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青い狼の溺愛


皆様に、昔語りをひとつ。


あるところにひとりの旅人がいました。

貴重な品や珍しい生き物を探したくさんの国を巡ったところで、ひとりの輝くような女性に出会いました。

多才であり、燃えるような赤い髪、真珠のような美しい肌をした麗しい人。


彼は彼女こそ求めていた人だと思いました。

そこで二人は協力して降りかかる数々の困難を乗り越え、ようやく男の故郷まで戻ってきました。


ですが、彼は知りませんでした。

彼女は他国に潜入する目的で送り込まれた間者であったのです。




ーーーー


桂花を連れて宿へ戻ったあと。

宿の女中に彼女の支度を手配し、軽く湯浴みをして部屋に戻ると別れたばかりの煌達を引きずるように鄭舜が押し掛けてきた。

「鄭舜様、私には残務処理が…。」

「国に報告をする義務があるでしょう?」

鄭舜の言葉に、渋々経緯を説明した煌達だったが、興が乗ったのか昔語りをひとつした後、ついでに陶家の言うところのしがらみについても話始めた。



「きっかけは女性問題ってことですか。」

「でも、最終的にその女を寝返らせて、且つ味方に有利な情報を流し、敵を混乱、情報戦を制したと。どこに国に対するしがらみが生まれるんだ?」

煌達も二人の質問の内容については想像がついていたようで、暈しながらも淡々と答える。

「まあ、利用して…目立たず部下にする位なら、ありですけどね。」

「…もしかして。」

「もう吟遊詩人の作品に残るくらいの大恋愛の末、彼女を溺愛して結婚できないなら家を出る!っと当主が…。」

「当主がそれをやっちゃダメだろう。」

「ですよね…。でも、我が家の家系は思い込むと周りの意見なんて聞かないんですよ。」

「…桂花か。」

「華凉もです。」


知らないとは言え間者を引き込んだ挙げ句、正妻にしたいと駄々をこねた。

国としては到底容認できない事態だが、ここで当主は勝負に出る。



『今日より未来永劫子子子孫孫まで、陶家が存在する限り領地を経由した懸案事項が発生した場合は、地域、場所、事の大小に関わらず陶家自ら解決します』と。

国には事の報告と情報を差し上げますので手柄にしてください!と言ったとか、言わないとか。

実際、秘密裏に何件か任せてみたところ、双方の得意分野を生かし、二人揃って有能さを見せつけ、あっけなく解決してしまった。


元々鼓泰地方は海の玄関口だけあって厄介事が起こる頻度が高い。

国もこの当時、内紛や脱税などの大掛かりな他領の懸案事項を捌くので精一杯のため、人手がほしい時期でもあったのが幸いした。

国は陶家の領地を経由した案件に限り、費用をかけることなく人手と情報を手にいれ、この働きにより陶家当主は無事に愛しい女性を伴侶とすることができた。


「そのあとは実質、タダ働きです。正直ご先祖には『お前なんて約束してんだよ?!』っていってやりたいくらい位なんですけどね。」

「まあ、確かに、しがらみだな。」

「ですよね。しかも、恨みだけはしっかり買うんですから、ちょくちょく命狙われますし。」

隆輝は荒事が苦手というわりに手合わせをしたときに見せた煌達の、見た目とは裏腹な鋭い太刀筋を思い出していた。

あれは剣を学んだ、というだけのものではなく確実に人を仕留めるための剣。

陶家のご先祖は随分な因果を子孫に残したな。



「ちなみにご先祖は子子孫孫まで、と言わなくてはならないような事情があったのか?」

「本人だけだと信用にかける、と思ったんじゃないですかね?この件で陶家本家は分家からも見限られたくらいですし。」

「いちいち納得だな。」

「こんなわけで今後桂花を伴侶とした場合、とばっちりは確実に行きますよ。それでもいいんですか?」

「愚問だ。実力行使なら望むところだし、家名を使ってくるなら敵なしだ。どこにためらう要素がある。」

「…。」

「だから言ったでしょう、煌達。ほら、言わなきゃいけないことがあるでしょう?」

鄭舜に促されないと話せないとは、珍しい。

決まり悪そうに視線を逸らした煌達だったが、覚悟が決まったのか深く頭を垂れる。


「後日当主が謝罪に伺いますが、先ずは私から。」

「いきなりどうした?」

煌達のいつになく殊勝な態度に思わず目を見張る。

いつもの無表情が嘘のように可笑しそうに笑う鄭舜が後の説明を引き取った。


「彼はずっと気にしていたんですよ。貴方を一瞬でも疑ってしまったことを。」

「疑う?」

「彼が言っていたしがらみは、所詮過去の話。寧ろ今まで祖先の名誉のためと忠実に履行してきた陶家が珍しい位なんですよ。所詮は口約束で書面にも残っていないくらいの約束事ですから。その約束事を守り続ける陶家の忠義に我が国はずっと甘えてきたんです。

実際、貴方も南陵関から戻って帝に聞かされるまでは(・・・・・・・・)陶家と国との関わりについては知らなかったでしょう?」

「まあ、な。」

「でも陶家の側からすれば、貴方が今後も自分達を国の影の部分に縛り付けるために桂花殿に近付いたのではないか、そう考えたのですよ。実際陶家の宴で会ったきり、南陵関に赴任していた貴方は一度も桂花殿に会わなかった。それが突然現れて嫁にほしいと言われたらね。」

疑うなっていう方が無理ですよ、そう言って鄭舜は再び笑った。




暫し逡巡したのち、隆輝は口を開く。

疑われたのは腹立たしいが、そこは小さなこと。

誤解が解ければ問題はない。

それよりも、今言わなくてはならないことは。



「…会わなかった、じゃない。会えなかったんだ。」



思わぬ回答に顔を上げこちらを見つめる煌達から今度は隆輝が視線をそらす。

こんなこと、他人の顔を見ながら言えるか。



「一度でも会ったら、置いてなんか行けるか。

絶対に連れて帰りたいと思ってしまう。」



幼い頃宴で最後に見た、桂花の笑顔。

笑う彼女の手が隆輝の手を求めるように揺れていた。

何度も伸ばしかけた、まだ幼い手。

その彼女の手を握れない自分が、まだ何者にもなれないでいた自分が、不甲斐なかった。


だから誰よりも速く、誰よりも強くなりたい、そう願いもがき続けた自分は。



いつの間にか『青い狼』と呼ばれるようになっていた。





「今、さりげなくデレましたね。」

「隆輝様、そんな怖い顔でデレても可愛くないですよ。」


「うるさいわ!用がすんだらとっとと帰れ!」



こいつらいつまで居座る気なのか。

いい加減叩き出してやる、そう隆輝が腰を上げたところで煌達が苦笑いして言った。

「そろそろ邪魔になりそうなので帰ります。隆輝様には、借りひとつ出来たようですね。」

その言葉を受けて隆輝はニヤリと笑って返す。

「ならその貸し早々に返してもらおうか。

南陵関に帰るまで、後一ヶ月程しかないのだが、彼女との婚姻を披露するための宴の準備を進めてほしい。」



桂花の花嫁姿を、彼女が守ってきた領地の皆に見せてやりたいんだ。




煌達は目を見開くと、何の曇りもない笑顔でふわりと笑った。

そして深々と頭を下げる。

「青家御当主の仰せのままに。御配慮頂き、感謝いたします。」

南陵はこの領地から随分と距離がある。

簡単には帰ってこれない桂花に、色褪せない思い出を作ってやりたいと思った。


「借りはすぐ返すに限りますね。」

「そうだな、時間がたってしがらみになるような貸し借りは嫌いだ。」

表情をいつものものに戻して煌達は部屋を出ていった。



「ところで、鄭舜。兄上から相談を受けていた件の進捗状況は?」

「今のところ根回しもすんで、大きな問題も起きていません。いやー、煌達にバレないように動くのは骨がおれますね。帝の『驚かせたいから!』っていう思いも理解できないわけではないですが、実際に手配する方は大変ですよ。とは言うものの、『陶家の青い鳥』にはバレているとは思いますが、妨害が入らない以上、次期当主の了承を得ていると考えてもいいのではないでしょうか?」

「兄上は意外にお茶目な所があるからな。いつも表情を崩さない煌達を、『何とか驚かせてやりたい』と仰っていたよ。」

「今回は上手くいくといいですね。…っと、誰か来たようですよ。」


桂花の緊張した声が入室の許可を求める。

入室を促す鄭舜の声に彼女が一際警戒心を募らせたのを感じた。


折角彼女に触れたのに。

彼女の体を持ち上げた隆輝の首筋へ、遠慮がちに回された華奢な腕。

その温もりを思い出し、早々に鄭舜を追い出すことに決めた。



ーーーーー




「隆輝様。」

「…。」


「隆輝様?この体勢はいかがなものかと。」

「…。」




「離せ、バカ。」

「いやだ。離したら逃げる気満々だろうが。」

「…。」

隙あらば逃げ出そうとする桂花を膝の間に座らせ、その近い距離に照れたのか首筋を赤く染めて視線をそらす彼女を見下ろしながら隆輝は口元を緩める。

湯浴みをして着替えた桂花と視線が絡んだ瞬間、もうだめだと思った。



人生で初めて、何かに溺れるという感覚。



それは没頭して時間を忘れるのとは異なり、終わりのない空間に深く深く落ちていくよう。



今なら、陶家のご先祖の気持ちがわかると思った。

溺れてもいいと思える程、躊躇いもなく深く愛せる相手に与える名誉や立場など何の意味もない。

必要なのはこちらが相手を思い続ける覚悟。



「なあ、桂花。」

「はい?」

「宴で最後に会ったとき、何か言いかけていたよな。」

揺れる手を、何度も隆輝に伸ばしかけていたあのとき、唇は確かに何か言葉を紡いだ。


「…そういう事は、良く覚えていらっしゃるんですね。」

「まあな。というか何とかしろ、その敬語。」

「…の。」

「ん?」

「このままずっと一緒にいたい、っていったの。」

子供っぽいでしょう?そう言って笑う彼女は言葉とは裏腹に妖艶で。

吸い込まれるように何度も唇を重ねる。



時は満ち、やっと手にいれた赤い鳥。


約束しよう。

燃えるように輝く貴女であるからこそ。



青い狼はいつでも迷わずたどり着く。

その光の射す、貴女のもとへ。










大変長らくお待たせしました。

書いては消し、書いては消してやっとここまでたどり着きました。


あと、三話くらいお話を考えてますが、不定期更新になります。

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