でいられるのに。
そう思うと、苦いものが胸に込みあげる。
しかしだからといって的を外すこともないため、もとから寡黙な真雪は、一見普段と変わらないように見えた。
心が晴れない理由が照臣の依頼からきていることは、疑いようもない。
それが単なる照臣の好奇からくるものであれば、適当にあしらうこともできるのだがーー真雪は、矢を引きしぼりながら思う。
主上が期待している、という言葉が、頭のなかに染みついて離れなかった。
そもそも、それが本当なのかも分からない。
照臣の口から出まかせということもあり得るのだ。
だが、主上に接見できる機会が真雪にあるはずもなく、その真意を確かめようもなかった。
当の照臣は、相変わらず公務の合間に女君の寝屋に忍んで遊んでいるのだから、呆れたものだった。
だがそれが、いつもの照臣なのだ。
困らせる事態を勝手に起こしておいて、あとは気がむいた時にしかこちらに出向かない。
いまいましいと思っていいはずなのに、真雪は、勝手気ままな照臣が嫌いではない。
それは昔から知っている気安さから来るのかもしれないがーー相手の好悪と頼まれごとが厄介かどうかは、また別の話だ。
しかも、好もしい女君がいるとあらばどこへでも勇んで行く照臣とは違って、真雪は色事全般に疎いところがあり、この件自体に興味がもてないのだった。
真雪が気にしているのは、照臣の頼みごとを主上の頼みと同一視していいかの疑問であり、そうであるなら決して無視はできないこと。
しかし個人的には、そんな面倒に足をつっこみたくないという本音があり、そのはざまで揺れているのだった。
ーーしかし、いつまでも日を延ばすわけにもいくまい。
自由に動ける時間は限られている。
じりじりと迷うのは、性分に合わなかった。
気は進まないが、とりあえずその姫君の居場所を見つけなければいけないのだろう。
ある程度目星はついていると、照臣は言っていた。
隠密に匿われているという話が本当だとすれば、そう簡単に見つかるとも思えないが。
真雪は矢を放つ。
照臣に会えるよう計らわなければと思い、その後の面倒を思って深く嘆息した。