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青い狼の誤算


思い出が美しくあるのは当然だ。

移ろう景色も、景色に映える鮮やかな人の姿も。

だから、隆輝は久しぶりに目の前に立った桂花の存在を初めは信じる事が出来なかった。


思い出の彼女は少女のままだった。

それでもさすがは陶家の娘。

周りの女性達を霞ませる程に際立って美しかった。

とはいえ最後に会った日から十年も経てば、美しくはあれど再び衝撃を受けるほどではないだろうと、そう勝手に思い込んでいた。


肌は珠のように白く輝き、頬と唇を彩る朱からは咲き誇る花のように瑞々しい色香を放つ。

すらりとした身体の描く滑らかな曲線は優美でありながら艶めかしい。

そして月明かりに透けて、赤みを帯びた髪が今も鈍く光を湛えている。

まさに甘い蜜を湛えた大輪の花が、芳しい香りをはらみつつ、花開いた瞬間だった。


…反則だな、ここまでくると。

思わず、彼女の華奢な腕に手を伸ばしたくなるのを、強く握る事で耐える。

雑魚とはわかっていても、彼女に容易く触れた事は後悔させてやろう。


彼女に視線を戻す。

外堀はきっちり埋めてきた。

今度こそ、絶対に逃さない。


ーーーー


宴席にあまり顔を出したがらない彼女と、久方振りに帝都に戻ってきたから直接話をしたくて煌達に相談したら、冷たい目で見る彼に開口一番言われた。


「…なにを今更。」


あの見た目だけでも取り繕っていた温厚さは影を潜め、「馬鹿じゃないのこの人、とりあえず無視だ無視」な心の声がダダ漏れな表情だった。


「桂花は元気ですよ?ですから、お気になさらず。」

「何だ、その素っ気ない態度は。」

彼が隆輝に対して遠慮がないのは、身分の差など関係ないくらいの腐れ縁だからだ。

「…貴方が妹を嫁にするために、早々と臣下へと降り、更に熱意を持って戦で功績を上げてきたことは評価します。で・す・が、対外的な外堀を埋めることに夢中になるあまり、妹本人への外堀を埋めてないってどういうことでしょうか?十年近くも会っていないのに、好きも愛してるもないでしょう?!」

「…それは申し訳ないとは思うが、兄に出された条件を超える功績をたてるには、砦に篭もるしかなかったんだよ!それに忘れられる事のないよう、折々に贈り物や手紙を書いて届けさせたんだぞ。」

「そうですね。花やお菓子、それから体を労るお手紙、でしょうかね?」

隆輝は肯く。これでもいろいろな方面から調べて、彼女の好みや似合うものを贈ってきたつもりだ。

「妹が言ってましたよ。『季節折々に親切なおじさま(・・・・)から贈り物が届く』って。」

煌達はおじさま、の部分を強調して言った。

「貴方、うちの宴にお忍びで通っていたの、忘れました?」

「名前は、当然(・・)偽名ですよね?」

「それとも、当時十歳にも満たない桂花が自分を見初めたのが誰だか気がつくとでも?」

「…」

「残念ながら、桂花は貴方と贈り物の主を別人と認識してますね。」

憐れみを含んだ煌達の視線が物凄く痛い。

絞り出すような言葉が虚しく響く。

「また、会いたいと彼女が書いたのは…」

「自分の事を大事にしてくれているおじさまから誘われれば、嫌とは言わないでしょう。」

まさか、どこまでも噛み合っていないとは全く気が付かなかった。

真っ白になった隆輝に、煌達が更に追い打ちをかける。

「ですがご安心ください。最近の妹は末の妹の付き添いで、宴にも顔を出すようになりましたから。しかも、うちの父がこれ幸いとばかりに事前にお見合い相手を見繕って差し向けているようですよ。」

良い人がいればいいですよね!と煌達がいい笑顔で言い放つ。


…言い放った言葉の先には、うなだれた一匹の大型犬がいた。

はぁ、とため息をついてから煌達は自分の目線を隆輝に合わせると、さり気なく情報を与える。

「楊公の宴に出席します。」

「…まさか。」

「紫家の者が最近よく宴席で見かけられるそうなんですよ。そして、宴に出席したそれなりの家の娘が、宴の席からそのまま行儀見習いとして紫の家に召し上げられる。家族には一切連絡を寄越さないで。暫くして実家には彼女達が使用人と駆け落ちしたと連絡が入る。駆け落ちなんて一族からしたら恥ですからね、実家の人間は口を噤む。」

「…お前、実の妹を囮にしようなんて思ってないだろうな?」

「思ってませんよ。ただ、確実に釣れる自信はありますけどね。」

うちの妹達、ほんと美人で気立てが良くて、と煌達の妹馬鹿ぶりが発揮される。

「そうだ、隆輝様、桂花に協力を頼んでくださいよ。」

「…は?」


「話しかけるきっかけが欲しくないですか?あの子の容姿なら、間違いなく紫家の者が釣れる。そうして絡まれているところを颯爽と現れて、安全確保。ほら、危険な場を共にすると他人同士でも情がわく、アレですよ!」

ついでに直接頼むと実家の父が断る可能性があるから、桂花経由で犯人捜査の協力をお願いすれば彼女も断らないだろうし、父も娘のお願いなら必ず叶えてくれるのだということだった。

決まりですね、とにこやかに言う煌達。

対する隆輝には、煌達のお願いが『おつかい』に聞こえた。


まあ、彼の幼馴染である鄭舜の実家に絡む問題については、隆輝も気にはなっていたところ。

巻き込まれてやろう、その時はその程度の認識しかなかった。


ーーー


桂花が宴の会場を出て、庭へと下りる。


それまで彼女の背を明るく照らしていた月が雲に隠れた。

気配を探り、声を掛けようとしたところで、彼女を姉と呼ぶ可憐な声が聞こえた。

あの時の青い鳥か。

デビューしたてにも関わらず、教養高く淑やかな少女の噂は南陵関にも届いていた。

陶の迦陵頻伽とも呼ばれる歌声と、神の使いにふさわしいとされる優れた容姿。

こちらも確かに美しい。

非の打ち所のない、完成された美しさは確かに称賛に値する。

だが、それだけだ。

あれだけの美しさを前にしても、揺らぐことがなかった慕情。

すでに囚われているというのに、喜びの方が勝る。

彼女以上に、欲しい相手など今生では存在しないだろうな。


噂の青い鳥の登場に気を取られ、見失った気配を再び探ったところで、雲間から月が姿を現す。

なんと自身の目の前で見知らぬ男達が彼女と少女の行く手を阻んでいた。

聞こえた会話から、二人が誘われていることがわかった。

そして脳裏には煌達の言葉が過る。

『紫家の者が最近よく宴席で見かけられるそうなんですよ。』

なるほど。

招待客に混じり、人目に付きにくい場所で声をかけるわけか。

その後どのように対応するかは相手のご令嬢次第、と。

手口を見極めるため、危険が迫ったら介入しようと様子を伺う。

声をかけられた桂花は、意志の強そうな瞳でひたと男達を見据えた。

そんな表情もするようになったのかと、思わず口角が上がる。

やがて彼女は妹だろうか、少し幼い容姿の少女を庇い、彼らの強引な誘いから逃がす。

あの気の強さの裏側にある優しい性格。

世間から見れば扱いにくいとされる気質だったとしても隆輝には愛らしい出会った頃の彼女のままだ。


しばらくして、男が彼女の手首を押さえつける。

彼女はおとなしく手を握られているが、体はちゃんと反応していた。

むしろ、対処しそうになる体を彼女は無理矢理抑えこんだほど。


…桂花、君のご両親は君にどれだけ護身術を叩きこんだんだ?

さあ、もういいだろう。

下準備のためとはいえ俺は充分我慢した。


しかし、こんなに惚れているとはな。

隆輝は自嘲した。

彼女の前では誠実でいよう、そうは思っているがどこまで理性がもつか。


「そこまでにしろ。」

彼女の掴まれた手首と口元が自由になる。

ゆっくりと呼吸をし、隆輝が見つめる先には。

逢いたいと夢に見た赤い鳥が待っていた。






隆輝目線です。

やっと捕まえた赤い鳥を甘やかすのはもう少し先になります。

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