美袮の言葉
ようやく真雪を本気とみなしたのか、命婦は浅く吐息をついて言った。
「そこまで言われるなら、致し方ありません。でも思い改められるなら、身を引いて下さい。あの子を助けるとは、それこそ神に挑むようなもの。初めから、そなたに勝ち目はないのです」
諦めた風情に、真雪は反駁した。
「それはどういう意味です。姫君が人ではないと言うのですか」
「高麻呂殿に、少しは聞いたのでしょう。あの姫君には、月代の大蛇と呼ばれる龍神が憑いているのです。白珠の更衣も、最期はあの社にある龍穴に呑まれました。そうなる定めには逆らえないのです」
真雪は、息を呑む。
それでは、やはり更衣はただの病などではなかったのだ。
高麻呂の話を思いだし、真雪は問いかけた。
「あなたが『月読』と、手引きをしたのですか」
半分出まかせのつもりで口にしたが、命婦は頷いた。
「大炊君は、信頼するに足るお方です。せめて残された時間を宮中で過ごせれば、それがせめてもの救いになるのです」
——大炊君。
もう承知していることと思ったのか、
真雪は、命婦が口にした名を胸にとめた。
「姫君が更衣の二の舞になってもいいというのですか」
真雪がそう言うと、
命婦はむしろ憐れんだ目で、真雪を見返した。
恐れを知らない者に対して、まるで同情するような目線だった。
「あの子は昔から、母親のところへ行きたがっています。神に魅入られた者を、どう救うのですか。
誤った奢りは、身の破滅を招くだけです。会ったこともない姫君に固執するのは、もうおやめなさい」
それ以上話が進みそうにないため、真雪はそこで辞退することにした。
日はとうに暮れ、夜の帳で覆われた芒の原に、鈴虫の鳴く声ばかりが聴こえてくる。
ここから自邸まで駆けると、真夜中になるだろう。
命婦に何を言われても、真雪は姫君を諦めるつもりはなかった。
しかし——問題があるとすれば、それを阻む相手が見えないことだった。
命婦は、いずれ姫君は社に続く龍穴に呑まれると言ったのだ。
亡くなった白珠の更衣と同じように。
確かに——『月読』はおろか、月代の大蛇と呼ばれる龍神が相手では、真雪に勝ち目は初めからないかもしれない。
——それでも。
真雪は手綱を握ったまま、終わりのない自問自答のなかで、闇のなかをひたすらに駆け続けた。




