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朔姫  作者: 星 雪花
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まぼろしの君


夜明け前に真雪は退出し、自邸に戻ってしばらく休んでいた。

そのままゆっくりすることもできたのだが、辺りが明るくなると、直衣に着替えて出仕することにした。

ひとり、考え事をする時は、弓を放つのが一番いいと思ったのだ。


弓場殿へと歩いている途中、誰かに呼びとめられ、振りむくと、濃い紅の直衣を着た照臣が立っていた。



「その様子だと、朝霧には会えたみたいだな」


あの女房から話を聞けたのも、照臣の手引きがあったからだった。

そう考えると、事後報告をする義理もあるのだろう。


礼を言おうと口を開いたところへ、照臣は切り返した。



「それで、歌はむこうに届けたのか」


思わぬことを聞かれ、真雪は虚を衝かれた。


「べつに逢瀬を重ねたわけじゃない」


そう言うと、照臣は呆れたようだった。


「でも一応、歌を送るのが宮人の嗜みだろう。日が高く昇る前に送った方がいい」


「じゃあお前が代筆しておいてくれ。私の従者を使って、それが家人にばれたら面倒なことになる」



ただでさえ、あまりに恋をしない真雪は、家の者に心配されているのだ。

それが父親の耳にでも入ろうものなら、どの家に歌を送ったのかと騒動になり、あらぬ誤解を招くことになる。


そう思って真雪は言ったのだが、照臣はますます呆れたようだった。



「お前は、どこの深窓の姫君なんだ。年端のゆかぬ子供じゃあるまいに。それに、私が書いたら手で分かってしまう。もっと失礼になるぞ」



その言い合いの末、

結局真雪は、照臣の屋敷にまたふたたび上がりこむことになった。


用意されたのは切箔をあしらった厚手の陸奥紙(みちのくがみ)で、書くのがためらわれるほど上等なものだった。


硯箱ののった文台の前で真雪は正座すると、迷った末、筆先を墨にひたした。


真雪は普段、和歌を詠むことはない。

元来、歌を詠むのは苦手だった。


そのため、引用した歌をそのまま書き連ねるか、一部を改ざんして書くことが多いのだが、今回は、自然と思うままにまかせた。


いったん書き始めると、のびの良さから、その紙が本当に上質のものだと分かる。




真雪は、



“ ひさかたの 夢のあいまに見る影の


月にあまぎる まぼろしの君 ”




とだけ書くと、筆をおいた。



墨が乾くのを待って手渡すと、照臣はそれを一瞥して言った。



「お前はもっと歌を詠んだ方がいいな。今時、小舎人(こどねり)女童(めのわらわ)でも、もう少し技巧を凝らした歌を詠むぞ」



「ほっとけ。歌詠みは苦手だ」



真雪がふてくされると、照臣はおかしそうに笑った。



「まあとにかく、これを送っておく。私の従者を使えば、昼前にはあちらに届くだろう」




***



礼を言って屋敷を退出すると、すでに日は高く昇っている。

もし朝霧が後朝(きぬぎぬ)の文を待っているのだとしたら、確かにそれを送るのは礼儀なのだろう。


照臣に指摘されて気づくのが、真雪の世相に疎いところだった。

真雪は無意識に、先ほど詠んだ歌を脳裏で反芻する。



ーー月にあまぎる まぼろしの君



彼女を探しだしたいと、真雪は思った。


夢のなかで彼女が語った、その言葉の意味を知りたい、と。


弓場殿には、足は向かなかった。


真雪は自邸の方へ歩きながら、それとは別のことを考えていた。




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