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前線都市

自室に飾られている、年代別に並べられた甲冑を眺める。


その行為は、ヴァトム領主である彼、リトイ・ハーリペットの心を静かに落ち着かせた。


旧人類が滅び、現在の人類が興ったのは、約七百年前。


その現人類の黎明期、防具は獣の皮を鞣しただけの、粗末な物だったという。


やがてそれが、金属製の甲冑に変わっていく。


もっとも、頼りない耐久性の物ばかりだったようだが。


防具の強化は、武器の重量化を促した。


剣は斬るというよりも、甲冑を突き破る鈍器だった。


時代を経て、甲冑もより重厚な物になっていく。


全身鎧にもなれば、その重量は二十キロを優に超える。


だが、ある時から甲冑の軽量化が進むことになる。


魔法の進化と、そして、旧人類が残した遺産の解析。

魔法と魔法道具が、戦争で用いられるようになった。


強力な飛び道具である。

動きの鈍い者は、ただの的でしかない。

そして、重い装備というのは廃れていった。


リトイは、館の外へ眼をやった。

旧人類が残した遺産ならば、この街にもある。


おそらく、地上に残された古代兵器では、最大最強になるだろう。

『ヴァトムの塔』、そう呼ばれている。


居室からでは『塔』は見えないが、『ヴァトムの塔』の一部といえる、深紅に輝く『壁』は見えた。


甲冑の方に眼を戻し、苦笑する。

女がいた。

リトイには背を向け、並べられた甲冑に視線を送っている。


あの時のことを思い出す。

ストラーム・レイルの弟子が、六人の旅人たちが、このヴァトムの街に滞在していた、あの時。


『死神』と呼ばれる女が、そこにいた。

突然現れたかのように。

実際は、三十分以上居室の中央にいたのだが。


完璧な隠密術で、リトイの意識の中から、その姿を消していたのだ。


今、甲冑の前にいる女は、全くの別人だった。


二つ名が物騒であるということだけは、共通している。


『鉄の女』。彼女は、畏怖を以て『コミュニティ』の者たちから、そう呼ばれている。


昔、資料で見たような戦闘服ではなく、極普通の民が着るような、極普通の衣服である。

それが、どこか滑稽に映った。

ロングスカートが、死ぬほど似合わない。


裾から、引き締まった足首が見える。

その足で、何人の顎を蹴り砕いてきたことか。


ストラーム・レイルの仲間だった女。

勝てないだろう、とリトイは思った。

今の老いた自分ではない。


『コミュニティ』の暗部の一員として活動し、人を断ち続け、『剣鬼』と呼ばれた。


その全盛期の頃のリトイ・ハーリペットでも、おそらくこの女には敵わない。


善戦はするかもしれない。

だが、最終的には負ける。


戦闘訓練を重ね、剣で武装した男が、素手の中年女に殴り殺されるのだ。


『鉄の女』が、ゆっくりと振り返る。

どこか眠た気な双眸。

その奥が、光ったようにも思える。

ぼんやりと言ってきた。


「……なんかさ……今、中年女とか思わなかった……?」


「……」


なんだこの女は。

リトイは、内心震えていた。


読心の能力を持っているといった報告は、受けていない。


どういう理屈で、他者の思考を察しているのか。


「……気のせいだろう、『鉄の女』よ」


『鉄の女』が、苦々しい顔をする。


「……その二つ名で人を呼ぶの、やめないかい? 子供のお遊戯を見物している気分になるよ」


「そうか。では、そうするとしよう、リンダ・オースター」


例えの意味はよくわからなかったが、リトイは女のことを、名前で呼んだ。


リンダ・オースター。


その剛腕と戦闘能力は凄まじい。


精鋭の兵士五十人で編成された『コミュニティ』の部隊と真っ向から戦い、ものの数分で壊滅させたという記録も残されている。


ストラーム・レイルの女、現在は、ホルン王国北部ロウズの村にある、オースター孤児院の主か。


『コミュニティ』の敵である。

それがなぜ、このヴァトムの街に来たのか。

なぜ、ヴァトムの領主と会ったのか。


リトイは、『コミュニティ』の一員だった。


だが、『コミュニティ』のために戦わない。

敵対もしない。


そんな人畜無害な男と会うことに、なんの意味がある。


「……街を訪れた理由はなんだ? 用件は?」


「いや、特になにも」


顔の前で手を振り、あっけらかんとリンダ・オースターは言った。


「ただ単に、あれだね……」


振った手を降ろさず、人差し指で宙に小さな円を何度も描く。


言葉を探しているように見える。


それはふりで、台詞はすでに準備されているようにも思える。


「家族旅行、だね」


「……家族旅行?」


「そう。ホルン王国南部を、まったりと」


「……」


明らかに嘘だ。

物事を看破する能力がなくても、わかるだろう。


リンダ・オースター。『鉄の女』。

『コミュニティ』の敵。


それも、ただの敵ではない。

世界の裏側を支配するような組織が、最大限の警戒をしなければならないような敵である。


『コミュニティ』に降伏したということになっているが、そんなものは表面上のことだと、誰もが知っている。


子供たちの安全が保障されてしまえば、この女はすぐにでも、その拳を『コミュニティ』に向ける。


「……旅行の目的は?」


「そんなもの、決まってるだろ。各地の観光地を回って、美味しいものを食べる。それが、旅行の醍醐味だわね」


「……」


「けど、子供たちとはぐれちゃってね」


「……子供たちと、はぐれた?」


リトイは、困惑していた。

リンダ・オースターの意図が読めず、その台詞をただ繰り返す。


「そう、はぐれた。このヴァトムの街に到着する前ね。娘たちと、おバカと、チンピラと」


「……」


読めない。全く読めない。


子供たちの安全のために、降伏した女である。

子供たちを連れては、戦えないはずだ。


はぐれたという名目で、安全地帯に置き去りにしたのか。


そして、『コミュニティ』の一員であるリトイに、戦いを仕掛けに来た。


(……いや、おかしい)


『コミュニティ』に対して完全に安全な場所などどこにもなく、剣を捨てたリトイと戦う意味もない。


「……サン・アラエルと会った」


牽制するつもりで、リトイは言った。


サン・アラエル。元々の名前は、サン・オースターである。


サン・オースターという名前から、元々の名前であるはずのサン・アラエルに戻した、という方が正しいかもしれない。


オースター孤児院で暮らした過去がある。

つまり、リンダ・オースターにとっては息子になる。


現在は、ズターエ王国の外交官だった。

登用されてからわずかな月日で、彼はそこまで出世した。


もっとも、有能な人物であるからではなく、その血脈のためだろうが。


ミド・アラエルの血を引くサン・アラエルに忠誠を誓わせたい、とズターエ政府は考えているのだろう。


「へえ……あの子はなんて?」


息子のことを話題にされても、リンダ・オースターに動ずる様子はない。


「私と、話をしたかったということだった。彼ら六人に救われた者同士としてな。もっとも、聞ける話ではなかったが」


六人の旅人たちは、『コミュニティ』の敵だった。


そして、リトイに『コミュニティ』を裏切ることはできない。


「他にも、この街に滞在していた、ラグマ人の商人にも会ったようだな」


「ラグマ人の商人?」


「フニック・ファフ、とかいう名前だったな。彼もまた、六人の旅人に救われた者だ。隻腕の妻と、ザッファー人の少年を連れていた」


「ふーん」


適当な相槌だった。

強い関心を持っているようではない。


「……息子のやっていることに、興味はないか?」


「そういうわけでもないけどね」


リンダ・オースターは、微苦笑を浮かべた。


「あの子のことは、一人前だと認めている。だから、独立を許した。あの子なりに、自分の役割を見付けたんだろ。だったら、あたしが干渉することでもないからね」


「そういうものか」


それが、リンダ・オースターにとっての、母親の在り方なのかもしれない。


自分の母親はどうなのだろう、ふとリトイは思った。


組織で生まれ育ったリトイは、母親が誰かも知らない。


「さて……」


不意に、リンダ・オースターの呟きが耳に入ってきた。


ほとんど無意識のうちに、リトイは体幹に力を入れた。


なにが起きても、体が反応できるように。


家族旅行だと、リンダ・オースターは言った。

そんなもの、嘘に決まっている。


目的が見えない間は、絶体に油断はできない。


椅子に腰掛けているが、心の内では構えていた。


「あたしは余所者だよ、ヴァトムの領主様」


「……だから?」


「だから、お客様ってことだ」


「……」


眉根を寄せる。

なにを言いたいのか、わからない。


リンダ・オースターは、苛ついた様子で頭を掻いた。


「わからない男だね、あんたも」


リトイは、つい頷きそうになった。

本当にわからないのだ。

この女の意図が、全く読めない。


「客はもてなすもんだろ? つまり……」


「……つまり?」


「ケーキと紅茶だよ。甘いやつね」


「……」


わからない。読めない。

真剣な面持ちのリンダ・オースターに、リトイはただただ困惑していた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ジロの街。

城塞都市とも呼ばれる。

その名に相応しく、巨大な城壁に包まれた街である。


南には天険レボベル山脈があり、それを越えれば、大陸最大の国家ラグマ王国だった。


西はヴァトムの街である。

ジロとヴァトムが、ホルン王国南部に於ける、守備の要だった。

特にジロは、最前線の街といえる。

人口の約半分が、軍関係者とその家族だった。


好きにはなれない。

この街に来た初日に抱いたテイルータの感想が、それである。


軍隊が逗留しているだけあって、街の雰囲気が固いのだ。

隙がないと感じられる。


ずっと、街の裏側で生きていた。

緩みのないこの街は、自分には馴染まない。


テイルータは、連れのマーシャという少女と、ホルン王国北部ロウズの村にある、オースター孤児院で世話になっていた。


今年の春から夏に変わる時期の頃からである。


マーシャはオースター孤児院の子供となり、マーシャ・オースターになっていた。


テイルータは、テイルータ・オズドのままである。


家族旅行に付き合うように言われたのは、一ヶ月半ほど前、九月のことだった。


ただの家族旅行ではないことは、明白だった。


少なくとも、親交を深めることが目的ではないだろう。


オースター孤児院の主であるリンダが『コミュニティ』の敵であることを知った。

休戦中であることも、知っている。


降伏したということだったが、テイルータに言わせれば、降伏ではなく休戦だった。


切っ掛け一つで、リンダはまた『コミュニティ』と戦うのだろう。


面倒なことになる、と直感した。

だが、半ば無理矢理、リンダに引き摺られるようにして、テイルータは旅に付き合わされた。


おそらく、とテイルータは考えた。

リンダは、自分のことを利用しようとしている。


そうでなければ、テイルータを家族旅行に付き合わせるわけがない。


そんなものとは縁のない生き方をしてきた男だ。


テイルータのことを連れ回すことで、リンダの目的はある程度見えた。


誰かと、戦おうとしている。

あるいは、殺そうとしている。


オースター孤児院にいる者の中で、まともに戦えるのは、テイルータとリンダだけだろう。


他の連中は、精々多少武器を扱える、といった程度である。


五人旅だった。

ヴァトムの街の手前でリンダがふらりと姿を消し、現在は四人。


ミンミの仕切りで、ヴァトムの街には寄らずに、ジロの街に入った。

数日前のことである。


家族旅行のメンバーの一人がミンミであることにも、意味があるのだろう。


ミンミは、ロンロの実の妹だった。


ロンロは、訳のわからない力を使う。

その代償か、最近は立ち上がることにも苦労するようになった。


それでも、怪しい能力で、遠く離れたテイルータたちに声を届けたりする。


目印なのだろう、とテイルータは予想した。


おそらくロンロは、妹を目印に能力を使っている。


実の妹と赤の他人、どちらを見付けやすいかは、考えるまでもない。


マーシャも、旅に付いてきていた。

これについては、リンダもミンミも諦めていたようだ。


マーシャは、あまりテイルータから離れようとしない。

出会った頃から、そうだった。


お陰で、一行から抜け出すことはできなくなった。


リンダがいない今、マーシャを守れるのは自分しかいない。


もう一人、旅に付いてきている者がいる。


これは、リンダもミンミも予想外だっただろう。


喫茶店だった。


横目で、隣に腰掛ける少年を見やる。

ずるずる音を立てながら、ストローでオレンジジュースを啜っていた。


「……こいつは、絶対連れてくるべきじゃなかっただろ」


テイルータの言葉に、対面に座るミンミは、窓の外に眼をやった。


少年は、チャーリーという。

オースター孤児院にいる子供たちの中で、最もうるさく、最も手が掛かる少年だった。


チャーリーが、そばかすのある顔を向けてくる。


「なぜにそんな冷たいことを言うのだ、タートルネック・オズドよ」


「……人の名前くらい、いい加減ちゃんと覚えろ、クソガキ」


「もちろん覚えているとも、テイルーテッド・バイ・オズドよ」


「なにかの提供みたいになってるぞ」


「テイルータン・オズドよ」


「惜しい」


「チィチィパッパ・オズドよ」


「絶対わざとだろ……」


テイルータが呻くと、ミンミの隣、チャーリーの対面に座るマーシャが、ぱっと顔を輝かせた。


「テイルータンは可愛いと思うの」


「お前は黙ってろ」


一瞥し、一言でマーシャを黙らせ、テイルータは再度ミンミに眼を向けた。


「おい、ミンミ……」


「仕方ないでしょ……」


ミンミが、険悪な眼で睨み付けてくる。


「わたしも母さんも、充分に警戒したわよ。チャーリーが付いてくるんじゃないかって。チャーリーの居場所確認は怠らなかったし、出発前に荷台の中に隠れてるんじゃないかってチェックもしたわ。けど、まさか……」


ばん、とテーブルを叩く。


周囲の従業員や客の視線が集まるのを、テイルータは感じた。


「あんなとこにいるとは思わないじゃない!」


「……ま、まあ、確かにそうだが……」


チャーリーは、荷台の床板の梁にロープを通し、自身の体を縛り付けていた。


つまり、床板の裏側にへばりつくようにして、隠れていたのである。


オースター孤児院を出て三日後、背の低いマーシャに発見されるまで、チャーリーは完全に気配を殺していた。


「うむ、超頑張った」


なぜか偉そうに、チャーリーが頷く。


「もうちょっと早く見付けてくれないと、駄目じゃないか。危うく飢え死にするとこだったぞ。強い横雨のお陰で、なんとか渇きは凌げたが」


「あれは、びっくりしたわねー……」


心底呆れた様子で、ミンミが呟く。


「……なんだってお前は、そこまでして俺たちに付いてこようとしたんだよ?」


「だって、面白そうじゃないか」


チャーリーが、胸を張る。


「面白そうな所に、チャーリー在らずんば虎児を得ずとも言う」


「……」


チャーリーの台詞に軽く混乱し、テイルータはミンミに眼をやった。


ミンミは、無表情でかぶりを振る。

理解しようとしたあんたが悪い、と言っているように感じられた。


「それにチィチィパッパ・オズドよ。昔から言うではないか。旅は少年を大人に変えると」


「……まあ、言うかもしれんが」


「小さな村を飛び出した少年は、初めて世界の広さと、己の矮小さを知る。貧困に喘ぐ人々、各地の戦乱、不作に苦しむ農民、政治の腐敗を見た少年は、思うのだった。ああ、いつかはこの国の頂点に立ち、立派な黒板消しになるぞ、と」


「……」


ミンミが、またかぶりを振る。

今度は、どこか悲しそうに。


どうでもいいが、現在ホルン王国では、大きな戦乱などない。


政治や経済にも、それほど大きな問題はなく回っていた。


少なくとも、表面上では。


「チャーリーのことは、ほっときましょ」


頬杖を付き、ミンミが言う。


「……そう言えば、なんでこの店に入った?」


テイルータが聞くと、ミンミは紅茶の入ったカップを置き、顔を上げた。


「……どういう意味?」


「べつに深い意味はねえけどよ。俺には、敢えてこの店に入ったように見えたからよ」


マーシャやチャーリーが、小一時間ほど前から腹減っただの喉渇いただの騒いでいても、ミンミは他の店は眼中にないかのように真っ直ぐ通りを進み、この喫茶店を選んだのである。


「へえ……」


感心したかのように、ミンミが声を上げる。


「ちゃんと、見てるとこは見てるのね」


「馬鹿にすんな」


「あそこ」


ミンミが、然り気無く外を指す。


テイルータたちが歩いてきた通りがある。


それは、街の外まで続いているはずだ。

通りの向こうには、いくつかのビルが並んでいた。


「あのビル」


「あん?」


「昔、火事があったの。わかる?」


言われて、しばし観察する。

壁に、わずかに焼けた跡が残っているビルがあった。


煤で汚れている。


「ああ。わかる」


「以前は、新聞社だった。けど、ある日ボヤ騒ぎがあって……。一応、見ておきたくてね」


そして、ミンミは細い肩を竦めた。


「……」


なにを言いたいのか。


ミンミは、視線を右上に向けた。

兄のロンロと連絡を取る時の癖だと、テイルータは知っている。


「……今なら平気か」


「なにがだ?」


「母さんは今、ヴァトムの領主リトイ・ハーリペットと会っている」


「……そうなのか?」


領主と会う機会など、そうはない。


それは、一般人ならば、の話だ。

あのストラーム・レイルの仲間だったリンダ・オースターならば、そう難しいことではないのかもしれない。


「実は、リトイ・ハーリペットは『コミュニティ』の一員なの」


「……!」


不覚にも動揺してしまい、テーブル上のコーヒーカップが、がちゃりと音を立てる。

マーシャも、青ざめた顔をした。


あの組織の力は、よく知っている。

街を丸ごと乗っ取っていても、おかしくはない。


「母さんは多分今頃、リトイ・ハーリペットに訳のわからないことを言ってるわ。どうでもいい世間話を口にしてるかも。それで、『コミュニティ』は困惑するの。きっと、なにか意味があるんだって。母さんの言動一つ一つを、勝手に深読みしてくれる。その間は、わたしたちへの警戒が薄れるわ。だから今のうち、説明しとくわね。長くなるけど」


「……ああ」


「昔々……ってほど昔でもないけど。もう、三年以上前になるのかな」


ミンミが、喫茶店の従業員や客との距離を気にしながら話を続ける。


警戒するのは、当然だった。

自分たち以外のこの店にいる者が、全員『コミュニティ』の手先であっても、不思議ではない。


「この街の南、ホルン王国とラグマ王国を隔てるレボベル山脈の奥地で、ある二人の少女が、古代遺跡を発見したの」


「……初耳だな、そんなことは。もし、事実なら……」


「そう、とんでもないことよ。七百年以上誰にも発見されなかった古代遺跡を、まだ十代の女の子たちが見付けたんだから。しかも、女の子の一人は、世界的に有名な魔法使いの孫だった」


「……世界的に有名な魔法使い?」


「ドラウ・パーターよ。遺跡を発見したのは、ドラウ・パーターの孫娘の、ユファレート・パーター」


「……」


眼を見開く。

マーシャからの視線を感じたが、それは気付かないふりをした。


「もう一人の女の子の名前は、ティア・オースター。わかるわよね?」


テイルータは、舌打ちした。


ユファレート・パーター。

『火の村』アズスライで、瀕死のテイルータを助けてくれた魔法使いだ。


ティア・オースターは、その仲間であり、オースター孤児院の娘である。


それは、オースター孤児院で過ごすようになってから、聞かされた話だった。


「新たな古代遺跡の発見。そのニュースは国中を駆け巡り、世界中に広まるはずだった。……本来ならね」


「……初耳だな。さっきも言ったが」


「その出来事は、新聞の片隅に載っただけだった。そして、古代遺跡は国の管理下に置かれることとなった。ホルン政府は、そのことを公にすることもなかったわ」


「……一体なんなんだ、その古代遺跡は?」


テイルータは、喰い付くように聞いていた。


少し悔しいが、話の続きが気になっていた。


「『コミュニティ』。その遺跡は、『コミュニティ』によって管理されていた。『コミュニティ』最高幹部の一人、『死神』と呼ばれる、ソフィアという女性によって」


「……」


「あなたは、わたしのことが見える?」


「……あ?」


「見えるわよね。わたしも、あなたのことが見えているわ」


「なにを当たり前のことを……」


すぐ眼の前で、向かい合っているのだ。

見えないはずがない。


「そうね。当たり前ね。でも、『死神』ソフィアは、こうして向かい合っていても、相手に見られずにすむことができる」


「……」


ミンミが言っていることを、反芻する。


「……ンなこと、できるわけが……」


「できるのよ。自分の存在を、相手の視界からも意識からも消す。理屈は知らない。けど、彼女にはそれができるの。それどころか、もっと大きな物まで。古代遺跡さえも、すべての人の視界と意識から消すことができる」


「……」


何度目か。

言葉を失う。


ミンミが言っていることの理解は、難しくない。

だが、信じられることではなかった。


「……そうやって彼女は、古代遺跡の存在を、世間から隠し続けてきた。七百年以上の間、ずっと……」


「……七百年? 馬鹿言え。人がそんな長く生きていけるかよ」


「……そうね。人はそんなに長くは生きられないわね」


ミンミは、微かに苦笑した。


「……まあ、いい。その女がなんか変態だってなら、それでいいさ。だが、それならなぜ、三年前、お前の姉貴とその連れは、その古代遺跡を発見できた?」


「……それはきっと、彼女がとても動揺していたからでしょうね」


「動揺?」


「三年前、『死神』ソフィアは、『英雄』ストラーム・レイル率いるリーザイ王国特殊部隊『バーダ』第八部隊と戦った。そして、大事な側近二人を失ったの。彼女は動揺し、古代遺跡の管理に、綻びができた。ちょうどその時、ティアちゃあとユファレートさんは、レボベル山脈に足を踏み入れていた。そして、古代遺跡を発見したの」


「……それが、ほとんどニュースにもならないのは……」


「ヴァトムの領主リトイ・ハーリペットは、『コミュニティ』の一員。その意味は?」


「……ホルン政府は、多分に『コミュニティ』の影響を受けている」


「正解」


揉み消された、ということだろう。

ホルン政府と、『コミュニティ』によって。


それは、レボベル山脈にあるという古代遺跡が、『コミュニティ』にとって隠したいものということである。


「もっとも、完全には隠しきれなかったけどね。ある新聞記者さんが、ティアちゃあたちにインタビューしているわ。圧力に完全には屈さず、紙面の片隅に古代遺跡発見のことを載せている」


「……その新聞記者は、いや、新聞社はどうなった?」


ミンミが、外を指す。

火事の跡が残る、あのビルだ。


「数日後、その新聞社でボヤ騒ぎが起きた。出火原因は不明。保管されていた記録は、すべて灰になったわ」


「……そうか」


「ほぼ同時刻、新聞記者さんの自宅でも火事。家族諸とも、火に撒かれて亡くなられているわ。こっちの出火原因は、煙草の不始末ってことになってるけど」


本当の出火原因がなにかは、考えるまでもない。


『コミュニティ』に逆らう者の末路、ということか。


テイルータは、意味もなく天井を仰いだ。


コーヒーが付いたかのような染みがある。


まさか、本当にコーヒーが飛んだとは思えないが。


「……それで、結局その古代遺跡には、なにがあるんだ?」


「『死神』ソフィア……」


「……あ?」


「『死神』ソフィアって女の人はね、『コミュニティ』でも最強の存在なの。誰にも殺せない。勝てたとしても、殺せない。例えそれがストラーム・レイルであったとしても、ストラーム・レイルの強さを継いだ人だとしても……」


ミンミに、真っ直ぐ見つめられる。

とてつもなく嫌な予感がした。


「……だから、わたしたちよ」


「……なにがだよ?」


苦虫を噛み潰したような顔になっているのは、間違いない。


この女は、とてつもない注文を、自分にしようとしている。


「わたしたちは、レボベル山脈にある古代遺跡に行く。そして、『死神』ソフィアと戦うの」


「……」


「まあ、わたしやマーシャにできることと言ったら、精々サポートくらい。チャーリーなんて問題外でしょうから、実質戦うのは、あなたと母さんの二人になるけどね」


「……」


『コミュニティ』最高幹部、『死神』ソフィア。


クロイツという中年男のことを思い出した。


最高幹部ということは、あれ以下ということはないのではないか。


最低でも、同等の力があると思っていた方がいい。


あの化け物染みた変人と、同等だと。


ミンミは、なにを言っているのか。


眼を閉じる。

できれば、自分が聞いたことを、理解したくはなかった。

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