予感
牛車の進みは遅く、いつまでも揺られ続けているように思えたが、人通りが多くなるにつれ、都に近づいているような予感がした。
物見窓から細く、外を眺めると、同じような車が大通りを渡っていくのも見える。
アヤメは出発してから車副についたきり、一度も話しかける素振りを見せなかったが、朔は入れ替わっていることがばれてしまうのではと気が気ではなかった。
小萩は昨夜あまり眠れなかったため、眠るまいとしながらも牛車の振動に合わせて、眠気に耐えきれずに、うたた寝をしている。
かくいう朔も眠れなかったのだが、目は冴えていた。
昨夜、几帳の内側で見た光の影が、まぶたに焼きついてずっと離れなかった。
もっと話を聞きたかったのに、すぐに消えてしまった。
懐かしい口調だった。
記憶にはない蛇の姿を、自分は前に見たことがあるのだろう。
恐れよりも親しみを感じる時点で、自分は人とは違うのかもしれない。
——そうだ。美袮も、私を恐れていた。
朔は久しぶりに、
ずっと世話をしてくれた乳母代わりの女性を思いだして、薄く唇を噛む。
考えたくないことだったが、美袮は朔が『月読』に引き取られることを、少しも惜しくは思っていなかった。
厄介払いできる。
本当に、そう思っていたのかもしれない。
だからこそ、朔も屋敷に残りたいと最後まで言い張ることができなかった。
それは、言ってはいけない言葉だった。
胸がはりさけそうなくらい不安でも、それを呑み込んでついていくしかなかった。
今も、——
朔は、物見窓の外の風景を、ぼんやり眺めながら考える。
不安であることには変わりない。
でも、何も分からないで過ごすのは、もう嫌だった。
昨日の夜、
突如現れた蛇の使いなら、きっとすべてを知っているのだろう。
——明日、牛車には乗らない方がいい。
その言葉を聞いた時、
なぜか都へ行くことになる予感がした。
大炊君も、もとは宮人に仕える立場なのだ。
その人の指示を受けているのなら、そう考えるのが自然だと朔にも分かった。
人々の行き交う大通りが朔にはめずらしかったが、慣れない袙姿に身をやつしたためか、緊張のあまり外の風景も目に入らない。
そんななか、
アヤメが牛飼童に指図する声がした。




