帰路
真雪は、夢の余韻で、自分がどこにいるのか分からなかった。
いつも寝起きしている部屋ではない証に、太陽の明るい日差しが、違う方角から差している。
おぼろげな記憶をたどろうとするより先に、
すぐ近くで男の声がした。
「お気づきになられましたか」
身をおこすと、
初老と思われる宮司がそこにいた。
「私は、一体……」
「戸口の前で倒れていたのですよ。それから今まで眠っておられたのです」
真雪は起きあがる。
首筋に、まだ疼痛が残っていたが、それ以外の外傷は見当たらない。
相手が隠密の「月読」で、真雪が目障りなら、致死の矢毒を仕込むことも、恐らくできただろう。
それが却って、まぎれもない忠告のようだった。
「これ以上、邪魔をするな」と。
宮司の言葉に、嘘はないようだった。
あまり長居するのも失礼にあたる気がして、真雪は早々にその場を立ち去った。
ーーあの夢は、いったい何だったのだろう。
帰る道すがらも、頭に浮かぶのはそのことばかりだった。
今でもそのひとつひとつを思いだせる。
夢のなかで、
真雪は八歳の童男だった。
今から十年前、
野山を駆けて遊ぶのに夢中だった頃。
ーーこれは偶然か。何かの啓示なのか。
夢のなかに現れた少女は、とても現実の人とは思えなかった。
でも真雪は、それが実際に起きた出来事という気がした。
過去の自分が体験したことを、追憶としてふたたび見せられたような。
さまざまなことが胸に去来して、真雪は物思いに沈んだまま、その足で照臣のもとを訪れた。
留守かとおもったが、家人にたずねるといつもの一室に向かうように言われ、ほどなくして照臣は姿を見せた。
自邸で着替えずに来たため、真雪は薄青の狩衣姿のままだ。
対して照臣は、浅緋の直衣を見にまとっている。
照臣は、やけに悄然としている故を聞きたがり、腹芸が苦手な真雪は、つい身の上に起きたことを喋って後悔した。
「気絶した? あの社に、刺客がいたというのか」
相手の顔も何も見ていないが、
刺客が「月読」なら、ここで仔細を口にしたくはなかった。
相手が悪すぎる。
矢毒で人を殺めるのに躊躇いがない隠密だとしたら、そんな物騒に巻き込みたくなかった。
最初巻き込んだのは照臣なのだが、あの夢を見た以上、真雪はもう心を決めていた。
気絶した理由を適当にごまかすと、照臣は、
「それなら物の怪の仕業か、悪霊のたぐいだろう。どこかの寺で厄除けの護摩を焚いてもらうといい」
など、見当違いのことを言っていたが、真雪にとっては、まだその方がよかった。
「照臣は、件の姫君を垣間見たことはあるのか」
「残念ながら、ないな」
「十年前というと、当時は五歳くらいか」
夢で見た少女も、それくらいだった。
回想していると、照臣はめずらしそうに真雪の方を見た。
「いつからそんなに乗り気になったんだ。あんなに事をしぶっていたくせに」
真雪は、からかいには応じずに言った。
「他に、当時の姫君について聞ける人は、誰かいるだろうか」
対する、照臣の返事は素早かった。
「前に言っただろう。朝霧の女房だ。今は、朱雀院に近い場所で宿下がりをしている」
ーーそうか、その手があったか。
当時の更衣ーー姫君の母ーーに仕えていた人なら、その時の様子を何か聞けるだろう。
真雪が本気と知って、
照臣は大仰に驚いてみせながら言った。
「それなら、女房へ文を送ってみよう。手はずが整えば、そう待たなくとも会えるはずだ」




