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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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18/26

青い鳥の布石

実は投稿するか迷った一話です。

恋愛要素まるでなし。色気皆無な策謀を巡らす話題が続きます。

苦手な方は読まずに飛ばして下さい。


「これで一つ。」

卓上に置かれた盤に石を置く。


「煌達様が成安国との繋がりを得られたことで海からの入国経路を把握できるようになりました。その件で問い合わせも来ておりますので海南地方に拠点を一つ設けます。」

「ええ、それでいいわ。責任者は、彼と…連絡員は彼ね。あと多少の荒事は想定されるでしょうから黄蟻おうぎに派遣できる人員を募るように伝えて頂戴。」

「かしこまりました。」

海図を畳み、部屋を出ていった蒼月あおつきが茶器を携え戻ってくる。

「黄蟻から三人までなら出せると。それから煌達様からの伝言を預かって参りました。」

「拠点の規模からすると充分だわ。黄蟻にその人数でよいと伝えて。

…ではお兄様の伝言を聞こうかしら。」


「沙羅姫が"護国の徴"を持つ方であるかもしれないとのことです。」

「…さすがお兄様。とんでもない大物を捕まえてこられたわね。」

成安国の王家にのみ伝わる"護国の徴"を持つ者。

情報収集の過程で拾った噂がこんなところで役に立つとは。


「どのような力を持っているのかについてはお兄様から連絡が来るでしょう。

できれば早く義理のお姉様となる方にお会いしたいわ。」

勘のいい兄の言うことだ。

恐らく彼女が護国の徴を持つ方に間違いはないだろう。

兄は良くも悪くも目立つ妹達に囲まれて自身の能力を過小評価する傾向にあるが、ある一面において非常に優秀なのだ。

確かに兄は容姿も能力も平凡と言われている。

だがそれは全ての結果(・・・・・)において平均的であることの凄さを皆が知らないからだろう。

兄は苦手とするものがない。

勉学でも武術でも技能でも、ある程度学べば出来てしまう。

姉や自分は兄が『努力しても出来ない』と言った姿を見たことがなかった。

ある意味、兄妹の中で一番非凡な人間は兄なのかもしれない。

人間離れした勘の良さ。

その勘の良さは内偵においては集団に違和感なく紛れ込むことが出来、また敵から逃げ身を隠すという場面でも十分に発揮されているようだ。


「他国の姫を選ばれると、この国の適齢期の女性達が悔しがりそうですね。」

「そうね。実は女性から人気が高かったのよね、お兄様ったら。」

知らぬは本人ばかり。

稀に参加する宴で妹達を庇う兄の姿は結構評判になっていたのだ。

優しく妹達の世話を焼く兄の姿は将来の旦那様として理想的らしい。


だがそれだけで兄を選んでは困る。

兄には陶家の血が流れているのだ。

はっきり言って華凉から見れば国内にいる年頃の女性達は皆、能力的に物足りなかった。もちろん恋愛結婚推奨の陶家だから、兄が自ら選んだ女性とのお付き合いを邪魔するつもりはは全くない。だが一方で、淑やかで美しいだけの女性では兄の伴侶は務まらない、とも思っていた。

兄の仕事は嘘や偽りと隣り合わせだ。

それこそ内偵のために妻以外の女性をエスコートすることだってあり得る。そんな姿を見て、一々泣きつかれたり、実家に帰られたりしては兄の仕事にも差し障りがある上に、華凉の情報源の一つが機能しない事になる。


それは困る。

非常に困るのだ。

だから兄が姉のお見合いを潰す姿を参考に、不合格と判じた女性とのお見合い話を根っこから彼女が潰してきた。

お見合いは家同士の繋がりを求め、そこから利益を得るためのもの。

家に利益を生まないお見合いなど双方にとって不幸なだけだ。


「沙羅姫は合格なのですか?」

優雅な手つきで茶器を扱う蒼月に向かって華凉は微笑む。


「言ったでしょう?お兄様が自ら選んだ方との恋路を邪魔する気はないと。それにね、あの方はたぶん私と同類よ。」

「同類ですか?噂では大人しく内向的な方だと伺っておりますが。」

「それだけでお兄様が好きになると思ったら大間違いよ。あの方が護国の徴を持つというのならきっとそれがお兄様の心に触れたのね。お兄様は、家より家族より、国に尽くす事を第一に考える人。だから国はお兄様と姫の婚約を了承した。そうでなければ二人の婚約は恐らく許されなかったでしょう。そうね、例えば国の暗部を知るお兄様が姫に唆されて国の秘密を握ったまま他国に寝返る、その結果を想像してご覧なさいな。」

「それは、確かに危険ですね。」

「兄はその心配がないと国によって判ぜられたということ。

陶家にとっても名誉なことね。」

「成安国はこの婚約をどうとらえているのでしょうか。」

「かの国には護国の徴を持つ人が女性であることを凶兆ととる向きもあるでしょうけど、国を護ることが出来るのは内側からだけではないわ。他国にいるからこそ自国を護るよう手を尽くせることもある。特にこれから文明が進んで技術が発達すると他国との関係もより密接に複雑になるから、今までの閉鎖的なやり方だけでは不十分でしょうね。」

「それでは沙羅姫の存在が成安国だけでなく我が国も護ると言うことですか?」

「それは成安国におけるお兄様の存在もそう。でもそうね…それだけでは、まだ不十分。」

ふむ、と僅かに口元を曲げて盤を眺める華凉。

繊細な装飾の施された盤にはこの国を中心として海と大陸が描かれている。

華凉が社交の場にデビューする祝いとしておねだりしたのがこの盤と、周辺国との境界線や地方都市まで詳細に記された地図。

衣装や装飾品を求めるものと思っていた両親は盛大に驚いた。


『一生使えるものが欲しいのです。』

この一件があって、華凉は跡継ぎとして内々に定められたという。家族曰く『どう考えても大人しく一家の夫人として裏で夫を支え家を守るなんて芸当は出来そうもないと思った』とのことだった。正直言って自分でも婚家の繁栄のためにと盛大に他国を巻き込んで暗躍する未来しか見えてこない。

折角国は束の間の平和を手に入れたのだ、余計な波風を立てることもないだろう。

でも自分のために当主の地位から弾かれた格好になった兄については正直申し訳ないと思っていた。

それがこんな風に決着するとは。

しかも未来の姉となる沙羅姫の配慮により華凉が余計な憶測を囁かれることなく、すんなりと跡継ぎへ収まることが出来たのは本気で有り難かった。

これについてはお礼を言わないと。

早々に兄へと沙羅姫と会いたい旨の手紙をしたため、人伝に渡してあるのだが未だに返事が来ない。

…完全に舞い上がってるわね。

好き過ぎて変な方向に突っ走らないといいけど。

意外と情熱的な兄の一面を知るだけに懸念は色々浮かぶ。

国の未来がかかってるのよ、しっかり捕まえておいてもらわなくては。


再び華凉は盤と地図を眺める。

苟絽鶲国は縦に長く伸びた領土のうち片側を海に面する。

もう片側に国が一つ、この国が最も領地の面する割合が多い。

そして僅かに接する小国が一つ。

さらに海を挟み向かい合う成安国。

現在この三国がこの国と何かしらの利害関係を持っている。

現状を確認するために盤へ置く小石を掴む。

白い小石の平らな面には品よく牡丹の花が彫られている。

姉は桂の文字を名に持つ故、桂の花を印として持ち物に入れていた。

そして牡丹は華凉の印。


「先ずはこの場所を起点にしましょう。」

鼓泰地方に石を一つ置く。

ここは全てが始まり、帰着する場所。

国の要でもあり、そして、兄と姉の故郷でもある。

大好きな彼らのためにも、この地は死守せねばならない。


「次に南陵。」

とん、とまた一つ石が置かれる。

南陵は最も領地の面する割合が多い国との境にある。

ここは姉と帝の弟君おとうとぎみである隆輝様が護る地。

姉は熱も下がり怪我もある程度治ったとのことで先日南陵へ向かい隆輝様と共に旅立った。その間、暇そうにしていた隆輝様をあれこれ理由をつけて扱き使ったが、決して姉が彼を『旦那様』と呼ぶようになったのが気に入らないということはない。…絶対にない。

そんな彼らも今は旅の途上、のんびりと蜜月を楽しんでいることだろう。

「南陵はかつて争いとなった地。両国にその記憶があるうちは、隆輝様が決してここから動かされる事はない。恐らく一生この地に縛られる。」

姉は大好きな彼のために鳥籠へ囚われることを選んだ。


「次に帝都。」

また一つ。

ここには兄と未来の義理の姉となるだろう沙羅姫が住まうことになる。

彼女は降嫁されるとはいえ元の身分は隣国の姫。

警備の手薄な地方へと移住させられるわけがない。

それに帝都は人の集まるところ。

兄の集めてくる情報は鼓泰地方から出られない彼女にとって貴重なもの。

そしてそれは国の上層部にとっても同じ。

「お兄様も一国の姫を娶るわけだから婚約者として人前に出ないわけにはいかないでしょう。当分は内偵に入るわけにはいかないでしょうから、お兄様に替わる人手が必要になるわね…。先程の拠点の立ち上げも含め、鄭舜様から応援要請の連絡が来るかもしれないってお父様にお伝えしておきましょう。さすがに私のところはこれ以上人員を割くわけにはいかないから…それとも、貴方が立候補してみる?蒼月。得意分野でしょう?」

最後の方は冗談めかして言ってみるも蒼月は普段見せない憮然とした表情で言った。


「私は貴女以外の主に仕えるつもりはありませんよ。」

「ふふ。意外と頑なね。」

「国は私に何もしてくれなかった。私のために手を尽くしてくれたのは貴女だけ。だから仕えるのは貴女だけと決めています。」

「私は貴方の能力を買ったのよ。裏を返せば、貧民街にいる貴方と同じ境遇の人間を何人も見捨てている。あの時貴方と一緒にいた仲間の中にはすでに亡くなっている者もいるのではなくて?私は全能ではないわ。国と関わりができれば苦境にある彼らをもっと多く救えるかもしれない。そんなこと聡い貴方ならわかっているでしょう?」

かつて蒼月は帝都の貧民街にいる子供達のリーダーだった。

貧民街に暮らす子供の数は実のところ多い。協力して生き抜くために大小様々な集団が出来てはいたが、従える子供の数が最も多かったのが彼。

だから彼を選んだのだ。

ただそれだけ。


だが蒼月は首を振る。

「そんな理由でも、今私はこうして生きている。貧民街で嫌と言うほど思い知らされましたから。一日を無事に生きることがどれだけ難しいことか。私は薄情と言われようとも生きていたいのです。だから私は命を救ってくれた貴女に忠誠を捧げる。何もしてくれなかった国だけでなく消えかけている他人の命など、正直どうでもよいのです。」

淡々とした表情で言い放つ蒼月に対して華凉は心の中でひっそりと笑う。

…利己主義ではあるけれど、それだけではないのよね。

彼は今でも貧民街にいる子供達の中からめぼしい者を自分の部下として教育したり、黄蟻に預けて鍛えさせたりと面倒を見ていた。もちろん自身が使える手駒を増やすためという目的があるのだろうが、それなら別に貧民街出身の子供でなくとも構わない。あえて貧民街に暮らす子供達を選ぶあたりが彼らしいと華凉は思っている。それに陶家にとっても優秀な人材が増えればそれだけ仕事がしやすくなるというもの。


「人材の面に不安はあるけれど劉尚様と鄭舜様がいらっしゃるから帝都は問題はないでしょう。そうなると…。」


自身の影響が及んでいない範囲を指差す。

「まず一ヶ所は成安国と隣国の国境沿いにあるこの一帯。」

「此度の成安国で軍部が起こしたクーデターの裏にはこの国の支援があったとも言われています。実際、騒動に乗じて成安国に攻め入ろうと国一丸となって軍備を増強していたそうですから、振り上げた拳の下ろし所がなくて国内に溜まる不満を解消するために小競り合い位は仕掛けてきそうだとの情報が入ってきております。」

「大丈夫よ。その対策として友好条約が結ばれ、お兄様と沙羅姫の婚約が成されたのだから。さすがに二か国を相手に戦う気概はあの国にはないでしょう。でもいくら付け入る隙があるとはいえ、国を出し抜いて私が手を打つわけにはいかないわね。鄭舜様とお兄様が策を巡らしているようだからここはお任せしましょう。」


そしてもう一ヶ所。

華凉の細く指先が地図の上を滑る。

苟絽鶲国と僅かに接する小国、ランダールと隣接する地域を指差す。

「珀と欧両家の治める地、渓和。ランダールは小国ながら経済と文化の発展を中心に周辺国へ影響を与えてき国。この国は三代前の帝が后となる姫を娶られたのを最後に我が国と関係を深めることを拒んできた。恐らく珀、欧と手を組んでよからぬ事を企んでいるからでしょうね。今回のお兄様と沙羅姫の婚約でこの国が成安国と関係が深まったことをランダールは面白く思っていないでしょうから、両家を隠れ蓑に何か仕掛けてくる可能性はあるわね。」

武力での侵攻はないだろう。

直近に成安国での一件があったばかりだ。

こちらが警戒する状況で同じ手を使うとは思えない。

そうすると一見平和的に見えて内部を撹乱する、若しくは自国の影響力を強くするための一手を打ってくるだろう。

経済、文化的な侵攻…貨幣価値の操作、若しくは最終手段であるランダール王族と縁のある貴族の令嬢を帝の后へと差し出すか。王族に連なるとはいえ、一貴族の妻となる沙羅姫よりも帝の后となった方が当然優遇される。流行や学問など文化的にも経済的にも后である方の意向が通りやすい。そうやって自身の影響力を強め、中心部から徐々に沙羅姫の影響力を排斥すれば苟絽鶲国内における成安国とランダールの影響力は逆転するかもしれない。そう断定するには情報が足りないが、それでも可能性の一つとしては考えておこう。


思考を巡らす華凉がふと視線を上げると苦笑いを浮かべる蒼月と目があった。

卓上にはいつの間にか新しい茶器が置かれ、芳しい茶の香りが辺りを漂う。


「華凉様、いつも以上に楽しそうですね。」

「ええ楽しいわ。」

口角を上げ、華凉は盤の上に並ぶ石を眺める。

緩やかに結われた髪が一房、盤の上にこぼれ落ちる。

それはまるで新たな道筋を一筋描くかように国同士を繋いで横たわる。


「盤の上から眺めるだけでもこんなに世界は広いのよ。限られた狭い世界だけで生きるのは勿体ないと思わない?皆がもたらす情報には私にとってご褒美なの。鼓泰地方を中心に世界を広げ、広がった先にある情報を拾い繋ぎ合わせる。繋ぎ合わせた情報の先にある新たな世界がまた新たな情報を与えそこから新たな価値が生まれる。

これほどに世界が広いのなら集まる情報は無限だわ。」


ああ、世界に羽ばたいて行けるのなら。

この命をかけても構わない。


「なんとも陶家らしい志向ですね。」

「きっと血に流れているのよ。」

かつて祖先が望むものを手に入れるため各国を巡ったという昔話を聞いた時、華凉は決めたのだ。私らしいやり方で望みを叶え世界を広げてみせると。


「さて、新たな布石を一つ打っておきましょうか。」

取り上げた一石は新たな波紋を広げる一手。


「蒼月。貴方の配下で情報収集に長けた者はいる?年齢は若くても構わないわ。」

「ではこの者で如何でしょう?」

蒼月によって一覧の中から示された人物の評価にざっと目を通す。


「ええ、いいわ。この者に準備をさせておいて。

お父様の裁可が下り次第、出発してもらいましょう。」

結果に熨斗をつけて劉尚様に差し出す日が楽しみだわ。

散々横槍を入れてきたのだ、覚悟の一つも出来ているのだろう。

以前宴の席で彼女の事を『お人形』と裏で揶揄していた両家の御当主の顔を思い出す。


「そう思っていただけるなんて…むしろ好都合だわ。」

誰もが見惚れてしまうほどに、艶やかな笑顔を浮かべる。

新たな力を手にいれた今、それを今使わずしていつ使うというのか。今までは両家に対し地位の差が災いして影で情報を集めることしか出来なかったけれど。

これからは表立って圧力をかけることが出来る。

他家に目を付けられているとわかっていて、どれだけ手を打てるのか。

目指す地は渓和、そしてその裏に繋がるランダール。



そしてさらにもう一手を。

これは自分のための布石。

「蒼月。緋葉を呼んできて頂戴。」







華凉、書いていて一番気楽なキャラでした。

上手くいけば次話で完結予定です。


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