出立
真雪は自邸に戻ると、藍色の狩衣に着替えて太刀を佩いた。
そのまま厩に寄り、栗毛色の馬の背をなでていると、小屋の外から誰かの足音がする。
目線だけ向けると、この家で従者を勤める邦光が立っていた。
縹色の水干に同色の袴を合わせ、胸元の白い菊綴じが揺れている。
「これからお出かけですか」
馬をならしているところを見られたのだろう。
真雪が頷くと、邦光はまだ幼さの残る口元を引き結び、ためらいながら言った。
「佐さまは、以前どこかへお出かけになった際、帰らなかったでしょう。昨夜も遅くまで出かけていましたし、どこか通う場所を見つけられたのではと、皆が噂してます」
「そういうわけじゃない」
真雪は苦笑した。
否定したものの、もし朝霧から返歌が届いたら、噂はもっと広がるだろうと暗に想像できる。
「では、少将さまの恋の取り持ちをなさっているのですか」
「まあ、そんなところだ」
そもそもの初めは、
照臣の話に乗ってしまっただけのことなのだ。
その姫君に、以前会ったことがあるかもしれないということは、胸の奥深くにしまっていた。
不思議な夢だった。
だが、ただの夢ではおさまらない何かを感じていた。
あの少女が訴えていたことを、真雪はただ知りたいだけなのだ。
邦光はしばらく真雪を見つめていたが、
決意したように言った。
「私もお供させてもらえませんか」
真雪はかぶりを振った。
「邦光には、私がいない間、母君や皆の世話をしてほしい。少し留守にするかもしれないから」
無下に断られ、邦光は悄気たようにつぶやいた。
「私じゃ足手まといなんですね」
「私はひとりで出歩くのに慣れているんだよ。また助けが必要になる時は、邦光に案内を頼もう」
その言葉に勇気づけられたのか、邦光はもう拗ねていなかった。
「では、どこに行くのか私にだけ教えてくれませんか」
真雪は手綱を取り背にまたがると、その馬上で珍しく、邦光に微笑んだ。
「まぼろしの君を、今から探しに行く。他言無用にしてくれると助かる」
そう言って真雪は手綱を引くと、邦光を背にその場から駆け出した。




