第6話:卿《けい》は金持ちになりたくないか?
「卿は金持ちになりたくないか?」
陸にうちあげられたサメの必死の呼びかけを、ゾンビおっさんは取り合わない。
「ああ、そういのいいから。いるんだよなー。今際の際になると、美味い話を持ちかけてくるやつが。こないだブッ殺した山賊も、とっときのお宝がある、とか抜かしてたっけな。そんなお宝があれば、きたねえ格好で山賊やってるわけねえじゃねえか。常識で考えて」
「なかったのか」
「ああ、とんだくたびれ儲けだったよ!」
しっかり引っかかっておるではないか、という言葉をサメは飲み込んだ。
欲の皮が突っ張った人間が相手の方が、ある意味で交渉はやりやすい。
「だいたい、お前が金持ってるようには見えねーぞ?口から金貨でも吐き出すのか?」
「大海原の王が、そのようなみっともないことをするか。良いか。私にとって海は庭だ。となれば、海にあるもの全ては私のものだ。その一部をを卿に分けてやることはできる」
サメは、そこでパチパチと瞬膜を瞬かせると焦点の合わない目でゾンビおっさんを見つめた。
「例えば・・・卿は、海の底に沈んだ船の宝が欲しくはないか?」
「ああん?海だあ?あの塩っぱくてでかい水溜りの」
「そうだ。私が一度海原に泳ぎだせば、海に沈んだ船の底を浚って宝を引き上げるなど容易いこと。砂に沈んだ金貨や銀貨、宝飾品のありかも私にかかれば一目瞭然。卿に世界中の海の底に沈んだ金銀財宝をもたらしてやろう。そうすれば、卿は一夜にして王侯貴族の仲間入りだ」
「おうこうきぞく・・・酒池肉林・・・」
その欲深なゾンビおっさんの脳味噌でいかなる光景が展開されているのか。
外部からは死んだような目が僅かに震える様子から想像するしかない。
数十秒の逡巡の後、現実に帰ってきたゾンビおっさんは、ブルブルと首を左右に振って幻想を振り払った。
「はっ!騙されるかよ!おめえ、俺が海なんて見たことねえからって騙そうとしてんだろ!だいたい、そんな都合よくお宝を積んだ船が沈んでるわけねえ!純粋な人の欲望につけ込むとか、さすが悪魔だ!あぶねえ、騙されねえぞ!」
「いや・・・酒池肉林とか、誰も言ってないが・・・」
「うるせえなあ、いいからすり身になりな!ったく、往生際がわりいな」
ゾンビおっさんは過去の自分の行状は遥か遠くの棚に放り投げ、剣を構えてサメに迫る。
「ふむ。あくまで私を料理するつもりか。料理といえば・・・卿は、塩の製法を知りたくはないか?」
「・・・しお?」
ゾンビおっさんの剣を振り上げた手が、ピタリと停まった。
「そうだ。塩だ。人が生きていくためには、1日に7グラムの塩が必要だ。栄華を極めた王侯貴族も、道端の乞食も塩を摂る運命からは逃れられぬ。塩は生命に等しくかけられる税金なのだ。塩を握ることは人の生命を握ることであり、永遠に尽きぬ金貨の湧き出す壺を得ることを意味するのだ」
「・・・金貨の、わき出る、つぼ・・・」
「そうだ。金貨は使えばなくなってしまう。だが塩はどれだけ作っても尽きることはない。なぜなら、無限の広がりを持つ海から無限に汲み出すことができるのだからな。無限の富。卿は、それに興味はないか?」
「・・・むげんのとみ・・・?・・・海の水から、いくらでも塩がとれる・・・?・・・後宮も夢じゃない・・・」
今度の妄想は長かった。ゾンビおっさんの目からは現実を見据える光は消え去り、完全に幻覚の中に埋没していた。もし野営の焚き木がパチリと大きな音を立てなかったら、ゾンビおっさんはそのまま現実に帰ってくることはできなかったかもしれない。
「はっ!あぶねえ!またまた騙されるところだった!騙されねえ、騙されねえぞ!そんなに簡単に塩ができるんだったら、どっかの王様かお貴族様がとっくに手がけて、ガッチリ秘密を守ってるに決まってんだろ!」
「とりあえず涎を拭け。それにしても卿はなかなかに疑い深いのう・・・どんだけ騙されてきたんだか・・・あるいは単に人柄が卑しいのか」
「卑しいって言ったか」
「いや、何も」
ゾンビおっさんの腐りかけた耳は、自分の悪口はよく聞こえるのだ。
街でゾンビおっさんとすれ違う若い女性たちは気をつけた方がいい。
すれ違ったときに「ねえ見た?あの親父」「きもーい」「くさーい」などと陰口が叩かれたのを聞き逃さず、しっかりと根に持ち続けるのだから。
「完全に被害妄想だな。性根が半分死んでおる」
「うるっせーな!すり身にすんぞ!」
「まあ待て。話は最後まで聞け。金貨のためと思えば、卿も少しばかり待つこともできるであろう?仕方ないから、脳味噌が半分腐りかけた卿にもわかりやすく教えてやるとするか。海水は塩っぱい。海の水には塩が含まれている。だから海水を煮詰めれば塩が取れる。ここまではいいか?」
「ああ、馬鹿にすんな!そんくれーならわかるに決まってんだろ!」
「ここで問題になるのは薪だ。それと人手。海水を組んで鍋や壺に入れて中身がなくなるまで火を炊く。どれだけ薪が必要になるか。それに塩水は重い。海から汲めるとしても重労働だ。海の水から塩が取れるとしても、塩が高価なままなのは、そのためだ」
「まあ、労働はつれーよな。それはわかる」
もはや完全に引き込まれ、踊らされていることにゾンビおっさんは気づかない。
この場合は、おっさんの鈍さよりもサメの語り口が上手いことを褒めるべきだろうか。
もしもこのサメが現代日本に転生していたら、振り込め詐欺かTV通販の世界で一財をなしていたであろう。
「だが、それを解決する方法がある。私の知っている方法ならば、その効率を10倍にも20倍にもできる。つまりは、圧倒的に安価な塩を作れるということだ。1つまみの塩と、1壺の塩を同じ価格にできるということだ。しかも品質は私の方法の方が良いとしたら?どうだ?金持ちになれる光景が見えてきたろう?」
「お・・・おう」
「では、取引成立だ。ち、ちょっとばかり乾いて息ができなくなってきたでな、つづきは後だ。と、とりあえず、み、水をもらえんかな?」
「ミミズ?」
「そういうのいいから」
おっさんの空気を読めない親父ギャグに、サメはマジギレした。
こうして、欲に駆られたゾンビのおっさんと、口のうまい喚び出されたサメの、スローライフ無双を目指した珍道中は幕を開けたのである。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
本格的なコメディー連載は初めてで手探りでやっておりますので、具体的に、このネタが面白い、このネタはわかった、わからなかった!などと感想をいただけますと、今後の執筆の方向性に確信が持てます。
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