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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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極楽鳥の求愛


暫し沈黙が落ちる。


「残念だけど、私は知っていてよ?」

「…はい?」

「ある程度目的を持って近づいてきていることは初めから(・・・・)気付いていたわ。」

彼女はとんとんと軽く目元を指で叩く。

成安国、王家に伝わる護国の徴"玻璃の器"。

仰々しい名に隠された真実は"偽りを見抜く眼"。

偽りの内容はわからなくとも、相手が嘘をついている事がわかってしまう。

その精度は『全て白日の元に晒される』と言い伝えられるほどだという。


「そういうもの、なのですね。」

「さすがの貴方達もここまでは知らなかったようね。」

一気に力の抜けた煌達の耳に彼女の面白そうに笑う声が響く。


「私が嘘をついていることがわかっていて商談を望んだのですか?」

「難点は相手の顔をちゃんと見ないと見極められないところなのよ。貴方は私を襲った護衛と同じくらい、上手に偽りを隠していたから見極めるまでに時間がかかってしまったわ。」

「それなら何故貴女は…私を選んだのですか?」

彼女が面会の場で更紗を上げさせた理由はわかった。

そして彼女は白々しく偽りを述べる煌達の姿を見ているはず。


「多少素性に疑問があっても、本物を正当なルートで正当な対価で販売するなら問題ないわ。清廉潔白であることを誇る商人だって、多少強引な手を使ってでも利益を上げなくてはならないような場合もあるでしょうし。そんなところまで疑ってかかってはそもそも商売が成り立たないのではなくて?それに嘘をついている事がわかるということは、逆に嘘をついていない事もわかるのよ。だから相手が何に対して嘘をつくのか、何については正しく話すのかがわかればその人となりが分析できる。貴方は自身の名前や身分、出身地など自身の来歴に関わる部分は偽りしかなかったけれど、自身の行動については一切の嘘や偽りもなかった。逆に驚いたわ。普通は少しでも自分のことをよく見せようと話を大袈裟に盛ったりするのにそれもないなんて。

商売人として身を偽るならそっちの方こそどうかと思うわよ?」

「私が、嘘をついていないこと?」

そんなことがあっただろうか。


「貴方、話せないことは話せないって言うし、答えられないことは答えられないって言うでしょ。それを嘘をついているとは言わないわ。

その話せない中には私が知らない方が良いことも含まれているでしょうし。私は相手に話さないことで相手を守るという術があることを知っているもの。」

水路を滑るように進む船の上。

薄闇の中、淡々と話す彼女の表情は見えない。

だが嘘や偽りの存在を肯定する彼女の言葉に違和感を覚えた。


「それでも、嘘をつかれるのは辛いはずだ。」

信頼する人物が自身に偽りを告げる顔を何度も見てきただろう。

にこやかな笑顔の裏にある悪意に傷付かなかった訳はない。

悪意はなくとも呼吸するように偽りを述べる者だっている。

…例えば、自分のように。


「そうね。でもあらゆる感情を一回りしたら、そんなものと思えたわ。人は嘘をつき、偽りで飾りたてる生き物なの。嘘をつかない、偽らないという人は本当に稀ね。でもその人を私が信頼するかは別の問題。私は嘘をついている事がわかるの。だから私が人品を判断するのはその先ね。」



何のために嘘をつくのか。



「貴方は国に尽くすために嘘をつき、身を偽る。

一方で自身の行いについては正直な人。だから信用したのよ。」

その言葉は揺るぎなく。

真っ直ぐに煌達の心に届いた。


「あら、少し水の流れが早くなったみたい。

それに壁に岩が…これは天然のものね。」

「でしたら間もなく見えてくると思いますよ。」



全ての水の流れが集まるところに、それはあった。



「ここは…。」


彼女の姿が青い光に照らされて染まっていく。

水路の天井にある隙間から僅かに見える外界の景色。

木々の間を抜ける木漏れ日が射し込み水面を青く輝かせる。

そして水の色は青く澄んで、水路の底にある岩の塊は、まるで氷を並べたかのよう。



水面に日の光が弾けた。

弾けた光は襞を作りただの岩をも輝かせる。



"紫紺の回廊"。

王家が隠し守り続けた聖域。

都の地下に張り巡らされた水路の先にこのような場所があることを知っているのは王族と、管理を任された紫家の当主、そして煌達のように偶然辿り着けた者のみ。長い年月をかけ自然が作り上げた造形美はかつて見たときと変わることなく美しかった。

二人、無言のままに景色を眺める。



「なんてきれいなの…。

どこまで見ても青しかなくて…青い光に包まれているみたい。」

「偶然見つけたんですよ。」

「もしかして逃げている途中に?」

「まあ、そんなようなものです。

本当は海を見せたかったのですが、ここから海までは距離がありすぎる。」

「海を…もしかして。」



『もっと近くで、海しか見えないような場所に行ってみたいの。

貴方、いい場所知らない?』



「海しか見えない場所は無理でしたが

…青色だけしか見えない場所もいいかなと思いまして。」

「素敵ね…本当に素敵な場所。…ありがとう。」

「喜んでいただけたようで、良かったです。」

姫の様子に安堵する。

一方で姫は思案するように目線を下げ、言葉を紡ぐ。


「あの時も、助けてくれたのにお礼に一つも言えなくて。その事をとても後悔したの。それに今日だって…婚約のことも、貴方を振り回してばかりなのに王家の事情やその他の事情も飲み込んで、嫌な顔一つせずに笑って受け止めてくれる。

玻璃の器は…嘘や偽りを見抜く眼は成安国の王族にとって、とても役に立つものなの。代々王家にとってはこれを持つものが現れるということは吉兆とされてきたわ。その一方で、かつて彼らがこの眼の事を伴侶にさえ秘していたという記録が残っているの。何故だと思う?」

一瞬光に照らされて彼女の表情が伺えた。

どこかにある答えを探すように視線は遥か彼方を眺めている。



「何故ですか?」

貴重な存在故に身の安全を守るため秘したのか?

煌達の予想を越えて、姫が口にした答えは意外なものであった。


「『嘘が見抜かれるなんて、気持ちが悪い。』

…かつて婚約者にそう言われた者がいたそうよ。」


嘘をつかれるよりも、辛いものかもしれない。

彼女の表情が読めないだけに心が痛む。


泣いてはいない。

けれど、声だけが震えている。

相手を永遠に失うかも知れない恐怖。

彼女がどれだけの覚悟を持って話そうと決めたのかは想像するしかないけれど。


櫂を操る手を休め、空いている方の手を彼女の頬に伸ばす。

僅かな抵抗の後、手は彼女の頬を捉えた。

瞳を真っ直ぐに見つめる。

「ならば確認すればいい。君には解るはずだ、この言葉が嘘かどうか。」



『私は貴女を愛している。』



数多の嘘をついてきた自分だからわかる。

心だけは偽れない。

この感情が間違うことなく届けばいいとそう願った。

願いを込めて彼女を見つめ返す。


短い時間ではあったが、沈黙がその場を支配する。


やがて思いは届いたようで、彼女の口元が緩む。

「本当のことを言っているわね。

良かった、こうしてちゃんと伝えられて。

何も伝えられないままに貴方を騙し続ける方がよほど辛いもの。」

「嘘をつかれるよりも?」

「ええ、そうよ。」

迷いのない言葉に思わず苦笑いが浮かぶ。


「…やはり、貴女は変わった人ですね。」

「でも愛しているんでしょう?」

「はい、心から。貴女を手に入れたいとどれだけ願ったことか。」

嬉しそうに問うてくる彼女。

彼女が煌達に求めた景色は海しか見えない場所。

でも本当に心から望んだのは、全てを知ってもなお求めてくれる相手がいる、そんな景色なのかもしれない。




やがて二人の乗る船は回廊を抜け再び薄暗い水路を進んでいく。


「ねえ、あの回廊の景色がもう一度見たいわ。引き返すことは出来て?」

「それが回廊へと至る水路は全て一方通行なんです。水の流れのせいなのか、一度抜けたら引き返すことは出来ないのですよ。あの場所をもう一度見たかったら、水路を抜けて再び別の入り口からあの場所を目指さなくてはならないのです。ここに至るまで随分と時間が掛かってしまったから今日は別の水路を抜ける時間はないですね。」

「まあ、そう。残念だわ…ちなみにこの水路の出口はどの辺りなの?」

「入り口のあった場所から城を挟んでちょうど反対側に出ます。小さな森があって湖畔に出るような造りになっているので色々と都合がいいのですよ。」

「…やっぱり逃げる時に使ってたのね。」

「そんなことありません。」

「もう、嘘ばっかり。」

彼女が柔らかく笑う。

その声があまりにも幸せそうで…そっと彼女の頬に手を伸ばした。

嘘ですら、彼女は愛し受け止めてくれる。

玻璃の如く脆く儚いように見せ掛けて、清濁合わせ飲む覚悟を持った人。

そのまま引き寄せて唇を捉えようとしたところで彼女が面白そうに囁いた。


「そうそう。お父様から伝言よ。『婚姻の儀を執り行うまで娘に手を出すな、若造。』ですって。確かに伝えたわよ。」

「…この瞬間に、敢えてそれを伝える必要ありました?」

「お父様ってば、玻璃の器を持っているわけでもないのに娘に対する所業にだけ何故か鋭いのよね。たぶんバレてるわよ、色々と。覚悟なさい?」

あの方、外見はおっとりしていそうだったが内面は狸だったか。

見事に騙されていた自身の未熟さに、がっくりと項垂れた煌達の姿が面白かったのか再び笑い声が弾ける。


「ああ、終点が見えてきましたね。」

水路の壁は荒く削られた岩から鬱蒼と繁った木々による天然の壁へと姿を変えていた。船着き場へ船を留めると彼女の手を引いて船から陸地へと降ろす。


「またあの場所に連れて行ってくれる?」

「ええ。お約束します。」

「嘘偽りなく?」

「はい、楽園の神に誓って。」

極楽鳥は異国で"楽園の鳥"と呼ばれ艶やかな羽を纏い人々を惑わす。

でもその艷やかな羽が嘘や偽りではなく愛のためであったのだとしたら。



極楽鳥は愛するもののために嘘を纏う。

憧れ、恋い焦がれた相手へと愛を乞うために。




後半部分です。

玻璃の器のイメージは以前読んだ本に出てきた表情で思考を読む人の事を参考にしました。魔法や超能力でなく、特出した能力位で想像してください。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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