蛇、ふたたび
朔は部屋のなかで、小萩の帰りを今か今かと待ちかまえていた。
——やっぱり、私が行った方がよかったんだろうか。
それについてはもう何回も考えつくしていることだったが、朔は再び考えずにはいられなかった。
小萩に話したのは、不安だったからだ。
それでも朔はひとりで行こうとしたが、小萩に話したら大反対された。
そして、小萩が代わりに話を聞いてくることになったのだ。
——でも、ずいぶん遅い。
焦れた朔は、様子を見に行くことにした。
最初から、朔が行けばよかったのだ。
そう思い、すみの妻戸をそっと押し開けた時、前庭にひとつの淡い光を見つけて、朔はギョッとした。
いつからそこにいたのか、白い蛇は、朔が来たのを知ると、待ちわびたように首を持ち上げた。
「あれほど、牛車には乗るなと言ったのに」
いきなり責める声音で言われ、さすがの朔も少しムッとした。
あの時は、それ以外に方法がなかったのだ。
蛇は続けて言った。
「生け捕られてしまうと言っただろう。御所に移る準備が着々と進んでいる。君の母親がもともといた場所だ」
——そうなのか、と思うのと同時に湧いてきた疑問があって、朔は問いかけた。
「母さまの持っていた玉かずらはどこにあるの。あなたなら、それを知っているはずでしょう」
蛇は、鋭い光を湛えた双眸をじっと朔にむけた。
そして、しばらくして言いはなった。
「玉かずらは、君が持っている」
思わぬ答えに、朔は面食らった。
そんな答えは予想していなかったのだ。
持っていない、と言おうとして、朔は口をつぐむ。
確信をもって蛇がそう言うなら、本当のことかもしれないと思ったからだ。
蛇はふたたび言った。
「それは、君のなかに封印されている。封印を解かない限り、記憶は戻らない。玉かずらも内に眠ったままだ」
「どうすれば封印を解けるの」
藁にもすがる気持ちで、朔は問いかけた。
蛇のまわりを包む淡い光が弱くなっていく。
もう話せる時間が残されていないのだ。
蛇は口を開く。
白い体に比して、赤い舌が燃えるようだった。
「月影神社に——」
来れば、と聞こえた気がした。
その言葉を最後に、蛇は消えうせた。
朔が大いに落胆していると、足音がして、小萩が部屋まで戻ってくるところだった。
「風が冷たいのに、こんなところで何をしているの」
「帰りが遅いから、様子を見に行こうと思って」
そう言いながら、
朔は今し方聞いた話で頭がいっぱいだった。
玉かずらが、私のなかに封印されている?
小萩は小萩で興奮した様子で、部屋に戻ると抑えた声で言った。
「夢についてはそれ以外語られなかったけど、いつでも月影神社に連れて行ってあげると言われたの。そこの宮司と知り合いなんですって」
その言葉を聞いた瞬間、
背に鳥肌がたった。
——月影神社に、来れば。
「あと、こうも言ってた。消えた玉かずらの行方が分かれば、何か思いだすかもしれないって」
そうだ、あの蛇も——そう言っていた。
そして、それは朔のなかにあるのだ。
朔は思わず小萩の手を取った。
「なんとか神社に行って、真相を確かめなきゃ。その時はまた、入れ替わってくれる?」
今、朔に思いつけるのはそれくらいだった。
姫君としてでなければ、会える勇気が湧いてくる気がした。
小萩は苦笑した。
「アヤメさんのいない時を見計らってなら、なんとかできるかも。長いあいだは無理だと思うけど」
小萩が請け合ったので、朔は安堵した。
その隙を見逃さなければ、いつかまた会える日がくるかもしれない。
そのことだけが、何も分からない未来のなかに差す、小さな希望の光のように思えた。




