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朔姫  作者: 星 雪花
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大后


数日後、

夜が明ける前に、朔はアヤメに連れ出され牛車に乗り、そのまま御所へ移ることになった。


辺りがまだ薄暗かったため、どこをどう通ったのかも判然としないまま、たいそう人目を忍んでの移動となった。



「ここから先は、誰にも見られてはいけません」



暗がりのなか、アヤメは何度もそう念を押した。

ここに移ることは、あまり公にされてはいないのだと、そして知られれば知られるほど“危険”が伴うのだと、アヤメは繰り返し、朔に言い聞かせた。


一体どんな危険が伴うのか朔は知りたがったが、アヤメは詳しく言及しなかった。


だが侍女として側についている小萩は、それを心得ている様子だった。




「内親王という立場の皇女(ひめみこ)は、独身を貫くことも多いのよ」


アヤメのいないところで、こっそり小萩は言った。


「普通の姫君なら、裳着(もぎ)を済ませて祝言を挙げるけど、朔はもっと身分が高いはずだもの。

ここにいるのが広く知れ渡って、不測の事態になったら大変よ」



小萩はそう言うが、朔は、自分がそんなにも高い身分——禅譲した帝の実の娘——であるということが、まったく想像できないままだった。

朔はもともと、まわりから姫君と呼ばれてはいたものの、長いあいだ、野谷に囲まれた静かな場所でずっと暮らしていたのだ。


こんな風に隠れなければいけないのなら、前の場所にずっといればよかったのに、どうにも不自由な身上を、朔は今なお息苦しいと思った。


几帳で隔てられ、外は容易に見ることはできないが、なかの調度品は、御簾や文箱、御帳台につけても、とても高価であることが、絹の肌触りや細かな螺鈿らでんの装飾から感じられた。


しかしそれは、かえって息苦しさを増長するようだった。

このままここに閉じ込められたまま、もうどこへも行けないのではないか。



そう思うたび、朔はこっそり仕舞ってある文を取りだした。


ここが御所のなかのどこかなら、真雪と名乗った人もきっと近くにいる。


朔はそう思いながら、その思いを秘めているしかなかった。


御所に入ってから、アヤメがいつも側を離れないため、入れ替わることもできない。


そしてたとえ入れ替わったとしても、どこに行けば会えるのか、検討もつかなかった。


一方小萩は、朔を外に出すことは控えた方がいいという立場に傾きつつあった。


そのうち正式な儀式があるにしろ、まだ裳着も済ませていない姫君に、何か粗相があっては朔のためにもならないばかりか、己の侍女としての立場も揺らぎかねないと思っていたのである。



そうして、

何も進展のない日がいくらか続いたのち、

朔はアヤメに呼ばれ、透廊(すきろう)を後に続いた。


燈台に火が灯されているが、夜も(くだ)ってひどく見通しが悪い。


人目につく昼間、ずっと御簾の内側にこもりきりでいるため、会えるなら誰でもいいという気持ちだった。



——と、

高燈台のそばに直衣姿の人が佇んでいるのを見て、朔は息をとめた。



「お久しぶりですね」


「……大炊君」


大炊君は、朔に視線を合わせるとやわらかに微笑んだ。



「姫君がどうされているか、ずっと心に案じておりました」


奥の板の間の前には、重く御簾が垂らされているのが見える。


「奥に誰かいるの」


大炊君が進み出るよう無言で促すのを見て、朔は問いかける。

大炊君は言った。


「本来はこんな場所でお会いできる方ではないのですが、姫君がこちらに移られたのを知って、お越しになられたのです」



大炊君の丁寧な口調から、朔は察して言った。



「もしかして、あなたの(あるじ)という方なの」



その推論は、当たったようだった。

大炊君は肯定も否定もしないまま目を細める。

そして、ささやいた。



「先の帝の母宮——大后(おおきさき)さまです」



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