表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朔姫  作者: 星 雪花
28/56

届けられた文


朔がもといた部屋に戻って紙を広げると、『お方さま』の言う通り、そこにはひとつの歌が書かれていた。





『ひさかたの夢のあいまに見る影の


月にあまぎるまぼろしの君』





大きく、ところどころ角ばった文字で、流麗とは言い難いが、気持ちのこもった歌であることは不思議と伝わってくる。


戻ってくるなり俯いている朔を不審がって、小萩も一緒に紙を覗き込むと、おどろいた声で言った。



「もう恋文をもらったの? いったい誰に? お方さまは男の人だったの?」



矢継ぎ早に質問する小萩を前に、今度は朔が仰天して言った。



「女の人だったわ。でもなぜか、これを渡されたの。姫君に渡すようにって」



言われたことの仔細を説明すると、小萩は思わず声をひそめて言った。




「アヤメさんに見つかったら大事ね。でもこれを書いたのが誰なのかは気になる。だってここの人に文を渡したのなら、もうすでに朔のことを知っている人がいるってことだもの。

昔御所にいた時、朔を知る人が書いたものなのじゃない?」


「全然思いだせないけど、そうなのかな」



朔は紙に書いてある文字のひとつひとつを目で追ってみるが、そこから何も浮かんではこなかった。


だが、自分を知っている人がこの歌を書いたのだと思うと、その人を知りたいという気持ちが僅かに湧いてくる。



朔は、今しばらく文の歌を見つめたまま言った。




「私、この人が誰なのかを知りたい。どうしてこれを書いたのか、尋ねてみたい」



声が、知らず熱を帯びてくる。


ーー歌は、姫君のこと。


彼女はそう、はっきりと朔に告げた。




「私、もう一度『お方さま』に会って話してくる。そうしてもかまわない?」



小萩は、その勢いに気圧されたようだった。



「アヤメさんが御所で朔を迎える手筈を整えているなら、もうしばらく時間がかかるだろうし、今さら私が対面するのもおかしいものね。私も、それを書いた人が、どんな人なのかは気になるし」



そこで朔は、誰かから歌を贈られたことが一度としてなく、これが初めてだということに気がついた。




ーー夢のあいまに見る影の

月にあまぎるまぼろしの君



まぼろしの君、とは私のことだろうか。


朔にとっては、この歌の書き手こそがまぼろしそのものだった。


自分の知らない、でも夢のなかで、この人はわたしを見たと言っている。




ーー姫君の侍女としてなら会えるかもしれない。




大胆にも、ふとそう思った。



彼の探している『まぼろしの君』ではなく、姫君の侍女としてなら。

できればアヤメが帰ってくる前に。


そう思い、

朔は文字の流れを指先でそっとなぞった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ