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朔姫  作者: 星 雪花
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予兆


小萩が夕餉の仕度を整えて、朔の寝起きする西の対に行くと、榑縁にふたつの人影を見つけ、思わず立ちどまった。


見ると、

背の高い方がアヤメで、小柄な方が朔なのだと分かる。

アヤメは女房装束ではなく、若苗色の直垂(ひたたれ)に袴姿という出で立ちで、もともと背が高いためか男装していても全く違和感がない。


対する朔は、紅梅色の鮮やかな袿を身にまとっている。そうしていると、皇女(ひめみこ)という境遇も相成って、一層可憐な姫君に見えてくる。


朔は、袿の色目にも負けないほど顔を紅潮させて、何やらアヤメの話を聞いていた。


そうしていると、深窓の姫君と宮中の貴公子が逢い引きしているように見えなくもない。



小萩が近づくのをためらっていると、ふたりの話はそこで途切れたようで、アヤメは小萩のいる方とは反対側へ歩いていってしまった。


小萩は、ここぞとばかりに朔に話しかけた。



「何のお話だったの」



朔は小萩に気づいてなかったようで、ハッとして振りむくと言った。



「今、大炊君さまの伝言を伝えに来てくれたの。明日の朝、ここを出る手筈を整えておいて下さいって」


朔の目は、気の高ぶりから、心なしかうるんでいるように見える。

顔を上げたまま小萩を見つめると、おもむろに言った。



「小萩も一緒についてきてくれる?」


「でも、勝手にそんなことをして……」



朔は思わず語気を強めて言葉をさえぎった。


「怒られても、私のせいにしていいから。小萩がいてくれたら、心強いと思うの。まだ暗いうちに出かけるみたいだから、うまく忍び込めば分からないはず」



そう頼み込まれて、小萩はしぶしぶといった体で頷いた。

だが一方で、好奇心が湧いたのも事実だった。

小萩は一度も牛車に乗ったことがない。

車宿りの様子を見ていれば、明日どの車が出るかも分かるだろう。

何よりいつも不安げに、さみしそうにしている朔を見ると、小萩はほうっておけない気がするのだった。



***



そういうこともあり、

朔は夜が更けてもなかなか寝つけなかった。


漠然と物事が動いていることを感じてはいても、心のなかは波立つばかりで落ち着かない。


自分のことを知らないからだ、と寄る辺のない不安に襲われるたび、朔は思った。

そして、なぜ知らないかも分からないのだ。


このままよく知らない場所に行き、誰かと(まみ)えることになるかもしれないと思うと、朔は気が遠くなるような気がした。


そこまで自分自身を置き去りにして、果たして日々を過ごしていけるだろうか、と。




ーーと、



ふいに、何かの気配を感じて、

朔は御帳台の隙間から、部屋のなかを見た。


目を凝らして見ると、淡い闇のなかに、ぼんやりと青く光るものがある。


恐れてもいいはずなのに、不思議とそれを見ても恐怖は湧かなかった。


朔は起きあがる。



なぜかとてもーー懐かしいような気がした。


これと同じ光を、朔は知っている。


それが、自分と切り離せない特別な()()だということが、朔には分かった。


よく見ようとして近づくと、几帳の内側で光の輪郭が揺らめき、なかから細長い影が浮かびあがった。



それは光りながらも、朔の方に頭を向けていた。

ふたつの双眸が、朔の視線と重なる。




それは、白い蛇のようだった。


青白くまたたきながら、

蛇は、利発そうな目つきで朔をまっすぐ見上げているのだった。




「やっと会えたーー朔姫」




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