赤い鳥の相愛
鄭舜様が部屋を出て行ったあと。
二人きりの室内を暫し沈黙が支配する。
き、気まずいわ。
「とりあえず、近い出来事から順に説明するか。」
おそらく隆輝様も私が湯浴みをしている間に同じように着替えたのだろう、胸元をだらしなく着崩しているのに、どことなく品があるように見えるのは、帝に連なる血のなせるわざか。
とはいえ、逆に野性的な雰囲気になったとも言うが。
なんか緊張からかピリピリしてるし、うん、ここは逃げましょう!
「あ、いえ、いえ。隆輝様もお疲れのことでしょう?説明はまた後日で構いませんわ。」
湯浴みと、着替えありがとうございます、そう言って体の向きを出口へ向けた、そのとき。
「逃がすと思うか?」
ですよねぇ。
それどころか、腕を掴まれ、そのまま膝の上に座らされる。
お、お説教ですか?…ど、どうしよう、心当たりがありすぎるんですが。
「そもそも、今回のことで奴らの拠点に俺が乗り込むことは予定通りだった。」
そう言いながら隆輝様は膝の間に私を座らせると、顎を頭の上に載せ、更に両腕できっちり体を拘束する。
そこまでしますか。
今、ごめんなさいしたら許してもらえるだろうか?
「捕まえる相手が紫の縁者に繋がりがあるなら、乗り込んだのが下っ端ばかりなら事件自体を握りつぶされる。それを防ぐには、紫より立場が上の人間が関与する必要があるだろう?そういう立場とすれば、上は"青"、同等としてなら"藍"か。流石に帝が乗り込むわけにはいかないしな。」
帝本人は乗り込む気満々だったから、周りが止めるのに苦労したよ、と言うため息混じりの言葉に、なんか色々あった裏事情察しましたよ。
あの時、兄様が隆輝様が責任取る立場云々いったことには、そういう思惑もあったんですね。
「だから拠点に隆輝様がいらしたという事は納得しました。ただ、華凉とはどうされたんですか?」
仲良く二人で歩いて行く姿を見たから、てっきり祭り会場を一緒にまわっていると思ってたけど。
「お前がはぐれたとわかったあと、直ぐに別行動にしたよ。彼女に『姉様、きっとむくれてますから早くなんとかしてください。』と言われたしな。ちょうど煌達と合流するタイミングでもあったし。それとな、お前、敬語は止めろ。」
とうとうお前呼ばわりされました。
…華凉、せっかくの良いご縁を…この方、貴女が目的でしょうに…。
ん?むくれて?って何を?
「そもそも聞きたいと思ってたんだが、何でお前は華凉と俺をくっつけようと画策したんだ?」
「画策って。貴方が楊家の社交会で『頼みたいことがある』って言ったからでしょう?しかも助けてもらった立場だから断れないし。だから、嫌だったけど華凉を紹介しますって…」
「いや、そこなんだが、俺がいつ『華凉を紹介してくれ』って頼んだんだ?」
あれ?
「…だよな。勘違いしてるんじゃないかとは薄々感じてたけど、まさかそこの時点から間違っているとは。俺の『頼みたいこと』は今回の件に関してお前の実家に力を貸して欲しいと当主にお前経由で伝えて欲しかったんだ。ちなみに、囮で人質になれ、とは一言もいう気はなかったぞ。アレはお前の兄の独断だ。それなのに、全部責任は俺とか、どんだけ俺が鬼畜なんだよ。」
…あれ、という事は。
「隆輝様、華凉との縁談をお望みではなかったのですか?」
それを聞いた隆輝様は、それはそれは深くため息をついた。
「お前、意外と思い込み激しいんだな。道理で何から何まで裏目に出ると思った。俺は確かに御令嬢方には評判悪いが、全く女に相手にされないなんてことはないんだ、それを…」
な・ん・だ・と・う?
「あら、でしたら選び放題ではないですか!なにもこんな場所で婚活紛いの時間潰しをしては、そういう淑女の皆様に合わせる顔がありませんでしょう?ささ、お仕事も終わりのようですし、私も今回の件にはいろいろと事情があることはわかりましたから、心置きなく帝都にお戻り下さいませ?」
桂花は無礼だと思いつつも遠慮無く言い放つ。
ああ、なんて腹立たしいこと!
なのに頭の上からは嬉しそうな隆輝の声が降ってくる。
「なんだ、やきもちか。」
「なっ!ちが…。」
「…真っ直ぐな性格は、昔と変わらないんだな。」
「…口元が、笑ってますわよ?」
「出会ったときのことを思い出していたんだ。」
「…。」
「社交の時期に領地から帝都に来るたび、陶家の別邸で宴があっただろう?」
我が家は家格は高くないのだが、帝都の別邸には凝り性な当主が自らの人生をかけたと言われる見事な庭を持っていて、宴の際にはこの庭を見るために、身分の高い方がお忍びでよく遊びにきていた。
はっきりと記憶にないけれど、その中に隆輝様もいたということなのだろうか?
「父から参加を許されて訪れた何度目かの時だった。確か、華凉が産まれて間もなくの宴だった。」隆輝様の口元が首筋に近づく。
桂花の心拍数が一気に上がり、ふわり、と首筋につけた香油から花の香りが立ち上った。
そして息遣いまでわかる距離にある端正な顔が柔らかい笑みを浮かべる。
「お前が珍しく言い付けを聞かないから、煌達が困っていたな。」
だって、だってあの日は。
「お前の誕生日だったが、急遽、華凉のお披露目会になった。」
そう、あの時から始まったのだ。
青い鳥と比べられ、何もしなくても貶められる日々が。
「…慣れましたから、もう今は。」
それに、家族としての華凉は愛おしい。
我が家の青い鳥は確かに、家族へ更なる幸福と縁を運んできたのだ。
隆輝が桂花を抱きしめる腕に力が籠る。
「なら、そんな顔するな。」
「…」
「あの日皆に祝福され、幸福を得ようと宴の客達に求められる華凉を見て、お前は言ったよな。」
ねぇ、なら赤い鳥は誰のものなの?
「それを聞いて俺は決めたんだ。この誰よりも愛らしい赤い鳥は俺が貰う。」
今度は間違えるなよ?
そう言うと隆輝は匂い立つ花の香りに誘われて桂花の首筋へ軽く口付けた。
獲物を見つけた狼の、静かに熱を孕む眼差しが真っ直ぐ桂花に注がれる。
名前しか知らなかった参加者の面影と、彼の顔が重なる。
やっと、思い出した。
このどこまでも強引で純粋な青い狼を見失っていたなんて。
強引な態度ですら嬉しいと思うほどに、私は彼が好きだった。
「お前は俺のものだ。」
隆輝は桂花の顎を掬い上げ、今度は深く口付ける
忘れようと努める事はできた。
でも簡単に、忘れるなんてできやしない。
吐息の触れる距離で笑みを交わす。
「だから私も昔から言ってたわよ。私は誰のものでもないと。」
だって出会った時から、すでに私は貴方のもの。
ああ、そうだ。
深く強く囚われていたのは私も同じ。
昔々。
青い鳥は愛しい人を探し求め飛び立った。
では、赤い鳥は誰のもの?
赤い鳥と青い狼の、恋を巡るお話はこれでおしまい。
めでたし、めでたし。
これで本編終わりです。
あとはサイドストーリーを書く予定です。