第8話:何か重くなってねえか?気のせいか
もうちょっとだけ続きます。せめてサメが無双するぐらいまでは。
ゾンビはものを食べない。ならば人目につかない山道や荒れ地を補給にしばられず自由に勧めるかというと、そうでもない。
この時代、山中は怪物が跋扈する危険地帯であるし、特殊な技術や方向感覚がなければ迷った末に滑落したり、遭難をする可能性が高い。
おまけに牽いているのは古い荷車だ。
ちゃっかり小さくなって木桶で優雅に泳ぐのが仕事、と決め込んだ役立たずのサメを連れ歩くには、定期的に水の補給が出来て荷車を引けるだけの、そこそこ整備された地面が必要だ。
というわけで、1人と1匹は田舎の街道を、ちゃっぷんちゃっぷんと、のんびりと海とビッグマネーを目指して、今日も歩き続けるのである。
「なんか、妙な臭いがするな」
あーてもない、こうでもない、とビッグマネーを稼いでからのとりとめのない夢を語るゾンビおっさんの会話を遮ったのは、水桶から鼻先だけを出したサメである。
「ああん?俺は別に臭くねー!」
夢想を中断されて不機嫌に答えるのはゾンビおっさん。
酒の席で管を撒いて嫌われるタイプである。
おまけに、あまりに臭い臭いと言われ続けて、精神的外傷になってしまったのだろうか。
このゾンビおっさん、空気は読めないくせに陰口には敏感になっている。
「そうではない。卿は感じぬか?なにかモノが焼ける臭いだ」
存外に真面目な声音に、ゾンビおっさんは周囲を見渡した。
人目の少ない山中の田舎道でモノの焼ける臭いがする、というのは朗報ではない。
「あそこか」
街道の近くであれば、人里がある。
人里があれば、煮炊きをする、柴を焼き払う、といった生活のために火を使う。
火を使えば煙が立つ。
だが、その煙は山中の小さな人里から立ち上るには、少しばかり多すぎるように見える。
「火事、か?」
「どうだかな。それにしちゃあ、人の気配がしねえ」
どのみち、そろそろ水の換え時である。
1人と1匹は、ゆっくりと荷車をモノの焼ける臭いの元に向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
たどり着いた先にあったのは、完全に焼け落ちた数件の粗末な家屋と、そこから立ち上る数条の煙。
そして、そこかしこに転がっている、かつて人間だったもの。
「あーあ。山賊にでもやられたか」
「なんともはや。おい、卿は何をする気だ!?」
ごそごそと焼け跡と死体を探り出したゾンビおっさんに、サメが声を荒げる。
「いや、何か金目のものが残ってねーかなーと。こっちも食ってかないとならんしな」
「卿は何か食う必要があるのか」
「気分だよ、気分。くそっ!銅貨一枚落ちてねえな!これだから貧乏人と山賊はムカつくぜ」
その貧乏人と山賊の残り滓を漁っている自分の姿は気にならないらしい。
「まあ、これも現世の弱肉強食ということか」
目の前の光景を自らに納得させるように、サメが呟いた。
力があればこそ綺麗事も言えるし、自分の我儘も貫き通せる。
大海原の王として幾多の海を征服してきたサメにも覚えのある光景ではある。
「しゃーねえ、井戸だけ浚って水を補給したら先に行くか」
滑車が盗まれていたせいで難儀しつつも、何とか古井戸から水を汲み出すとゾンビおっさんは荷車を廃村から再び街道へ向けた。
「ん?ちょっと荷車が重くなってねえか?」
水を汲みすぎたのか、それとも緩やかに坂道になっているせいか。
ゾンビおっさんは荷車の引き手に僅かな違和感を感じた。
「まあ、気のせいか」
と、何かのフラグを立てつつ、1人と1匹は焼け落ちた廃村を後にしたのである。