赤い鳥の後悔
今上帝の弟君であり、青家御当主が我が家へやってくる。
あれからすぐに私を探しに来た父と合流し、必然的に私を追いかけてきた青家御当主と父を引き合わせ、まもなく彼が我が家へやってくる日取りが決まった。
「逃げちゃダメかしら…」
ただでさえ、彼が苦手なのだ。
桂花は日が近づくにつれて気が重くて仕方がない。
しかも彼は華凉に会うために来るのだ。
たぶん私がいなくても大丈夫だろう。
よし、当日は体調不良になって引き篭もろう!
…なんて思ってた時もありました。
「桂花殿にはこちらを。」
今、見事に咲いた大輪の花を洒落た飾り紐で結んだ花束を何故か隆輝様から受け取っている。
なんで予定の日よりも早く来るのよ!
しかも父様には事前に早く来ることを話しておくなんて、父様、逃がさないように手を打ったわね。
今日は収穫を祝う一年に一度の祭りの日。
朝からそわそわして衣装もバッチリ決めて、はしゃいで玄関から飛び出したところを捕まった。
仮病?今更通用するとは思えないわね。
仕方なく遠い目をしながら花を受け取る。
今思えば、確かに父様だって祭りで賑わっている領地を見せたいと思うでしょうに。
諮られたわけね、私。
すごい勢いで父様の方を振り向けば、嬉しそうに笑う隆輝の後ろでニヤニヤ笑っている。
確信犯だわね。
覚えてなさいよ!!
父様自慢のヒゲ、糊でギットギトにしてやるから!!
黒い思考がダダ漏れしていたせいか、父も家人も近づいてこない事を幸いに、ヒゲをどうにかする作戦を練る。
「それで、私も祭りが見てみたいのだが案内してもらえないだろうか?」
華凉の方を向いているからと油断していたらいつの間にやら隆輝が隣にいた。
ダメかな、そう言いながら悲しげな表情で私の顔を覗き込む。
…今少しだけ可愛い生き物を見た気がしたのだけど。
「か、華凉と一緒で宜しければ!」
あらお姉様っ?と華凉が不思議そうにこちらを見ているが、この方は貴女目当てなのよ!
貴女を連れて行かなくてどうするの。
「仲がよろしいのですね。」
華凉を連れ護衛と共に祭りで盛り上がる街中を歩く。桂花の隣には何故か隆輝がいて、祭りの様子がもの珍しいのか視線を忙しなく左右に配りつつ尋ねる。
「そうですわね、どちらかといえば兄妹仲が良い方でしょうか?」
小さい頃は些細なことで喧嘩もしていたが、気がつけば互いに気遣う関係へと変っていた。
「恐れながら隆輝様も、ご兄弟の仲がとてもよろしいと伺っておりましてよ?」
「…その敬語。」
「はい?」
「その敬語はなんとかならないか?」
「なんとか、ですか?」
「人前ではともかく、二人でいるときはくだけた話し方にしてくれ。」
「…これでいい?」
桂花が深く息を吐き出しながらしぶしぶ応じると、隆輝は目を細め嬉しそうに笑う。
目を細めると睨まれてるように感じるのは勿体ないわね。
顔の造作はいいから余計にそう見えるのかもしれない。
なるほど、だから華凉なのね。
闊達とした性格ながら母親似で優しい顔立ちの今上帝と比べ、父親に似たきつい顔立ちと戦場での活躍ぶりを称えた青い狼という渾名のせいで彼は無駄に怖がられており、年頃の女性達にあまり評判がよろしくない。
だが、社交の場にデビューしたての華凉なら、悪い評判を気にせずに自分を見てくれるかもしれないと考えたのだろう。見れば隆輝は華凉の隣に並び、背の低い彼女の方へ少し屈みこむようにして彼女の話に耳を傾けている。
時々笑い合う二人は、傍から見ればとてもお似合いだ。
護衛達も二人の様子を微笑ましそうに見守っている。
…何かしら、やはりいい気持ちがしないわね。
見たくないと思うほど、私は隆輝様のことが嫌いなのかしら?
嫌いになるような意地悪をされた記憶はないのだけど。
ふむ、と首を傾けながら考えこむ彼女を置いて、二人は雑踏の中を護衛とともに歩いて行ってしまう。
うん、はぐれた事にしてしまおう。
彼女にとってこの街は庭のようなものだ。
兄や妹とこっそり、または黙って一人きりで来たこともある。
服に忍ばせた武器を確認するとそのまま華凉達とは反対方向へと歩いて行った。
さて、盛大に買い食いできるわ!
先ずは焼き団子からよ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「は〜。どうしてこうなったのかしら。」
彼女は縛られてこそいないがゴツい鍵のついた部屋に閉じ込められている。
祭りの山車を鑑賞している最中、花屋の娘が見慣れない男に誘われて路地裏へ向かうのをさり気なく止めて、店に帰したところまでは良かったのだが、代わりに、という事であれよあれよという間にこの部屋へ閉じ込められた。
あまりの手際の良さから推察するに、なんだか嫌な感じだ。
嫌な感じだから、わざと着いてきたのだが。
「ほう、赤い鳥か。しかも上玉じゃないか!」
突然扉が開く。
首領と思われる男と若い男が入って来る様子から、桂花を品定め来たようだ。
おっと、ここは…
「わたしをどうするつもりなの?」
少し幼い口調で言いながら、さめざめと泣き崩れる。
ついでに少しだけ全身に力を込めれば青ざめ震えているように見えるだろう。
こうすると可憐で、且つ、か弱い乙女に見えるらしい。
普段使わないのかって。
使わないわよ、疲れるもの。
「泣かなくていいんだよ、お嬢さん。怖いことはないからね、これからもっと賑やかで楽しいところに行くんだよ?」
「…いついくの?」
僅かに首を傾けて潤んだ瞳で見上げると、気が緩んだのか若い男が代わりに答えてくれる。
「今晩ね、素敵な男性が迎えに来てくれるんだよ。」
大人しく待てるね?という脅迫めいた問いには頷いて返事をした。
それを見て二人は満足そうに部屋を出て行く。
よし、逃げよう。
今晩までは見張りしかいないはずだ。
それにそろそろ追いついたはず。
桂花はぐるりと部屋を見回した。
建物自体は古いが造りはしっかりとしている。
たぶん、上流階級が使うような館。
入り口の鍵は頑丈そう。
それから、窓には内側に外観とはそぐわない鉄格子が嵌っている。
一見、逃げ出すのは難しそうに見える。
でもね、こういう由緒正しきお屋敷には必ずあるもの。
床、天井と順番に見ていく。
…やっぱり床かな。
コツコツと足で音を確かめると、うん、ここだけ違和感があるね。
指を這わして床板をゆっくり持ち上げる。
はい、脱出用通路見つけた。
ご都合主義と言うなかれ。
襲われた時に当主がどの部屋にいるかわからないじゃないか。
全部の部屋とは言わないまでも、割と古い家にはちょこちょこあるのよ。
今回はたまたまそれがある部屋に閉じ込められただけのこと。
さあ、当たりかハズレか。
寝床に人型を作り、床下へと潜り込む。
人一人分が通れる幅の通路に出たと思ったら奥には苔むした壁の地下道が続いていた。
大人が腰を屈めてやっと通れるくらいの高さしかない。
なるほど、ここから街に出られるわけね。
今回の一件はたぶん帝都を騒がしている人攫いに関係があるのだろう。
この鼓泰地方は海の玄関口。
船で海上に出てしまえば国内の遠い地域でも国外でも運び放題だ。
通路が使えそうなのを確認してから部屋へ戻る。
あとはお迎えが来るのを待つだけ。
さ、お昼寝しようっと。
そう思って寝床に横になった途端、扉が外から勢い良く開く。
身なりの良い初老の男性が、髪を乱し、血走った目で睨みつけてきた。
あら、もっと早く寝ておけば良かったわ。
「どうしたの?」
「…お、お前は誰なんだ?!」
遅くなりました。