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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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極楽鳥の憧憬


憧れだった。


澄んだ瞳の奥に空の果てを映す人。

鳥籠のような隔絶された世界にありながら、嘘の奥にある真実をも見極める。


憧れて、焦がれて。

それ故に諦め遠ざけようとした。

いつかこの闇が光輝く彼女の器を粉々に砕いてしまう、そんな気がして。


体内を黒々と渦巻く自身の欲求が純粋な好意とは思えなかった。

そして嘘しかつけない自分には彼女の隣に並ぶ資格はないと。


"楽園の鳥"。

そう呼ばれる極楽鳥の鮮やかな羽は偽りの色。

その羽の艶やかさで雌を惑わせ人々を魅了する。

ではその偽りは誰がために?


この嘘は誰がため、なのだろうか。




ーーーーー



闇の中。

沙羅姫が無事に父王の馬車へ乗せられたのを確認してから煌達は身分を示す装飾品を外す。衣を変え、普段の装いに戻ったところで脱力し一つ溜め息をついた。


「煌達様。」

「確保した二人はどうした?」

「いつも通り、別々の部屋に隔離しました。」

「互いに相手が喋ったと思わせるように誘導して、持っている情報を引き出せ。多少手荒な手を使っても構わない。」

「…珍しいですね。」

「何?」

いつもであれば指示を受けるだけの黄蟻の口から溢れた言葉。

問い返せばすでに布を外し顔を晒した彼女が僅かに笑みを浮かべる。

彼女の黒い髪がさらりと揺れる。


「いつもは余程の相手でないと『手荒な真似は控えるように』と申し付けておられましたのに。それほどあの姫君が気に入られましたか?」

「その情報は尋問に必要かな?」

「失礼をいたしました。」

ほんのりと口元を緩ませた彼女から視線を逸らす。


『相手が複数であれば手足となるものが必要でしょう。』

黄蟻は今回の一件で華凉から借り受けた者。

彼女は以前この成安国で暮らしていた。地方の武に長けた一族に生まれたが、実家が紛争に巻き込まれ、弟と共に海を越え鼓泰地方へと逃げ込んできたという。話によると追っ手から身を隠すため貧民街に身を寄せているところを華凉に誘われ彼女の部下となったらしい。そんな彼女は従者や護衛として単独で行動する蒼月や緋葉とは異なり、遊撃部隊の長として部下を纏め華凉の指示する任務を受け負っていた。


彼女の事を華凉は『生まれながらにして将としての才を持つ』と評価している。

華凉が陶家の次代の頭脳であるなら、彼女は肉体である武を司る事になるだろう、とも。

そして陶家の血となるのは、情報。


情報は時に戦況を左右する。

それならば彼女にも教えておかねばなるまい。

「情報を集めたら今回の任務は終わる。国に戻ったら鄭舜様へ今回の件の顛末を報告しなければならないから暫く陶家へは戻れない。だから君から陶家に伝えて。

たぶん彼女が…沙羅姫が護国の徴を持つ人だと。」

「あの方が…承知しました。この件は華凉様にお伝えします。

それで、どうなさるおつもりですか?」


彼女の問いには、煌達の普段見せない感情の揺れについても含まれているだろう。

煌達は自嘲気味に口を開く。


「さて、どうしようか。」

…策を求められるなら最善を導き出せるだろうに。

自身のこととなると、これ程情けなく愚かになるとは思いもしなかった。

多分ずっと厄介事から逃げ続けてきたせいかもしれない。

『こうして欲しい』と言われることはあっても、

『どうしたいか』など家族以外から聞かれることはなかった。


煌達は個性的な色彩を持つ妹達とは異なり、ごくごく平均的な人間だ。

髪の色はありふれた色合いで顔立ちも普通。

才能だって取りたてて抜きん出たものもなく平均的。

異端とされる家に生まれた凡人、それが自分だった。

幼い頃はそのことを別に何とも思わなかったのだが。

一旦、外の世界に出ると様子が違った。


『妹君はお元気かしら?』

『今日は君の妹は来ないの?』

誰も彼もが"妹達の兄"としてしか煌達を見ていなかった。

良くも悪くも個性的で優秀でもある妹達に比べ、容姿も才能も平凡な彼は、社交の場で貶められることはなくとも話題にされることもなかった。

気が付けば友人と呼べる者もなく社交の場では表面上の付き合いのみ。


…私は居ても居なくても同じ存在なのだな。


ならば面倒事に巻き込まれない方がいい。

空気のように場へ紛れる術を覚えたのはこの時。

ついでに上手く場を切り上げて逃げ出す算段をつける方法についても、この時期の試行錯誤の結果が活かされている。それが後に鄭舜様の目に留まり、内偵に駆り出されるようになるとは思いもしなかったけれど。

人の裏を探る内偵という仕事は、思いの外、しょうにあった。

内偵のためにと極力表おもてに出る事は控え、世間の裏へ裏へと深く潜り込んでいく。気が付けば表の顔である"陶煌達"について、陶家の長男であること以外の情報を知る者は殆どいなくなっていた。

いるのかいないのか分からない、陶家の長男。

ただ自分としては、それについて不満を感じることはなかった。

陶家に関わる最低限の義理を果たし、宴席で桂花や華凉が身の程知らずな野郎共に絡まれた時に助けられる立場でさえあれば良い。

表の顔に求める役割など、その程度でよかった。

そうやって本当の自分の存在を消すかのように、偽りの鎧で身を固めていた頃。

彼女と出会った。



今でも覚えている。

何度か城に足を運び商売をする傍ら、

侍女達から噂話と城内の情報を得ているときだった。

侍女長が自ら彼の元へとやって来て言った。

『姫が貴方の評判を聞きつけ、直接書籍の購入を依頼したいと申されている』と。


案内されたのは商談のために通される部屋の一つ。

商人として、この部屋に通される事は誉れとされる。

やがて天井から垂れ下がる優美な成安更紗せいあんさらさの向こう側から聞こえる衣擦れの音。成安更紗はこの国の織物で特産品でもある。一級品とされるそれはこちらからは相手の様子が全く見えないものの、相手からはこちらの様子が鮮明に伺える独特の織りをしていた。



「鮮やかな緋色ね。」

…恐らく、頭に巻き付けた布の色のことだろう。

立場上、自身で答えられない代わりに侍女を通じて答える。

彼はこの国から遥か遠方にある国の商人を騙っていた。その国では緋色は商人階級の色とされる。そして他に階級を表す色としては貴族は藍、庶民は緑、そして王族は黄色を身に付けていた。藍と、緑の階級色の小物も持ってはいたが、この国ではこの色が一番使い勝手が良いため緋色の布を身に付けていたのだが。

色の説明を聞いて更紗の奥から囁くような声が聞こえる。


「彼には、青か…もっと濃い藍色の方が似合いそうだわ。」


どきりとした。

一気に心拍数が上がる。

自身のどこかに貴族であるかのような振る舞いがあったか。

直答できる立場でない事をこのときほど感謝した時はなかった。

ただ無言のまま平伏する。


相手も特に答えを求めていたわけではないようでそのまま商談へと入った。

所望された書籍は二冊。

両方とも専門書で希少なもののようだった。

調べてみなければ入手できるかどうかも回答出来ない、そう侍女越しに伝える。

早くこの場を切り抜けたいと願う彼の耳に僅かな笑いを含んだ声が聞こえる。


「そう。期待しているわ。」

返ってきた声は思いの外優しかった。


この方は誰だろう。

こういう場合相手を詮索することは禁じられているが、巷で聡明と噂される第一姫が求められる書籍は全て御用商人を通じて購入されていると聞いている。

それであれば彼女は大人しく内向的であるとされる第二姫の方か。


決して噂通りのかたではないな。

その印象は二度目、商品を持参した際に裏付けられた。



「よく入手できたわね。」

更紗越しに零れた言葉と頁をめくる音から喜ぶ顔が想像できる。

…良かった、無事に納品出来て。

思わず口元が緩んだ。

すると更紗の後ろで何やら相談事を始める気配がした。

侍女の「ですが…」や「それは…」といった困惑した声が聞こえる。

やがて侍女は致し方ないという表情で煌達の方を向き言った。


「姫様が更紗越しでなく話したいと所望されている。

くれぐれも失礼のないように。」

呆然とする煌達をよそに、手際よく更紗が纏められる。

更紗なしに対面するということは相手を信用するという証。


会って二度目の相手をもう信じるに足ると判断したのか。


愚かなのか。

それとも、信用を試す別の何かが?

混乱する彼の前に声の主が姿を現した。

身分が上の相手に目を合わせるは無礼というもの。

やや伏し目がちのまま相手を観察する。

視線の先に地味な色合いながら品よく合わせた衣の裾が映る。


「これで話しやすくなったわね。」

頭上から嬉しそうな声が聞こえた。

それを受けて再び侍女が問うてくる。


「姫はその書籍をどのように入手されたかお知りになりたいそうです。」

意外な問いに思わず彼女へ視線を向ける。



瞬間に。

時間が、止まった。



底知れぬ光を宿した瞳が彼を捉える。



美しいと思った。

瞳だけでなく柔らかく頬にかかる髪も、緩く握り込まれ僅かにのぞく指先も。

全体の色合いこそ平凡なものの絵姿で見る第一王女の美しさとは別種の美。

稀有な内面の輝きが肉体を突き破り滲み出るような、そんな美しさ。



「どうされました?」

「…いえ、失礼いたしました。」

訝しげな表情で問いかける侍女の声で我に返る。

順序立て、書籍の入手経路を説明する傍ら、姫の様子を観察した。

小さく頷きつつ情報を整理するような仕草。

その瞳は彼を通り越して彼の奥底、偽りの種類まで見定めようとするかのようで、緊張のために心拍数が上がる。


話し終わった彼を見つめると何かを一言呟く。

侍女が姫に近づくと再び更紗が下げられた。

これが面会の終了を告げる合図だという。


姫が退出された後、侍女から代金を受け取る。

これまでの内偵でおおよその動きは掴めた。

…城を後にしたら、もう二度と彼女には会えないだろう。


そう思っていたのに。




ーーーーー


姫を連れて執務室から逃げ出した後。

城下の一画にある古びた邸宅へと誘う。


「ここには何があるの?」

好奇心に瞳を輝かせ問うてくる彼女に一つ溜め息をつく。


「沙羅様。警戒心が無さすぎですよ。

このまま邸宅に連れ込まれて襲われる、とか考えないのですか?」

「襲うつもりなの?」

「いや、ものの喩えですけど。」

「貴方こそ、警戒心が無さすぎですわよ。」

「…例えば?」

「貴方はこの国の暗部を知り尽くしている。

貴方を攫って情報を引き出すつもりならこの場所なんて最適ね。」

「…よく調べておいでですね。」

「せっかく宿題を頂いたんですもの。

定石通りの解ならつまらないでしょう?」

「では、私からも種明かしを。」

姫の手を引き、地下へと降りていく。

やがて見えてくるのは。


「洞窟?」

「地下に張り巡らされた水路の入り口です。

暗いところや、狭いところは平気ですか?」

この水路は城とも繋がっている。

いざというとき臣下が帝を連れ城から逃げる事が出来るよう頑丈に出来ていた。

そのためか大人二人が通るには狭く、内部も薄暗い。

それなのに姫は臆することなく微笑む。


「ふふ。かくれんぼは得意よ。教えてくれた先生が良かったの。」

「それなら大丈夫でしょう。」

成安国で半日、追っ手から逃げ回った時間を思い出す。

今思えば姫と呼ばれる存在には体力的にもきつかっただろうに。

この方は決して弱音を吐かなかった。

強さと柔軟さを併せ持つ…大切な、人。


やがて天井の高い場所へ出ると水路の一角にある船へ彼女を導く。

船に乗ったことを確認してからゆっくりと水路へと漕ぎ出す。


「少し潮の香りがするわね。」

「出口の一つが海に繋がっているからでしょう。」

「…ねえ、聞いてもいいかしら?」

「はい。お答えできることでしたらなんなりと。」

「私のこと、どう思っているの?」

船の揺れなのか。

それとも緊張のためなのか。

僅かに彼女の声が震えている。

煌達は思わず伸ばしかけた手を強く握り込む。

一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「初めてのお会いしたとき、美しいと思いました。」

「それは何が?容姿が?髪が?それとも衣装や装飾品含めて?」

「貴女の存在、そのものが。」

これ程美しいものが世の中にあったのかと。

肉体という器の奥に玻璃の煌めきを持つ人。

彼女の目が見開かれる。


「貴女の全てを手に入れたいと願うほどに。

そして全てを失ってもいいと思えるほどに…美しい方だと思いました。」



憧れ、恋い焦がれた相手は、異国の姫。

物語のような結末を望めるわけもなく、憧れは憧れのままに終わると思っていた。

だから身を偽ったままでも構わないと。



「私が護国の徴、"玻璃の器"を持つと知って近付いたの?」

「いいえ、知りませんでした。ただ王家には稀に護国の徴を持つ者が生まれることがある、その事は知っていました。そして、その事を含め今回の軍部の暴走に国が関与しているか調べるために貴女の住まう城へ潜り込み情報を集めていたのです。」

偽りを述べるはずの口が真実だけを紡ぐ。

この場で全てを明かしたのは彼女へ捧げる贖罪。


彼女を失うかも知れない。

それでも言葉が止めどなく溢れる。

それは全てを失ってもいいと思えるほどに。




貴女を愛しているから。








長くなったので途中で切りました。

憧憬、というよりは思慕や恋慕に近い内容ですが、どうしてもサブタイトルにこの二字を使いたくてこうなりました。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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