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第3話:退職金くれよ、退職金

冒険者という人種はある種の肉体労働者であるから、お上品なことは言わない。

装備だって整備はしているが年中つけっぱなしだ。革紐やあて布の部分に染み込んだ自分の汗や怪物の血の匂いは、こすっても洗ってもとれやしない。


逆に、そうした血生臭さもある種の勲章として、武勇の証として誇るのが冒険者という生き方である。

だが、彼らのように臭さに耐性のある人間達にも限界はある。


「・・・たしかに、臭えな」


「ああ、言われてみれば」


ざわざわと聴衆となっている冒険者から小声で賛同の声があがりはじめる。

ことここに至り、世間の風は、おっさんゾンビに決定的で強烈な向かい風となって吹き始めた。


冒険者は臭い。おっさんは臭い。ゾンビは臭い。


それでは、冒険者でおっさんでゾンビはどれほど臭いのか。

臭い×臭い×臭いの三乗だ。


つまりは、ものすごーーーく臭いのである。


それこそ冒険者としての活動に支障をきたしてしまうぐらいに。


「おまけに僧侶と女戦士あたしが野営してるテントを一晩中ずーーーっと覗いてたでしょ!臭いしキモいしで全然眠れなかったんだから!」


「い、いやあれは見張りをしていただけで・・・」


「見張りは外を向くものでしょ!なんで中を向いてるのよ!」


いかん。これ以上の戦いの継続は深刻で回復不能な社会的ダメージを受ける。


ゾンビおっさんは、ハッキリと己の旗色の悪さを自覚した。

このままでは、パーティー脱退どころか、社会から脱退させられてしまう。

社会の敵、女の敵として、怪物モンスターとして、この場で討伐されることすらあり得る。


悔しいがやむを得ない。生きてさえいれば、いつかは誤解が解ける日も来るだろう。

本当に勇気ある者は退くことを怖れないものだ。


帰ろう、帰ればまたこれるから。と、有名な冒険者も言ったではないか。


「・・・わかった。パーティーを抜けよう。おっさんとしても若い者の足を引っ張りたいわけじゃない」


「ようやく、わかってくれましたか」


ホッとした顔を見せる黒髪の若者の表情は柔らかい。

こちらが普段の表情なのだろう。先程までは、ゾンビおっさんの態度があまりに頑なで感情が激していたに違いない。


冒険者ギルドで騒動を見守る冒険者達からも、心なしかホッと安堵の空気が流れた。


冒険者というのは刹那的な生き方だ。実入りも大きいがいつ死ぬかわからない。

そんな短く太い人生を選んだ彼らだからこそ、見栄と侠気を大事にしたいのだ。

出会いがあれば別れもある。


そうであれば、互いに命あっての別れは幸運であるとして綺麗に別れる。

それが冒険者の生き様というものではないのか。


「で、パーティーから退職金はねえのか?慰労金、ご苦労金。あんだろ?」


「「「あ"?」」」


いい話でまとまりかけた空気をぶち壊す。

その空気の読めなさも、ゾンビおっさんがパーティーから追い出されることになった遠因でもあるというのに、本人は一向に反省の色はない。


「た・い・しょ・く・き・ん?」


「ああ。俺だってパーティーを辞めたら次のパーティーに加入するまで食いつながなきゃならん。それに自分でやめるんじゃなくて辞めさせられるんだから、割増でパーティー財産をもらってもいいだろうが」


ゾンビに食事の必要があるかはともかく、正論である。

正論ではあるが、正論というのは正論が通じる場所と雰囲気で主張しなければ意味がない。


今、この冒険者ギルドという場所でのゾンビおっさんの立場は、

綺麗で若い聖職者にいちゃもんをつけて泣かせた挙句に、

過去のセクハラ疑惑が再燃しそうな気配を察して高飛びを図ろうとする限りなく黒に近い容疑者であり

おまけに鼻が曲がるほど臭いゾンビである。

心象は最悪である、と言っても良い。


果たして、そうした正論が通じる場所と機会だろうか。


「そもそも、あんたのパーティー財産なんてないでしょうが!パーティー財産を作ろうとしたら、俺みたいに早死にするおっさんはパーティー管理の財産なんかより自分のために使う、とか何とか言って、冒険の報酬を全部、飲む打つ買うに使い果たしてたでしょうが!!」


「う・・・うーん?そうだっけか?どうもゾンビになってから記憶が曖昧だなあ・・・」


女戦士の糾弾を受けて、ゾンビおっさんの釈明は、しどろもどろになる。


「可愛そうですよ、本当にゾンビになって影響で忘れているのかもしれないし・・・」


「あんたねえ!あの目を見なさい!あの魚の腐ったような目を!!あの目はウソをついている目!ゴブリン共を山のように斬ってきたあたしにはわかるの!」


女僧侶が庇おうとしても、目が血走った女戦士は相手にしない。

完全にヤバイ人の目つきだ。近寄ったら斬られる。


「まあまあ。いいじゃないですか。こちらとしても餞別の品を渡すぐらいの余裕はありますから」


「おお、お前、良い奴だな!若いのに人間ができてる!」


利益があるとなれば、コロッと態度を変える。それも処世術である。君子豹変す、と言うではないか。


「どうぞ」と渡されたのは前回の迷宮で拾った大きな青い宝石。


「まだ鑑定は済ませていませんが、かなりの価値があるハズですよ」


「ありがとう!じゃあみんな元気でな!」


誰かに文句をつけられないうちに、とシュバッと音がしそうな勢いで差し出された宝石を奪い取り、ゾンビなりに足取りも軽く冒険者ギルドを立ち去る。


だが、ゾンビおっさんは知らない。


青い宝石を渡した若者が、くらい表情でほくそ笑んでいたことを。


ゾンビおっさんは知らない。


「鑑定していない」など嘘っぱちで、受け取った青い宝石からは人を幾人も食い殺す制御不能な異世界の獣が召喚される、という鑑定結果が出ていたことを。


ゾンビおっさんは、渡された宝石に込められた悪意を、この先も決して知ることがない。

いったいどんな怖ろしい獣が呼び出されるんだー(棒

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