御所の噂
御所に、新しい姫君が住まわれるらしい。
その噂を照臣に聞いた時、真雪は心の内でやはり、と思った。
どこの姫君かは明かされないものの、どこからその噂を仕入れるのか、照臣はそれが誰なのか、既に把握している様子だった。
「どうやら『月読』には、もともと都にくだんの姫君を住まわせる算段があったみたいだな」
坪庭のあるいつもの一室で、照臣は呟いた。
表情を変えない真雪を見て、意外に思ったらしい。
「驚かないのか」
どこか、からかいを含んだ口調だった。
真雪が答えずにいると、照臣はなおも言った。
「あんなにご執心だったのに、どうしたんだ。姫君がこちらにやってくるのなら、垣間見る機会があるかもしれないものを」
そう声をはずませる照臣と対照的に、真雪は、胸の底が固く冷めるのを感じた。
姫君が御所に近づけば近づくほど、むしろ遠くなっていくようだった。
もし入内されるようなことになれば、はるかに遠い存在になるのは確かなのだ。
それを物ともしない輩でなければ、垣間見るどころか歌を送ることさえかなわない。
あまたの女君に対して、無謀に見える振る舞いを重ねる照臣を、真雪は初めてうらやましいと思った。
「とにかく、姫君が戻ってくるのなら、もう俺はお前にとっては用済みだろう」
「半分はそうだが、気になることがないわけでもない」
照臣は続けて言った。
「『月読』が大人しく姫君を住まわせておくと思うか? やつらは玉かずらを探しているはずだ。白珠の更衣が持っていた玉かずらを」
玉かずら、という言葉に真雪は反応した。
同時に、
宮司の言った言葉も二重で浮かんでくる。
白珠の更衣の二の舞いになるという言葉。
ーーでも、だから俺にどうしろと言うんだ。
宮司に対して見得を切った以上、真雪も玉かずらの行方は知りたかった。
ーーまぼろしの君。
そして彼女には、「月代の大蛇」と呼ばれる蛇神が憑いている。
自分が太刀打ちできるとはとても思えなかった。
でも、
彼女を見捨てることは、できない。
それがどんな結果をもたらすか、真雪は知っている。
そうなれば、
自分の不甲斐なさに、切歯扼腕することになるだろう。
「——大炊君、という名を知っているか」
ふと思いついて、真雪は口にした。
「めずらしいな。お前が女君の名を口にするなんて」
ふざけて返した照臣に、真雪は露骨に顔をしかめてみせた。
「どうやらその女君が、『月読』の首謀者らしい」
照臣は虚を突かれたようだった。
「誰からそんな話を聞いたんだ」
「姫君に仕えていた命婦からだ。間違いなく、そいつはこの宮中で何らかの役割を担っているはずだ。お前なら知っているかもしれないと思ったんだが」
「あいにく、知らないな。だが、そういうことなら、その筋を調べておこう」




