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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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19/26

青い鳥の焦燥

不快な表現を含みます。ご注意ください。


「沙羅様から預かって参りました。」


渡された手紙の内容にざっと目を通すと思わず口角が上がる。

さすが未来のお姉様、すでに私の願いはご存じだったようね。


「蒼月、席を外して頂戴。」

「かしこまりました。」

一礼して、扉から出ていく蒼月を確認してから視線を上げる。

茶褐色の髪と黒みがかった緋色の瞳がひたと自身を見つめていた。



「緋葉。」

「はい、姫様。」

彼だけが私の事をこう呼ぶ。

不快ではなかったが、姫と呼ばれる身分でもない。

不思議に思って聞いてみるも『そう呼びたいから』と言われて終わった。

他の者も戯れに呼ぶことはあるが、彼だけは何時いかなるときも私をこう呼んだ。

…昔から全く変わらないのね。

思わず笑ってしまった。


「…何か楽しいことでもありましたか?」

「ええ、少しね。昔を思い出してしまって。」

少し話をしましょうと自身の向かいに座るよう促す。

蒼月が程よい温度で入れておいた茶を緋葉の前に置いた茶器へと注ぐ。


立ち上る湯気と、芳しい茶の香り。


「休暇をいただいてありがとうございます。」

「お父様のお墓参りは無事に済ませられたの?」

「何故、それを。」

「鳥が教えてくれたわ。」

完全に嘘だが、それを説明する気ははいし、彼も望んではいないだろう。

暫し沈黙が落ちる。


「お父様の最後はやはりあの兄弟が?」

「やはりそうでした。元々不仲ではあったようですが、あの人が病を得、満足に動けなくなったところで手を下したようです。」

「お父様の腕は一流でしたものね。」

「でも死んでしまえば同じですから。」

強くとも弱くとも。

死んでしまえば無に還る。

かつて紅家の使用人であったものがいると耳にしたのは偶然だった。

父親の死に様はその者から聞いたのだろう。

元々紅家の代替わりは大抵血が流れると言われてはいる。血気が多い故に"紅"の姓を賜ったとも言われる程に代々血を流し続ける家にあれば、あの方も普通に亡くなられたとは思えなかったが。

闇夜に紛れ、幾度か姿を見せたあの方の存外に優しい声色を思い出す。

『いつか我を越すほどに強くなれ。さすればお前に殺されても本望。』


自身を捨て憎しみを覚えた相手が、唯一、肉親の情を教えてくれた相手でもあった。

それは愛に充たず憎しみにも至らない複雑な感情。

それを何と呼ぶのか華凉は知らない。


「珍しいですね。」

「何かしら?」

緋葉の言葉で我に返る。

僅かに首をかしげると彼の口元に笑みが浮かぶ。


「貴女が言葉を探しているなんて。」

「それも、そうね。」

私は巷で言われる程に完璧な人間ではない。例えば姉のように感情のおもむくままに語るなど難しすぎて言葉に詰まる。

どう切り出せばよいのか。


「話して下さい。命じてもらえれば姫様の願いは俺が叶えます。」

「その方が早そうね。」

心など、情などと考えるからややこしくなる。

本人が望むのなら命ずればよい。


「成安国へ行きなさい。」

「成安国へ何故?情報収集か、誰かの護衛ですか?」

「軍に籍を置いて実績を上げてくるのです。」

沙羅姫より頂いた紹介状を手渡す。


「貴方はその容姿のために人前へ姿を晒すことを禁じてきました。それ故に我が国では表だった実績が足りないのです。成安国は現状クーデターの後始末で軍部はどこも人員不足。隣国からの干渉はないだろうと予想していますが、それはあくまでも予想にすぎない。何が起こるかわからない以上、成安国では人材の確保が急がれています。そこで成安国の人事に関与できる方へ紹介状を書いていただきました。それを使い、さらに貴方の実力があれば確実に採用されるでしょう。」

「いつまで、ですか?」

「皆が納得するような実績を上げるまでよ。」

「だからいつまで?」

「二年。これが限界。」

「それまでに戻れなかったら?」

「…。」

「俺を手放すつもりですか?」

「…命じろと言ったのは貴方よ。それとも出来ないとでも言うつもり?」

「…いいえ、叶えてきます。それが貴女の願いであれば。」


暫し沈黙が支配する。

やがて視線を外し紹介状を握り締め、無言のまま静かに立ち上がる緋葉。

揺れる視界の端で彼の背中を見送る。


…そのまま前を向いて、振り向かないで。

絶対に振り向かないで。



私の願いもむなしく出ていく直前に振り向いた彼の目が驚いたように見開かれる。


「姫様、何故泣いている?」

「何故かしらね?私にもわからないわ。」

こちらに歩み寄ろうとする彼を視線で押し止める。

本当はわかってる。

彼が命じたことを達成するには想像を絶する困難が伴うということくらい、命じた私がよくわかっている。皆が納得するような実績を上げるためには、それこそ命をかけることになるかもしれない。


死にに行けと言うようなもの。


そんな傲慢な願いを押し付ける者が主なのだ。

愛想を尽かされ、他国へ渡ったまま戻らなかったら。

努力をしても二年で叶えられなかったら。

どちらにしても彼を失う。


『こんな手しか思い浮かばなかったの、ごめんなさい。』

その言葉の代わりに再び命じる。


「死ぬことは許しません。」

「はい、姫様。必ず生きて戻ります。」

私にだけ見せる柔らかい笑顔を残して彼は部屋を出ていった。



ーーーーー


華凉の部屋の外。

緋葉は扉の前で内部の様子を探る。

静まり返った部屋は物音ひとつしない。

「おめでとう、とでもいうべきかな?」

視線の先には壁に寄りかかって立つ蒼月の姿があった。


「お前にもわかっているんだろう?華凉様が何故に今お前を手放すのか。」

緋葉は蒼月の言葉に頷く。

陶家は将軍位を得、図らずも高位貴族の一員となった。

そして華凉はこの家の跡取りとなる身。

実務をとり仕切るのは彼女であっても、対外的に当主は男性が務めることになる。

…彼女の伴侶となる者が。


「華凉様は伴侶としてお前を選んだ。だが表立った実績のないお前をいきなり当主とすれば華凉様だけでなく、陶家の資質が疑われる。それにお前のその容姿。」

蒼月が緋葉の目を指差す。


「知る人からすれば紅家の血を引いていることなど一目瞭然。紅家の血筋はお前以外絶えたとしてもそれを知るのはごく一部の人間だけ。残念だが、国は紅家を悪者として晒しておきたいのだよ。国に刃向かう者の末路としてな。決して救われることもなければ、陶家のように汚名を返上させる機会も与えないだろう。」

敗れた理由の裏に陶家の裏切りがあったとしても、挙兵する事は紅家自ら決めたこと。

家がなくなろうとも、家に縛られる。

それはまるで消せない呪いのよう。

「陶家の評判は今や鰻登りだ。華凉様は幸運を運ぶ『青い鳥』として神の遣いとも崇められるほど。そしてそれを好ましくないと思う奴等はお前の存在をもってこう言うだろうな。」

紅家の血が流れる者を伴侶とするとは。

陶家に二心あり、と。


「だから華凉様はお前の存在をこの国から消そうと考えた。都合のいいことに顔を晒していないから一部の人間を除いてお前が元からこの国に居たこと自体知らない。だから華凉様は煌達様の伝を利用し沙羅様と交渉した。『海南地方から鼓泰地方へ到る海路の安全確保を保障する代わりに人材を受け入れて欲しい』と。今後も同様に人材を受け入れて貰う予定ではいるが、とりあえず、お前が第一号だ。」

蒼月が何種類かの書類を渡す。


おう 九垓くがい。偽名なのは解るが…姓が黄というのは?」

「…黄蟻の亡くなった弟の名だ。」

「!」

「勘違いするなよ?華凉様も私も別の名と籍を用意する予定だったんだ。だが黄蟻がな、『自分は弟が埋葬されているこの国を離れたくない。だけど弟の名だけは成安国に帰してあげたいから』と言ってな。身分証の類いも全て用意してくれた。これでお前は正々堂々と成安国に入国出来るわけだ。」

いつの間にか姿を見せた黄蟻が蒼月の隣に並ぶ。

話始めたのは緋葉が華凉と出会う前の話。

彼女が弟と共に国を出て、貧民街に暮らすこと一年余り。

病にかかった弟は呆気なくこの世を去った。


守りたいものを、守れなかった。

守るべき相手を失い、呆然としたまま無為に日々を過ごす黄蟻へ華凉が声を掛けたのはそんな時だった。


『貴女の命を借り受けたいのです。

貴女が再び守るべき相手を見つけるまで、どうか私と共に。』

差し出された手を取ったのは、もう自分の命などどうでもよかったから。

毎日は充実していても心のどこかに虚しさだけが積み重なっていく。

華凉に指示されるまま日々を生き、このまま朽ちていくのだとそう思っていた頃だった。


弟を失ってから一年後。

華凉が茶褐色の髪と見たことのない色の瞳を持つ少年を連れてきた。

生きていれば、弟と同じくらいの年頃の少年は虚ろな瞳に何も映していない。


『彼は先日肉親に捨てられたようです。血筋から恐らくは武の才があるかと思いますので、貴女に預けます。思うままに育ててください。』

少年は自身の未来が他者に決められていくのを微動だにせず受け止める。

…自分の命に興味がないと言わんばかりね。

少し前の自分を見ているようだった。


「残酷な事をすると正直思ったわ。弟に近い歳の貴方を再び守るよう命じるなんて。でも不思議よね、貴方のためにと尽くすことで徐々に私の傷も癒えていったの。貴方も私も華凉様に拾われ、別の生き方があることを示された。彼女は言っていたわ。『恩を着せようなんて思ってない。私が貴女を使うように、貴女も私を利用すればいい。それで互いが無事に一日を生き残れるならこれ以上の幸せなんてない』とね。」

曇りのない笑顔を浮かべた後、一転して部下に接する時のような厳しい表情を向ける。

その表情を懐かしいと緋葉は思った。

彼が単独行動を許されるまで、彼女はそんな表情でいつも彼を導いていた。

彼女がいたから、これ以上自身の呪いのような血を憎まずにいられる。


「私の弟の名を使う以上、無様な真似は許さないわ。必ず結果を出しなさい。」

「ありがとう…ございます。」

昔のように笑って。

ひとつ彼の頭を撫でると彼女は再び闇の奥へと姿を消した。


「もう、子供ではないと言うのに。」

渋い顔をする緋葉の肩を蒼月が軽く叩く。


「私にもあんな感じだ、今更だが諦めろ。…もう出立するのか?」

「ああ、一時でも時間が惜しい。」

蒼月から旅券と路銀を受けとる。

路銀の重量ある手応えに自身が姫と呼ぶ存在を思い出す。

心配性な方だ。必ず戻ってくると言うのに、戻って来られなかった時でも身が立つようにと多目に金銭を渡すなど甘やかしすぎじゃないか?

思わず笑みが溢れる。


「一応言っておくが、これだけ華凉様にお膳立てされて二年で戻ってこれなかったら、容赦なく私が"姫様"を貰うからな。」

蒼月の言葉に我へと返る。

彼と視線を合わせれば鋭い眼差しで自身を見つめていた。


「これでも系譜を辿れば貴族の血筋だ。

家柄の釣り合いでいけば問題ないんだよ、私は。」

「…それは姫様が決めることだ。」

「あの方を支えられるのは私だけ。

この場所を簡単に譲ってもらえるとでも思っているのか?」

「…蒼月。」

緋葉はまっすぐ彼を見つめ、礼の姿勢をとる。

相手を敬う仕草に願いを託すために。

蒼月はただ静かに彼の言葉の行方を見守っていた。


「俺が戻るまで、姫様をよろしく頼む。」

「…それだけか?」

「ああ、それだけで十分だ。」

「助けないぞ?」

「自分のことは自分で何とかするさ。」

やがてゆっくりと息を吐いて。

蒼月が微笑んだ。


「行ってこい。」

「ああ、行ってくる。」



ーーーーーー



それから一年半の月日が流れた。

その間、陶家は得た地位を生かし着々と基盤を固め、今では将軍位を持つ者として十分な発言力を有するようになった。また領地である鼓泰地方は海路の安全を確保、成安国との貿易を中心として経済は発展し領地は今まで以上に潤っている。

今ではもう次期当主である華凉のことを『お人形』と揶揄する声は一切なかった。

彼女の兄は無事に婚約から一年の時を経て成安国第二姫とめでたく成婚された。

半年をかけ準備されたという婚礼の儀は、盛大に執り行われ吟遊詩人に吟われるほど美しく雅やかであったという。その兄も現在は董家当主として紫家次期当主と共に帝の治世を影ながら支えている。


一連の吉事に、さすが陶家の青い鳥と、最近一層輝きを増した美貌と共にその評判は上がる一方であるにも関わらず、彼女は宴などの表立った場所に顔を見せることはなかった。

理由は『吉事が続いた我が身を戒めるため』。

つまり自主的な謹慎である。

その期間、二年。


吉事が続くと悪しきものが寄り付く。

苟絽鶲国に昔から伝わる言い伝え。吉事が続いた者は悪いものが寄り付かないように身を慎むとして宴席への出席や自身の将来に関わるような決め事を避ける、という習慣があった。

将来に関わるような決め事…例えば婚約のような決め事も当然含まれる。

もちろん、時代の流れによって廃たれつつある因習であったが、そこは青い鳥とも、神の遣いとも呼ばれる彼女が言うのだから、すんなりと人々に受け入れられた。

目下、人々の注目は彼女が誰と結ばれるかであるという。



一方、陶家の青い鳥はそれどころではなかった。

「連絡はとれたの?」

「申し訳ございません。前回を最後に未だとれておりません。」

「軍の進行速度は?」

「出立から三日程度で国境に達するとの報が。」

「まだ準備が整わない段階で情報を掴めたのは素晴らしいわね。それでも今から逆算して二週間あるかどうか。未だ海側に混乱はないけれど、危険と判断したら撤収してもよいと拠点の人員には伝えておいて。」

「承知しました。」


成安国に拠点を置いたのは何も交易の為だけではない。

そこを基点として情報収集を行うためであった。

そして昨日飛び込んできた第一報。


成安国への隣国の侵攻。

クーデターの一件で、隣国への警戒を続ける中で起きたことだけに成安国の対応は素早かった。ただ一方で祝事に沸く国内の状況に水を注され、重苦しい空気が漂っているという。


嫌な予感がする。


「緋葉からの連絡は?」

「彼ほどの実力があれば最前線でしょう。

恐らくは連絡をとる暇もないのではないかと。」

「それも、そうね。」

緋葉は一年余りで軍部で頭角を現し、今では少人数ながらも軍の指揮を任される迄に成長していた。士気を高めるためと、何度か行われた御前試合で毎回優勝しているという。


最も戦況の厳しくなる場所に、彼を送り込んだのは私。

本当にこれ以上の手を打てなかったのか、私は。

吉事が続く者には魔が忍び寄る。

音もなく、密やかに。

隣人が如き親しみを込め、何食わぬ顔で。


「…打つ手が無かったなど、言い訳にもならない。」

「華凉様…。」

「蒼月、少し外していて貰える?」

「私に何か出来ることは?」

「ありがとう、でも大丈夫よ。少し考えたいの、一人にして貰えるかしら?」

いつものように笑顔を向け、微笑む。

少し驚いた表情を見せたあと、蒼月が礼の姿勢をとり部屋を出ていく。


盤上の白い石を見つめる。

勢力図はこちらに傾いていた。

そのはずなのに。

「子供のように石ころを並べて、世界を掌握した気になって。

盤の通りに世界は自分の思い通りになるものとでも思っていたのかしら。


…本当に滑稽ね。

こんなもの何の役にも立たない!!」


手のひらが、盤上から白い石を叩き落とす。

白い石が床の上へと無惨に散らばった。

それは傾きつつある陽の照らされて鈍く白く光る。



まるで砕かれた骨の欠片のように。









終わりませんでした…というか、終わらせても良かったのですが長くなって読みにくいので分けました。度々予定変更してすみません…。

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