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青い狼の奮闘


『もう、青に囚われるのは嫌なんです!』

思い出すたびに、彼女の言葉が突き刺さる。

どう解釈しても"青い狼"と呼ばれる自分を拒絶する言葉にしか思えない。

彼女にとってこの気持ちは迷惑、なんだろうか。


「…久しぶりの手合わせだというのに、身が入っていないな。今のお前なら私でも余裕で勝てそうだよ、」

「申し訳ありません。」

そう言って笑うのは帝位についたばかりの兄。

一度剣を引いたタイミングで剣を納め兄に向かい深々と頭を下げる。

面白いものを見た、とばかりに兄…劉尚りゅうしょうは同じように剣を納め、口元を緩ませながら隆輝へと近づく。

「それは陶家の赤い鳥に盛大に振られたせいか?」

「誰に聞いて…その、こちらは振られたとは思いたくないのですが。」

その答えが余程可笑しかったのか。

それとも困った表情の隆輝が珍しいのか、劉尚が大きな笑い声を響かせる。

普段から温厚な兄はよく笑う。

だが、ここまで気を許すのは隆輝の前だけだ。

ふと、兄が真面目な顔付きになった。

「お前には国のために随分苦労をかけたな。本来、お前が若さを謳歌するための貴重な時間を奪ったのは、この国と無力だった私のせいだ。」

「兄上、それは…」

「武に長けているとはいえ、まだ少年のお前を砦に向かわせるなど本来はありえないことだ。それが他国への牽制、旗印という役目なら尚更、な。」

尚更という言葉の後に、兄自身が行くべきだったと言葉が続くことなど、予想がついている。

この国は長いこと南陵の地を巡り隣国と争ってきた。

豊かな実りのある肥えた土地を抱える南陵は、何度も飢饉を経験する痩せた土地の多い隣国には大変魅力的な土地に映ったようだ。

しかも、そんな豊かな土地がたった一つ山を越えた先にあれば、なんとか手に入れたいと願うのも頷けよう。

とはいえ、苟絽鶲国にとってもこの地は「食糧庫」と呼ばれるくらい大事な土地。

そうなれば小競り合いは日常茶飯事、そこから大きな戦へ発展することもしばしばあった。

そして、そんな状況を大きく変える存在が現れる。

まだ少年にも関わらず初陣で圧倒的な強さを見せ、しかも相手の策にはまり失った南陵関を同じく策を用いて奪還するという偉業を成し遂げた。

それが隆輝だった。

こうなってしまうと、今度は隣国の士気を削ぐために隆輝の存在が必要とされ、簡単には帝都に戻れなくなってしまう。


そうして、初陣から十年。

隣国の代替わりにより和平条約が結ばれ、やっと隆輝は帝都に戻れたのだ。

争いの多かった当時の事を思い出したのか、眉根を寄せ、苦いものを飲み込んだような顔をする兄。

自身が不甲斐ないせいという言葉に、どれほど兄は傷つけられてきたのだろうか。

勉学だけなら自分より優秀で、体術や剣術だって戦場でも十分に通用するレベルだ。

その兄を差し置いて自分が選ばれた理由は、実のところひとつしかない。

戦況によっては死ぬかも知れないからだ。

おそらく、父たる先帝と国の上層部が兄の才が失われるのを惜しんだからだという本当の理由を、兄は聞かされていないのだろう。

その代わりに表向きの理由とされたのが、隆輝の方が兄より武に長けているというものだった。

当時は今と体格も違うし、どっこいどっこいの実力の差しかなかったけどな。

その表向きの理由しか聞かされていなかった兄が気にしていたことを知ったのは、帝都に戻ってきてからのことだった。

本当の理由を知れば兄が温厚そうな表情の裏に激情を抱く兄が、どんな反応を示すかわからない。

自身が大切に思う存在にはとことん甘い兄だけに、対応が読めなくて口を噤むしかなかった。

父を筆頭に、国の上層部たる爺様達はそれをわかっていたから言わなかったのだろうな。

だから隆輝は兄に笑いかける。

初めて見る彼の柔らかい表情に、近くにいる兵士が目を見張った。

「ですが兄上は約束してくださったじゃないですか。『手柄をたて、生きて帰った暁には、身分に関係なく誰でも嫁に迎えて良い』と。あれは素晴らしい援護でしたよ。だから、もう一度彼女と話をしてきます。」

「今回、援護は必要ないのかい?」

隆輝は劉尚の言葉に兄としての優しさを感じ、少しだけ甘えてみることにした。

帝としてではなく兄として尋ねた彼に、臣下としての立場を選び跪く。

「ならば、煌達と陶家御当主に口添えを。最終的な説得は私がしますので。」

「欲しいもののためなら全て使う、煌達がよく使う言葉だね!!ふふ、いいだろう。任されたよ。」

それは臣下に対する帝としての約定だ。

使えるものならば、兄の立場だって利用する。

戦場での命のやりとりに比べたら、可愛いものだろう。


「さあ、行っておいで。今度はちゃんと捕まえてくるんだよ。」

ひらりと手を振りながら大臣と共に執務へと戻っていく兄を見送り、隆輝はもう一つの外濠を埋めるべく鼓泰地方にある陶家本邸へと旅立った。



ーーー



陶家の領地について、最初の関所で名乗ると煌達がふっ飛んできた。

そして関所の役人に迷惑だからと、そのまま本邸へと連れてこられる。


「勢いで約束の日より早く着いた、と。理由はそれだけですか?」

「いいじゃないか、御当主には早馬で報せたぞ。」

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど…。」

「…煌達、世の中には一応"不敬"という言葉があるんだがな?」

「予定という人間社会の約束が守れない脊椎動物を敬えと?」

「いやなんとなく、予定通りだと桂花に体調不良とかで逃げられそうな予感がしてな。」

そう隆輝が言うと、あ~、とか言いながら煌達は目を逸らす。


「そういうの、たまに鋭いからイヤになるよ。」

ちゃんと聞こえてるからな、そこの妹馬鹿。



ーーー



本邸の入り口では仁王立ちした御当主に迎えられた。


「…今更何しにきた、この唐変木。」


この父にしてこの(煌達)あり。

だが流石陶家御当主、更に二言三言多かった。

「ああ失礼、青の姓を賜ったのでしたな。それなら私より立場は上ですね。私はよほど緊急な情報以外、耳に入れない主義なのですよ。正直、興味がないので。」

嫌味満載の台詞を笑顔で言えるから余計に恐ろしい。

さて、ここからが本番だ。

細心の注意を払いつつ持参した花束を、少しだけ揺らして答える。

「彼女との約束を果たしに来ました。」

「約束など、相手が覚えていられなければ意味がないだろう。十年も放ったらかしにして、忘れた頃にやってくるなど桂花にとっていい迷惑だ。この領地の視察や観光、監査や検査ならばいくらでもしていただいてかまわない。うちは紫家とは違い、痛む腹はないからな。だが父親として桂花に会うことは許可しません。」

自分より格下の家であっても家長の許可なくして娘を娶ることは禁じられている。

兄の立場を利用した隆輝を、立場を利用して迎え討つ気なのだろう。

やはり、一筋縄ではいかないようだな。

仕方がないので、奥の手を使おう。

確実に印象が悪くなるから使いたくはなかったが、こうなれば今更だ。

「…ならば一つお伺いしても?」

「かまわない。」

「貴方は先程『痛む腹はない』とおっしゃっていた。しかし、紫家の人攫いによる被害者はこの地を経由して運ばれていると調べがついている。しかも一人ではなく、おそらく何人も、何回もだ。それでもこの地を管理している陶家に全く罪はないとおっしゃられるのか?」

「ほう、なるほど。我が家に喧嘩を売るつもりかな?」

「いえ、それは心外です。むしろ、取引でしょうか?」

「ほう?取引とは?」

「失礼ですが貴方の私兵だけでは事件自体を握り潰される恐れがある。ですから、私の『地位』と『名』をお貸ししましょう。また、拠点に乗り込む際には私が同行します。少なからず腕には覚えがありますので邪魔になることはありますまい。」

「…それに対する対価は?」

「わかっておいでとは思いますが、陶家の赤い鳥を私のものに。」

家の中から桂花の弾むような笑い声が聞こえる。

彼女の妹は異国の神に喩えられるほど歌が上手いというが、隆輝からすれば彼女の笑い声こそが至上の音楽を奏でているように聞こえた。

やがて廊下を軽やかに歩く桂花の足音が近づいてくる。


知らぬは本人ばかり。

隆輝は僅かに微笑んだ。









家格が上の人に対し、失礼極まりない発言が多々出てきますが、安心してください、ただの伏線です。


父親的には大変な立場で頑張ってきた事を評価する反面、ひょっこり出てきて溺愛する娘を掻っ攫われるのが面白くない、そんなところです。

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