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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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青い鳥の最愛

広寧国軍の攻撃は、一年半前、クーデターの混乱に乗じて攻め入ろうとしていたのを事前に阻まれたせいで溜まった不満を発散させるかのように苛烈を極めたという。

それに対し成安国側は軍部の粛清を行った後、人的に不足していた所でもあったため、十分な人員を投入できたとはいえず、足並みが揃わず軍の動きも鈍く、当初は押され気味であったらしい。

ただそれも、苟絽鶲国から董家当主が率いる船団が到着するまでは、の話。

苟絽鶲国の動きを知らない広寧国は海側を警戒を怠り、そこへ忍び寄った董家当主率いる水軍が突き刺さる。

実際、軍としては然程の規模ではなかったのだが、規模を大きく見せるため波間に浮かべた偽装船の数に広寧国の軍勢は浮き足立った。

結果広寧国軍は、ただ両国の関係を悪化させただけで大した成果を上げることもなく逃げ帰ったらしい。

広寧国側の求める停戦の申し出を受け、以降の対応は成安国が中心となるそうで、暫く両国間の緊張が解けることはないだろう。

なお、深追いすることもなく追い払うだけに終始した苟絽鶲国軍には人的な被害は殆どなかったという。


そして同時に珀、欧両家の手引きで苟絽鶲国へ攻め入ろうとしたランダールは、両家当主の捕縛のために向かった青家当主によってあっさりと退けられた。

それというのもランダール側は手引きによって帝都までの安全をある程度確保されたと思い、さらには成安国の方に気を取られるであろう隙をついて侵攻する予定だっただけに兵の数を絞っていたかららしい。彼らなりに精鋭を揃えたようであったが、相手は大国と十年も争い、さらには一歩も譲らなかった"青い狼“。多少の準備不足などものともせず、兵の勢いを駆って一気に追い払った。こちらは二度と甘い言葉に野心を燃やすことのないよう投降して捕虜とした者以外残らず殲滅したという。その残酷さは、まさに狼が獲物を狩るために徹底的に追い詰めるが如き風情であったらしい。この戦いについてランダール側は『一部貴族の暴走』として片付けたいようだが、停戦の交渉相手はあの腹黒…もとい、紫鄭舜様だ。さてどうなることか。


こうしてランダールと広寧国が起こした戦いはこの国にとって有利な状況で終結した。




そして、半年後。


「人材が不足しているのは理解しておりますが、戦の後始末は鄭舜様の差配で充分でございましょう?今更私の事を頼られましても…。」

「差配はそうなんだけどね。末端の動かせる人材を貸して欲しいんだよ。」

「正直こちらは成安国の後始末で人員的にはギリギリなのですが。」

「そこを何とか。」

華凉は応接室で最も苦手とする相手と向き合っていた。


苟絽鶲国当代皇帝、劉尚様。

優しげな容姿の下に強かさと僅かばかりの毒を隠し持つ人。

…急に呼び出され何事かと思えばこのような理由とは。

確かに兄や鄭舜様の頼みをのらりくらりとかわしてきたことは認めるけれども、これは流石にないんじゃないかしら?

最高権力者に頼まれたのだ。断れるわけがない。

こっそりと一つ溜め息をついて首肯した。


「承知しましたわ。どのような人材が必要ですの?」

「そう大人数でなくてよいから、腕の立つ者を。

…出来れば成安国に詳しい人がいいかな?」

劉尚様はにっこりと微笑んで言った。


彼女(黄蟻)の存在を知っていて言っているのだろうな。

でも彼女は私の護衛を兼ねている。戦は終結したとしても今回の一件で随分と派手に動いた自覚はあるから流石に彼女を手放すのは不安だ。

よし、その理由で断ろう。


「大変申し訳ないのですが…。」

「ああ、そういえば今回の件について報告のために成安国から使節団がやってきていてね、今こちらに来ているのだよ。紹介させてもらってもいいかな?」

「劉尚様?」

成安国から、と聞くと心拍数が上がる。

戦が終結して半年も経つというのに彼から何の音沙汰もないからかもしれない。


彼は…緋葉は戦で大いに活躍した。

苟絽鶲国からの援軍が到着するまでの間、初陣にも関わらず激戦を勝ち抜いた猛者を纏め上げ、敵軍を退け続けたのだという。成安国軍が持ちこたえたのは彼の功績によるところが大きい。もちろん最大の功労者とされたのは董家当主たる兄様で、護国の徴の番としての役目を果たし王家の覚えめでたく、また第二姫の伴侶としても成安国でも大人気だという。だが表の英雄は兄でも、陰の功労者は間違いなく緋葉だ。

国は彼を手放さないだろう。

彼は、活躍し過ぎたのだ。

伴侶として彼を取り戻す手を探っているけれど、未だに見つからない。



揺れる気持ちを押し殺し、劉尚様の示す方を見つめる。

やがて扉がゆっくりと開かれた。

見慣れた茶褐色の髪に、猩々緋色の瞳。


息が、止まる。



「紹介しよう。今や成安国の英雄でもある、黄九垓殿だ。」


ただ顔を見て、全身を確認して。

間違いなく彼である事がわかって。

声を出さず、口の動きだけで、彼のもう一つの名を呼ぶ。


緋葉。


「おや、珍しい。いつもは笑顔を絶やさぬ貴女が感動のあまり表情を崩すとは。

…これは余程彼に会いたかったのだろうね。」

呆然とした表情を取り繕う余裕もなく、劉尚様の揶揄する声にも答えられない。

緋葉は淑女に対する礼の姿勢をとり、恭しく私の手を取ると唇を寄せた。

「お会い出来る日を心より待ち望んでおりました。」

それから彼も口の動きだけで答える。


姫様。


再びそう呼ばれる日を、どれだけ求めていたことか。

「彼は今回の戦での功績に対する褒賞に貴女・・を望んでいる。」

劉尚様から何気なく添えられた言葉に再び息が止まる。

でも、それは…。


「もちろん、君は今や陶家の次期当主。流石に厳しいだろうと成安国でも随分と説得したそうなんだが頑として譲らないそうなんだよ。それで困った王が私に彼と貴女を会わせて欲しいと頼んできたんだ。そこで気が変わるかもしれないと思ったようだが…これは困った。どう見ても二人とも一目惚れのようだね。」

笑顔のまま劉尚様の白々しい演技が続く。

すでに緋葉の瞳の色を見て彼の出自については察しているだろう。

それに兄様か…若しくはお義姉様経由で私が家人を成安国へ派遣したことを知っている。

敏いこの方のことだ。

二つの情報を照らし合わせれば緋葉がどんな人物であるかについても推測が成り立っているはず。

私がした行為は諸刃の剣だ。

表面だけ見れば皇帝に弓を引いた一族の生き残りを庇った事になる。


それが吉と出るのか、それとも凶か。

最悪の場合、命と引き替えに家だけでも守ろう。

そう覚悟を決め無言のまま劉尚様を見つめる。

「成安国としては貴女が彼の伴侶として成安国に移住する事を望んでいる。こちらは王家より大切な姫を国に迎えた手前、彼も、とは言い難くてね。それに貴女だって彼が手に入るのなら、ついて行きたいのではないのかな?」

意外な反応に思わず目を見張る。

あら?緋葉については、何も言わないの?

それにしても下手な演技だこと。

ただ白々しい演技を続けるということは…その流れに乗っていいと言うことか。

ならば利用させてもらおう。

この方の手のひらの上、というのが気に入らないけれど。

「初めてお会いした時からこの方を好ましいと思っております。ですがどうしましょう…私は陶家の後継ですわ。このままでは家を継ぐ者がいなくなってしまいます。」

「その点だけど心配は要らないよ。すでに陶家当主には話してあるから。君がもし彼についていくというなら、陶家はこれから生まれるだろう董家もしくは青家の子に継がせる。両家の当主にはすでに応諾を得ているよ。ああ、ちなみに陶家当主から伝言を預かっている。『おまえの好きにすればいい』だそうだ。さすが吟遊詩人にも歌われる祖先の血を継いでいるだけあるね。

家よりも人を選ぶ、実に情熱的だ。」

根回しは完璧と言うことか。

父様…出立の時は何もおっしゃらなかったじゃないの。

扉を糊付けしようとした件、未だに根に持ってらっしゃるのかしら。

しなくて良かったと、この時しみじみと思った。

感謝しますわ、父様、母様。

大きく息を吐き出す。

そして動揺を隠し、出来るだけ優雅に見えるよう礼の姿勢をとる。

「私の願い、聞き届けて頂けますでしょうか?」

「叶えられることであるなら、何でも。貴女も今回の功労者だ。国として褒賞を与えない訳にはいかないからね。」

全てを知りながら知らなかったことにする。

私がこの方を苦手とするのは、この度量故なのかもしれない。

「私が隣国、成安国に嫁ぐ事をお許し下さいませ。」

「許可しよう。必要な書類や祝いの品はこちらで用意して成安国に送っておくから、身の回りの物と身一つで嫁いでいって大丈夫だからね。」

「ご配慮感謝いたします。」

「おめでとう、黄九垓殿、華凉殿。二人が末永く幸せであることを祈るよ。

そうそう、華凉殿。彼女の件、よろしくね?」

念を押していくあたり、貸して貰えることは織り込み済みのようですね。

一度、黄蟻と話さなければ。

彼女は弟の遺骸が埋まるこの国を離れる事はないだろう。

そうなれば、一時的でなく彼女の身を預ける事になるかもしれない。

恐らく、この方に。


「では、二人で今後の予定を話し合うといい。

護衛は遠ざけてあるから、多少込み入った話をしても大丈夫だよ?」

劉尚様は軽く片目を閉じてから退出していく。

…本当に良かった。

あの方との婚姻を避けられて。

恐らくは一生かかっても手のひらの上、だわ。

そんなの退屈で、つまらない。


「もう、お話しても平気でしょうか?」

「ええ、大丈夫よ。」

緋葉の声を聞いて我に返る。

さて、どうしたらいいのだろう。

慣れない空気と緊張からか彼と目を合わせることすらできない。

願い続け、手を尽くして。

どうにか彼を手に入れたというのに。

途方にくれる私の頬へ僅かに彼の手が触れる気配がする。

ゆっくりと呼吸するように肌に染み込む彼の手の温もりに安堵した。


その瞬間に涙が頬を伝う。

流れた涙の滴を頬から拭う彼の手の温かさに、またもや涙が溢れて。

ただ静かに泣き続ける私を緋葉はゆっくりと抱き寄せた。


「お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。…姫様。」

抱き寄せられた感触で未だ包帯の巻かれた箇所があることに気が付く。近くで見れば随分と癒えてはいるのだろうが幾つもの傷痕が肌に残っている。

どれだけ過酷な場所に彼を送り込んだのか。

私自身の願いを叶えさせるために。


「貴方には、本当に残酷な仕打ちをしました。」

ごめんなさい、と紡ごうとした唇を彼の指が優しく止める。

その仕草だけで熱を帯びる私の頬を彼の手が包む。

「それしか手はないと貴女が判断した結果なら構いません。

それにその判断があったからこそ、今こうして正々堂々と貴女を手に入れられる。」

結い上げられた髪の後れ毛を彼の手が一房掬い上げる。


「この髪も。」

彼が手に握った髪へ唇を寄せる。

反対側の手は頬を滑り眦に溜まった涙を拭う。


「貴女の瞳も、頬も、体も…全てが一番近くにあって、とても遠かった。」

頬に、体に。

順に触れていく彼の手が熱を帯びる。

「主であるが故に貴女の身を守ることは当然。なのに何故、こんなにも貴女に触れたいのか。初めは分かりませんでした。でもある時、気がついたのです。」


触れたいのは、"欲しい"から。

その欲情のままに喉元に食らい付き、骨まで食い尽くす。

身中に巣くう猩々が如き、荒々しく猛き血の求めるがままに。


「貴女を傷付けたくない、でももっと触れてみたい。そんな葛藤を抱いていた時です。貴女から桂花様の護衛を命じられたのは。きっと聡い貴女に察せられ…避けられたのだと、そう思いました。蒼月はどれだけ傍にいても構わないのに、心中で主を主と思っていない…思えない俺は傍にいては駄目なのだと。」

桂花様にはいつも溜め息を聞かせてました、そう言って緋葉は申し訳なさそうな顔をする。

そんな風に思っていたとは。

思わず顔を綻ばせる。


「一度姉様が苦情を言いに来たことがあるの。『貴方が嫌みたいだから護衛の配置替えをした方がいいんじゃないか』って。だからこう言ったのよ。『姉様は魅力的だから他の者だとうっかり手を出して完膚なきまでに叩きのめされそうだからです』と。そうしたら姉様、暫く唖然として目を丸くしてらしたわ。」

優秀とはいえ、そういう意味でのうっかりはあるもの。

部下が使い物にならなくなったら困るではないか。


「貴方、私のこと好きでしょう?

だから間違いを起こすようなことはないと思って貴方に護衛をお願いしたの。」

ちなみにこの言葉を聞いて姉様がそれはもう悪い顔をされていた事は女性同士の秘密だ。

「…私の気持ちを知っていたのですか?」

「バレてないと思っていた方が驚きね。」

緋葉は困ったときにだけ見せる、柔らかい笑みを浮かべる。

それは私が最も好きな表情。


「俺は貴女に群がる男達が羨ましかった。俺が望んでも手に入らないものを易々と手に入れる地位にある彼らを。貴女はそうやって遠くから眺めているだけの俺に機会を与えてくれた。…新しい名と共に。」

「それは黄蟻にお礼を言って?彼女が進んで与えてくれたものだから。」

ただ彼に言っていないことがある。

黄蟻は次期当主として策を求める私にそっと打ち明けた。体も頑強で武に秀でた一族に生まれ落ちたはずなのに、彼女の弟はとても体が弱かったという。だからあのまま国にいても恐らくはいつか病を得て、ただ朽ちていくだけであったろうと。そして『死んだ弟に生きた証を与えてやりたかった。むしろその為に利用したのは自分の方だ』とも。

だがそのお陰でこうして二人並ぶことが出来る。

黄蟻には彼女だけが持つ闇があるということ。

だけどそれは私だけが知っていればいい。

何も知らずに頷く彼へ、そっと手を伸ばす。


「貴方に会った時、何と言おうかずっと考えていたの。」

「何と言ってくださるのですか?」

「それがね、決められなかったの。いつもなら上手に言えるはずの言葉が出てこないなんて、なんだか不思議ね。」

「ああ、それならば。」

彼がそっと唇を寄せる。

甘い蜜に吸い寄せられるように唇を重ねる。

やがて空気を求め開かれた彼の口から言葉が零れ落ちた。


「ひとつずつ、教えて下さい。私には、貴女の言葉を聞く権利がある。」

「そう、まずひとつはね…。」

囁いた言葉が彼に捉えられ、ゆっくりと味わうように吸い込まれてゆく。

互いの重ねた唇が紡ぐ言葉は空白の時間を埋めるように二人の世界を鮮やかに染める。

刹那とも、永遠とも思える幸福な時間はあっという間に過ぎて。


…無情にも扉から訪いを告げる声した。


残念そうな表情で離れていく彼を見て思わず笑い声を上げる。

勇敢で、強かで…誰よりも可愛らしい人。

逆賊の証とされ忌み嫌われた猩々緋の瞳は、今では国の英雄の証となった。

互いに見つめ合い、微笑む。

…ああ、そうね。ひとつだけ確認しておかなくては。



「ねえ、教えて。

青い鳥は誰のもの、かしら?」





(fin.)






最後までお付きあい頂いてありがとうございました。

この作品で完結させることの難しさを学んだ気がします。

書き切れていない事はないか。伝えたいことをちゃんと書けたか。

試行錯誤ゆえに遅くなったことをお詫びいたします。暫くはサボっていた魔法手帖の更新を頑張る予定ですが、緋葉目線だけは書いておきたいので、それは後ほど番外として投稿予定です。

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