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ノスタルジアの箱  作者: 水菜月
夏の果てしなき。
21/27

花火のせいだ


泣き虫の女は苦手だ。

泣けば済むと思ってるとか、単なる甘えだろ。


映画に行けばエンドロールまで泣いてるから、外出たら目が真っ赤。

水族館は大丈夫かと思ったら、ラッコが手を叩いてるって号泣。


夕方、暮れ行く頃の車窓の風景なんて、絶対見せちゃダメ。

灯りが揺れているだけで、ほら、もう目がうるんでる。呆れるくらい。


彼女の涙は、自由自在にすっとあふれでてくる。

きらいなはずなのに、穏かな海を見ているようで

彼女の場合は、潮の満ち干きのように、日々を彩る波の音と同じに思えてくる。


*


俺は男だから、物心ついてから片手で足りるくらいしか泣いたことがない。

涙なんて何処かに置き去りにしてしまった。


多分、あの時以来。

高校生の時、初めて一人旅を決行した。

寝袋を背負って山に登ったんだ。山と言っても、近くの低い山だ。

けれど、夜の闇は確かにそこに存在した。

怖くて、同時に新鮮で、なかなか眠れなかった夜。


星明りに目が慣れた頃、隠れていた白い月が薄雲からゆっくり顔を出す。

あの時、自然に涙がこぼれて耳の中に落ちていった感覚だけが、涙の記憶。


*


あいつには、一途に思い続けてきた相手がいる。

そいつは都合のいい時だけ彼女を呼び出して、惑わせ、迷わせた。

許せねーよ。男も、そんなヤツに惚れてる方も。

俺に許されなくても関係ないか。


私ね、あの人のこと、期待してないの。

時々見せてくれる優しい顔はただの気紛れで、本気じゃない。


自分の心を閉ざして、黒に染まっていく感情のない世界。

自分にささやかれる言葉を本気で受け取れずに、心は真っ白になる。

ストップウオッチで止まったまま。

可哀相な私。自分に同情してる。まるで世界の終わり。


だんだん笑わなくなって、凍結した人形のようになっていく。

彼女はある日突然、いなくなった。


*


毎日気がかりで、心がバラバラに切り裂かれていくようだった。

連絡しても返事はない。友人に聞いてもわからない。

今あいつのいる場所はこの空と繋がってるだろうかと、窓の外ばかり見てた。


二週間が経って、唐突に電話が鳴った。


元気? 無邪気な声。


はぁっ? 元気じゃねーよ。どんだけ心配させれば気が済むんだよ。


えー、怒らないで。

もしかして呆れてて口ききたくない?


呆れてるけど切るな。ずっと話せ。今、どこだ?


えっとね、北海道。


はいー?


湖のほとりだよ。すごくいいところ。


そりゃあ、いいご身分で。


*


あのね、今から30分後に花火をはじめます。

だから、君も準備するように。去年の残りでもいいよ。

同じ時間に炎を見つめるのって、ロマンチックじゃない?


言われるがまま、物置に行って去年放置した花火セットを持ってきた。

これ、しけてねーかな。火、つくかな。

そういえば、昔はよく川原で花火やったな。

マッチで火をつけるのが怖いって、俺は点火係りを押し付けられて。


そんなことを思い出して、擦った火をかざす。

花火に点火すると、真っ白な煙しか出なくて、むせて涙が出てきた。

言っとくけどな、煙いせいだぜ。


シュルルルル。うわぁー。

あ、ねずみ花火でしょー。きゃははっ。

ちっ。でも、笑えるようになったんだな。


彼女が花火の映像を送ってくる。

パチパチしている火花を撮っているだけで、自分は映さない。

こら、振り回すな、目が回るだろ。 


最後は決まって、線香花火。

蛍のようなまるい玉を、少しでも長く、落さないように

風に揺れないように左手で守りながら、どっちが長く残るか競い合った。


そっと息を潜める。

ジュッと音を立て、君の最後の火の雫がぽつりと落ちた。


そばにいたときには横顔が気になって

ついよそ見して、いつも負けてた。今年はおまえがそばにいない。


*


帰ってきた彼女は陽に焼けてて、拍子抜けするくらい元気だった。


どうだった、北海道。


えっとね、絨毯みたいだったよ。あちこちで、ごろごろ転がったの。


今回の旅行ではね、なんと3回しか泣きませんでしたー。

毎日泣いてばかりかと思ってたでしょ?


そうだな、今も涙目だが。


今はいいの。ほっとしたらちょっとね。

と、見る間に、目がうるうるになっていく。


今この瞬間がすごくいとおしくて、でも同時にもう二度と戻ってこないんだよ。

そう思うと、やっぱり泣いちゃうんだ。


もうさー、黙って抱きしめていいか?



 







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