赤い鳥のこぼれ話 背を預けるに足るのは
※9/20別ページに掲載していたお話をこちらへ移行しました。
内容には変更がありません。
本編に入れられなかったお話をこぼれ話として纏めました。
戦端が開かれる、凡そ一ヶ月前。
劉尚の執務室にて。
「煌達。そちらの様子は?」
「なんとか間に合いそうです。」
「青い鳥の様子は?」
「まだ気付いていないようです。このまま事を終わらせようと思っているのですが…、流石に部下のいる戦場は気になるでしょうし、間もなく気付くでしょうね。」
「部下でなくて、愛する男だろう?」
「…認めませんよ、まだ。」
「なんというか…陶家の男は鬱陶しいな。」
「何か?」
「いや、何でもない。」
のんびりと会話を交わす二人の背後を部下達が忙しなく働いている。
何せ状況が動き出したのは凡そ一ヶ月前。
皆僅かな休みを貰うだけで働き続け、今日に至る。
「事前にある程度準備しておいてよかったな。直前まであんな様子じゃ、戦まで保たないだろう。」
「そんなに余裕はありませんよ?私の方は先ず海路を使って一週間、そこから陸路を使って凡そ一日。状況によっては戦端が開かれたあとだ。」
「こちらは構わない。というか戦端が開かれた後の方がむしろ都合がいい。」
「ランダールとの国境で南陵関の戦いの再現、ですか?」
「そうだな。こうなると良かったよ、国外に名前と顔を売っておいて。」
「私はむしろ困る方なのですが。」
「もう自分で内偵しようなんて諦めろ。確かにどこにでもいる顔なのは認めるが、何回も見かければ流石に覚える。」
「そうなんですよね…。」
「それに奥方は護国の徴を持っているんだ。しかも番が国を守るとまで言われていては先頭に立たざるを得ないだろう。広安国の戦いは起こるべくして起こったもの。なら最大限に利用してやろうじゃないか。」
「人が死ぬんですよ?遊びではない。」
「そうだな。だからこそ二度と遊び心を起こさないように叩き潰すんだよ、全力で。」
恐怖を、心に刻み込む。
強気な言葉とは裏腹に隆輝の表情は冴えない。
それはそこに至までの痛みを知るが故。
そしてもう一人。
「陶家当主から連絡があった。」
劉尚は隣に立つ鄭舜に書簡を渡す。
隆輝は厳つい顔で自身の前に立ち塞がった偉丈夫の顔を思い出していた。
「青い鳥からではないのですね。いつもならこの手の書簡は彼女経由で届くものを。」
「仕方ないだろう。彼女は自主的に謹慎中だ。当主もあえて彼女に下ろす情報を制限しているようだしな。それでも彼女がランダールに対して打った一手が効を奏しているからこそ、こうして隆輝もこちらへ来る余裕があるというもの。」
「絶妙な牽制でしたね、あれは。」
劉尚の言を受け、書簡を眺めながら淡々と話す鄭舜。
一方で心配そうな表情を崩さない煌達。
「心配か?妹の事が。」
隆輝の言葉に煌達は頷く。
「今回のランダールと広寧国の連携は意図的に見逃されたもの。それを自身の不覚故と責めることがないか心配です。」
彼女は成安国の情勢に手を打つことを控えた。
兄である煌達や鄭舜の仕事に差し障ってはいけないからと。
「成安国は憂いを絶つため、我が国は珀と欧両家の始末とランダールに対する制裁のため。それこそ毎年挨拶のように小競り合いを起こされるのも面倒ですからね。一気に動いたところを叩き潰すつもりだった。正直、準備よりも彼女に隠す方が大変でしたよ。知られたらきっと成安国内の戦闘はいつの間にか回避されていたでしょうね。」
鄭舜は今までの経緯を整理しながら言葉を紡ぐ。
「一応、家は将軍位を戴くわけですから指示を出されれば否とは言わないでしょう。妹を巻き込んでもよかったのでは?」
「今後、成安国との関係が拗れないとも限らない。そうなったときに独自の判断で動く場面が来る。その時を想定した一種の試験だよ。」
人は全能ではない。
見逃さぬように気を配っていても想定外の出来事というものは起こる。
その時にその人物がどう動くか。
余裕のない状態故に、その人物の本質が出るというもの。
「陶家当主の書簡には不測の事態に備えるとの文言が入っている。
その不測の事態には自身の娘の処遇も含まれているだろうね。」
当主としての務めを果たすか。
それとも愛おしい男のために誤った選択をするか。
「そこは心配ないと思いますよ?
妹は回り道をしても必ず気が付く聡い子ですから。」
誇らしげに胸を張る妹馬鹿。
煌達の妹自慢、再び。
「まあ、そういうことにしておこうか。さて、再び我らが相見えるのは全てが終わったあと。」
部下達による準備の甲斐があって整いつつある状況を確認し、劉尚の命が下される。
「青家当主、董家当主。出立せよ。」
「両当主のご武運をお祈りいたします。」
礼の姿勢をとり、退出した二人を見送ると劉尚が口を開く。
「…弟を、部下を、再び戦地に送り出すことになるとは。」
「今までの例を見ても青い狼は簡単に死にませんよ。それから極楽鳥は天界に住まう鳥とも言われています。その分特別な神のご加護もあるでしょう。付き従う兵士達も皆優秀なものばかりです。彼らを信じて、余すことなく手を打ちましょう。それが我らが務め。」
鄭舜は小さく笑みを浮かべる。
「あの二人には、それぞれ背を預けるに足る伴侶がおります故、むしろ功を競って、はしゃぎ過ぎないかの方が心配ですね。」
「伴侶といえば、お前はどうするつもりだ?」
劉尚は彼の気遣いを感じ、彼が逸らした話題に乗る。
現在、帝である自分を除けば、自国からも他国からも嫁ぎ先候補として熱い視線が注がれる紫家次期当主。家柄だけでなく容姿も能力もずば抜けている彼に浮いた話の一つもなく、その事があらぬ誤解を招いているということは公然の秘密というやつだ。
鄭舜は困ったような表情を浮かべる。
「親族筋が年頃のお嬢様方をご紹介下さるのですが、今一物足りないのです。」
華凉が言っていた『淑やかで美しい女性達』。
もちろん、淑やかであり、容姿の美しい彼女達を否定するつもりはない。
むしろ皆幸せになって欲しいと願っている。
ただ、自身の伴侶と定めるには物足りない。
「なら、どんな女性が好みなんだ?」
「難しいですね、身近な方を例として上げてもよろしいですか?」
「怒られない程度ならな。」
「桂花殿のように自身の身を守れる程度の武の力があって、華凉殿のように謀にも対応出来る勘が備わっていて、いざというときは沙羅様のような大胆に行動を起こせる胆力が備わっていると更にありがたいですね。」
試しに聞いてみれば、家の当主になる者に求めるような資質ではないか。
「…お前、結婚する気ないだろう。」
「それはありますよ?」
ただ求めるのは能力。
愛は、いらないというだけ。
「家柄だけで選ぶ訳にはいかないのですよ。血筋が良いからといって、家を繁栄させる力に長けるとは限らない。」
ずば抜けた能力と、たゆまぬ努力を相手に求めるのだ。
それに愛まで求めるというのは傲慢というもの。
「それでも紫家を、再び牛耳られる訳にはいきませんから。」
あの苦しみを再び味わうのは御免だ。
理由もなく幼いというだけで見下される日々。
裏で蔑まれていることに気が付かない、お目出度い思考の両親。
父のように、優しさだけでは、足りない。
母のように、家柄と美しさだけでは、足りないのだ。
だから愛など、いらない。
能力だけを求める相手を、
愛して欲しいなどという我儘が許される訳がないだろう。
「子をなし、家さえきちんと守っていただければ、その辺りは自由にしていただいて構いません。」
「お前も難儀な男だな。」
愛されることを否定するほど、愛に固執する。
矛盾するようにも思える彼の言葉は、『愛して欲しい』と言っているようなものだが、本人はその事に気付いているのだろうか?
「お前、許される範囲でなら相手を選んでも構わないだろ?」
「そうですね…現状なら他家との縁を繋ぐのは姉と妹で充分でしょう。私の相手に関しては家柄は重視しません。紫家のために生きてくれる覚悟のある方であれば。」
姉の方は他国に婚約者がいる。
妹の方も内外問わず紫と縁を繋ぎたい家からの縁談が殺到しているとか。
姉妹揃って美しく、優秀だと聞く。
この様子なら妹の方も間もなく縁談が纏まるだろう。
出来るだけ早い時期に、彼の味方となる人間を見つけておかねば。
彼が再び家内で孤立することのないように。
背を預けるに足る人を。
「他に条件は?」
「人を使うのが上手い方であればなお良いでしょう。」
紫家は大所帯。
分家を合わせると相当な人数になる。
その人数を纏めるとなれば育ってきた環境や経験というものも大事だろう。
劉尚は僅かな時間、思案する。
一人、面白い人物に心当たりがある。
もし運よく手元に残ったら部下として雇ってみるように薦めてみよう。
彼が彼女をどう使うか見てみたい気がする。
「意外と振り回されたりしてな。」
「…何がです?」
ほんのり笑みを浮かべた劉尚に不思議そうな視線を向ける鄭舜。
僅かに首を振る。
今のところ予定通りに進んでいて少し気が抜けたようだ。
未来のことは、まだわからない。
今は打てる手を尽くすことに費やさなければ。
「全ては戦の結果次第だ。」
陶家の青い鳥だけではない。
二人の未来が決まるのもまた、戦の結果次第。
こぼれ話が思いの外盛り上がったので、スピンオフの作品を書いたのですが、そのお話の伏線にもなります。
そちらもお楽しみいただけると嬉しいです。
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