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第2話:おかしいだろ、世間の常識的に

「おっさんはゾンビ」


衝撃的な宣言に静まり返る冒険者ギルド。


その空間を埋めるように、枯れかけた低い声で、おっさんが独白する


「ああそうだ。おっさんはゾンビだ。だけどなあ、おっさんが好きでおっさんになったわけじゃないように、おっさんも好きでゾンビになったわけじゃないんだ。若い者だっていつかはおっさんになる。おっさんも昔からおっさ・・・」


「話がなげーよ、おっさん!」


話しているうちに自分でも方向性を見失い、SEKKYOUに流れて無限ループしようとした不毛な流れは、若者にバツンと断ち切られた。

それは結果的に聴衆も本人も救うことになった。


おっさんは気を取り直すと、1人の元パーティーメンバーに向かって人差し指を突きつけた。


「・・・簡単に言うと、お前のせいだろ!そこのポンコツ僧侶!」


指された先には、白い僧衣をまとった金髪の若い女性がいた。

豊かな肢体を僧衣に隠しつつ、その知的な面差しは冒険者のような荒れた生活をしている輩には縁のない、まさしく高嶺の花、といった雰囲気を漂わせている。


今、ゾンビのおっさんはその女僧侶を弾劾しようとしていた。


「えっ・・・だって、あの時はてっきり死んだと思ったから蘇生呪文を・・・」


「それを中途半端に失敗したから、こんな目にあったんだろうが!教会まで遺体を運んで正式な司祭に蘇生をかけてもらえば、こんな目に合わずに済んだんだよ、このアホ僧侶が!」


「うう・・・ひどい・・・」


「人をゾンビにしておいて、ひどいで済んだら神前裁判は要らんわ!」


まさしく糾弾。己の命をうばわれた恨みがこもったゾンビおっさんの舌鋒は鋭く、若い女僧侶が泣き出しても勢いはとまらない。


見かねた黒髪の若者が間に割って入る。


「まあ、あれは事故だ。避けられない事故だった」


「何が事故だよ!この俺の命を返してくれ!未来への可能性に輝いていたあの命を!」


「いや、別に輝いてもないし未来もそんなにあったようには思えないが・・・」


すっかり泣き出してしまった僧侶を慰めていた女戦士が、きっと顔を上げてゾンビおっさんを睨みつけた。


「・・・さっきから言わせておけば」


「ああん?」


ゾンビおっさんは空気が読めない。おっさんは元から読めなかったが、ゾンビになってますます読めなくなった。


つまりは、女戦士の声に含まれたマグマの温度を読み間違えた。

そのミスの代償に、これからゾンビおっさんは存分に焼き尽くされることになる。社会的に。


「だいたい、あんたが蘇生呪文を詠唱中の僧侶のお尻を触ったりするから驚いて失敗したんでしょ!このスケベ親父!」


女戦士の攻撃!まさしく快心の一撃!ゾンビおっさんの社会的生命に大きなダメージ!


「い・・・いや、憶えてない。冤罪だ。そんな馬鹿な。信じてくれ。常識で考えてみろよ。死んだ人間が女性の尻を触れるわけがないだろう?」


おっさんは身の守りを固めた。が、世間の空気は変わらない!


「ま・・・待て!たしか死後硬直とか言って、死体が勝手に動くとか聞いたことがある。きっとそれだ!な?そうだろ?信じてくれるだろ?」


さて。ここで冒険者ギルドの光景を客観的に見るとしよう。


一方に、若く美しく可憐で、聖職者という社会的地位に立つ女性がいる。

反対側に、おっさんで、ゾンビがいる。


両者が争い、その言い分に違いがあった場合に、世間はどちらを信じるだろうか。


おっさんは空気は読めないが保身の計算はできる。

ゾンビとなって回転の遅くなった脳味噌と舌をフル回転させて、この場を最小限の社会的ダメージに収めるべく、その世間知を発動させた。


「ふう・・・わかったわかった。不満ではあるが、世間の風に従おう。あまりに冤罪を主張して職場に通報されて社会的に抹殺されるのも困る。すみませんでしたーっっ!」


と、一旦は土下座してみせる。

だが、そこで終わらないのがゾンビおっさんのおっさんたる所以ゆえんである。


「・・・しかし、それでもゾンビだからと追い出されるのは、やはり納得がいかない。ゾンビになったからといってメンバーに襲いかかったりはしていないし、理性だってある。睡眠と食事が不要になったから夜の見張りから水浴び中の見張りまで、両目を開いてしっかりとこなしていたはずだ。今になって追い出されるのは常識的に考えておかしい」


そう。世間の常識に負けたからには、世間の常識を武器に主張せねばならない。

相手の使った武器をこちらも使う。


ゾンビおっさんは、してやったり、と動きの鈍ってきた口角の端を上げた。


ところが、そうしたゾンビおっさんの世間の常識攻撃を、女戦士は、やれやれ、と溜息をつくだけで受け流すとおもむろに口を開いた。


「仕方ないわね。これだけは言わないでおこうと思ったのだけど」


「うん?」


「おっさん、あんた臭いのよ!ものすごく臭いの!」


「ぐはっっっ!!」


ゾンビおっさんは痛恨の一言を喰らい、崩れ落ちた。

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