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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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極楽鳥と玻璃の器(後編)

物語の進行上、戦闘シーンがあり流血表現があります。苦手な方は読み飛ばしてください。


叫ぶでもなく、声を張り上げたわけでもない。

それでも凛と空気を震わし発せられた声は確かに届いたようだ。



どこからともなく湧き出した者…恐らく両手にも満たない人数であろう。顔を隠し目立たぬ暗色の服を身に付けた彼等は、自分達の人数を上回る兵士達の抵抗をものともせず、象すらも倒すと言われる狂暴で貪欲な小さき蟻が獲物に群がるような風情で次々に兵士を屠っていく。


暴力的なまでに圧倒的な力の差。

瞬く間に場はこちらに有利な状況で制圧されていく。


だが最後の足掻きだろうか。

囲まれつつあった兵士の一人が隙をついて囲いを破りターイルと自分の方へと走り寄る。

その勢いのまま振りかざした剣がターイルへと振り下ろされた。


その時。


彼が懐に隠していた剣を振り抜いた。

天に向かい高々と跳ね上がった剣を唖然と見上げる兵士の首を返す刀で容赦なく切り裂く。赤い血飛沫が先程まで自分達の立っていた辺りを無慈悲に汚していくのを、最小限の身の動きで避けた彼に抱えられながら見守る。


「申し訳ございません。姫にお見せするものではございませんが、緊急事態のため、ご容赦願います。」

「…貴方、腕はからきしって言ってたじゃないの。」

「そうですね、正直荒事は苦手です。守るべき主にも勝てた事がありませんから。」


からりと笑い飛ばすターイルを睨み付ける。

もう絶対に誤魔化されないんだから!!

そうして全てが終わってみれば、兵士は二名の生存者を残して生きているものは誰もいなかった。瞬く間に遺体は片付き、場は清められ、戦いのあった痕跡といえば縛り上げられた二名の生存者のみ。そしてターイルに呼ばれた者達のうち、一際小柄な人物が彼の前に膝を着く。


「ご指示を。」

「予定通りに。」

「承知しました。」

ターイルの指示に応じた声が若い女性のものであることに驚く。

彼女は残りの者に生存者を担がせると、するりと闇の中に消えていく。


「ああ、今度こそ本当のお迎えのようですね。」

ターイルの声に耳をすますと確かに随分と遠くから馬車の走る音が近づいてくる気配がした。やがて笑顔を張り付けたターイルが優雅に礼の姿勢をとる。


「では姫様、私はこれで失礼いたします。…どうかお元気で。」

「…いわよ。」

「は?」

「絶対に逃がさないからね!!」

はしたないと思いつつ、胸ぐらを掴む。消えた彼らと同じく闇に身を翻そうとした彼はバランスを崩して尻餅をつく。

そのまま痛みにうめく彼を押し倒した。

体裁?構うもんですか!!


「貴方は誰?!正直に名を言いなさい!!でないと…。」

「でないと?」

「貴方を探せないでしょう!!」



今更貴方を失うなんて。

そんなこと、出来るわけがない。




「…荒事に巻き込まれると、人は精神的に不安定になる。誰かにすがり、守ってもらいたいと思うその感情を思慕と勘違いする。今の貴女のように。ですが直に忘れるでしょう。だから大丈夫ですよ。」

あやすように、彼が優しく頭を撫でる手を振り払う。

「冗談じゃないわ。そんな曖昧な感情とこの感覚を一緒にしないで!!

私は選ぶことができる(・・・・・・・)のよ。」

私に婚約者がいない理由。

それは生まれたときに下った神託にあった。


『この者のつがいが国を護る。選択には何人なんびとたりとも干渉してはならない。』

王家にのみ現れるという護国のしるし、"玻璃はりうつわ"を持って生まれた私は、自分で結婚相手を選ぶことができる。これは王族の中でも限られたものしか知らない古くから伝わる因習だ。王国の歴史上、男性にのみ現れたこの徴が私に現れたことで上層部は騒然となった。『護国の守りが現れたことはめでたいこと、だが女性に現れるとは滅びの予兆ではないか』と。だから私はこの国を滅ぼすかもしれない危険な人物として死ぬまで監視され続けるだろう。

今までは正直に言うと面倒だと思っていた。

私が国の貴族の誰それと仲良くなったと言っては喜び、他国の友人と仲がよいと聞けば憂う家族の姿をずっと見てきたから。

だから家族が望むなら政略結婚でも良いと思っていた。

相手を私が『選んだ』と言えば良いだけのことだと。


でもそれは彼に会うまでの話。


「貴方でなくては駄目だわ…だから。」

「…貴女は大事なことを忘れている。」

「え?」

「それとも煽っているの?

わざと忘れている?私が男である、ということを。」

彼の一段低くなった声に心拍数が上がる。

煽っている?

押し倒したはずなのに、一転、押し倒された格好になった私の鼻先で彼が囁く。


「そんな目で、そんな表情で。

切なく語られたら男は皆本気にしてしまう。

この場で、全て奪ってしまいたいと思うほど。」

彼の指先が首元に掛かる。


「手には入らぬなら、全て壊してしまいたいと願うほど。」

熱を持つ手が首筋を這う。


ぞくりとした。

その言葉の裏にある、抗えぬほどに濃厚な欲情の気配に。

嬉しいと思う心の裏側で、唇は思いと裏腹な言葉を紡ぐ。


「脅しても無駄よ。貴方に私は殺せないわ。」

「何故です?私の圧倒的な力の下で、貴女はこんなにも無力だ。」

首に掛かる指が滑り、そのまま顎の先を捉えた。

指の先が品定めするように唇をなぞる。

「貴方は自身が守ると決めた相手には、決して牙を剥かない人よ。だからあれだけの力量を持ちながら主には決して敵わない。大切な人を傷つけたくないばかりに、本気で戦うことが出来ないのよ。何の係わりも持たない相手にはあれほど非情になれるのにね。」

すでに手遅れ。

貴方は私を守るべき者と定めた。

不器用にも思えるほどの忠義を貫く貴方なら。



私を愛してくれるはず。




万感の思いを込めて、ただ真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返す。

私の願いに揺れる瞳に気付いたのだろうか。

彼の指先が動きを止める。

一拍おいて、彼の視線が逸らされた。

熱を全て吐き出すように、彼は一つ大きな溜め息をつくと私の体を優しく抱き起こす。それから大切なものを扱うように私の服についた砂を払ってくれた。


気が付けば馬車の車輪の音は直ぐそこまで近づいてきている。

「さすが聡明で誇り高い王家の血脈を持たれる方。私が主と定めた相手には勝てない理由まで見透かされてしまうとは。謁見の場で王が『貴女が男であったなら』と残念がっておられたのがよくわかりましたよ。」

「王位など欲しくない。欲しいのは、貴方よ。」

「光栄です、姫様。ですが約定なのです。私の名は決して明かさぬと。」

心残りはない、と。

そう言い切った彼の表情から伺えるのは言葉と裏腹な私に対する未練。


その表情が見られたことに安堵する。

「貴方がそのつもりであるのなら構わないわ。とことん調べあげるまでよ。」

「望むところです。ご存じの通り、逃げるのは得意なんですよ。」

「卑怯じゃない、戦う前に逃げようとするなんて。」

「無理と思うなら諦めてください。鳥は用が済めば飛び立つものですから。」



闇に溶け込もうとする彼へ、すれ違いざまに言葉を叩きつける。

まれと言われる極楽鳥でも絶対に見つけてあげるわ。覚悟なさい。」

「まあ、そうですね。見つかってしまったその時は。」



…その時は、貴女に見せたいものがあるんです。

耳元でゆっくりと紡がれる言葉に思わず口元が緩んだ。


「ええ、待っていて。」

挑むような笑みを浮かべ、彼が闇に姿を消した後。

漸く迎えの馬車が目の前に姿を現した。



ーーーーー




馬車から転がるように飛び出してきたのは父。

そのまま肩を抱くようにして客車の中へと導かれる。

程なくして馬車はゆっくりと走り出した。


「大丈夫だったかい、沙羅?」

「ええ、大丈夫ですわ。父様こそ、ご無事で何よりです。」

「聞いたのかい?」

「はい。全てではありませんが。それで問題は片付きましたの?」

「友好条約も滞りなく結ばれ、反乱も各所で適切に鎮圧されたようだ。城の方もそれ以外は特に問題は発生していない。」

家族一丸となって暴徒から国を守りきったようね。

安堵した表情が見えたからだろうか。

父は申し訳なさそうな表情で言った。


「散々お前の力を借りたのに、最後に囮とするような真似をしてすまなかった。」

「構いませんわ。ある程度は想定の範囲内ですもの。」

軍部の誤算は思っていたよりも反乱に呼応した人間が少なかったということ。あんな思想に偏りのあるわんこ系騎士が動員されるくらいだ。反発したり、ついていけずに脱落した兵士もそれなりの数がいただろう。

そして。


「兵力を分散して各個撃破。兵法の基本ではないですか。」

「相手もそう思うだろう、と言っていたよ。だからこちらは気付いていないふりをして少数で向かってくる彼らを、全力で叩き潰すべきだともね。同僚であれば実力の程もわかっているし仲間に剣を向けるのはどれ程覚悟があっても難しい。その覚悟を支えるものは何か。それはどちらに正義があるか、だと。」


兵力が分散すればするほど分母となる兵士の数が多い方が有利になる。

父がこの地へと視察に向かうことで、相手の兵力はすでに城と王の視察先とに分けられている。

そこからさらに兵力を削るには、私を狙いやすい魅力的な囮に仕立てなければならない。

それもあって私の護衛の数を絞ったのね。


ここまで誰が、という主語の無いままに会話が進む。

それは恐らく二人の脳裏に浮かんでいるのが同じ人物だからだろう。

茶色の髪に、茶の瞳。

穏和な表情の裏に、人知れぬ激情を宿す人。


「それで父様。早急に根回しが必要な案件があるのですが。」

「決めたのかい?」

「はい、彼ですわ。私、彼を選びます。」

「有能かも知れないが…嫁ぐには身分が低いぞ。」

「大丈夫ですわ、その程度のことなら。どうにでも出来ますし、どうにでもなります。」

父からそれ以上の反論がなかったことに安心して思わず笑顔が溢れる。でもね父様、あの若造が…とかっていう声が口から漏れてることに気づいています?


「申し訳ございません。

国のためを思うのなら国内の貴族の子息を選ぶべきなのでしょうけれど。」

「構わぬ。神託が下った時点で関係者一同散々話し合い決めたことだからな。」

とにかく前例がないのだ。

何が正解かもわからない。

だから幼い頃に婚約者を定めてしまおうとしたこともあった。政略結婚は王族の常、彼女がそういうものと思い、結婚できる歳になったら、相手としてその者を選べば良いと。だが過去の記録を読み返せば『意志を持たぬ器は割れる』との記述がありこの案は破棄された。

そうやって色々と話し合った結果、取る手段がない事に気がつき王族としての教育を施す以外は好きにさせる事になった。ただし自由過ぎるほどに、のびのびと育ってしまったのは関係者にとって想定外であったようだが。


「過度の期待をせぬと言いながら、常にお前が誰を選ぶのか結局は気になっていたのも確か。こっそり機会を設けてもなかなか良いと報告せぬから、てっきり結婚をしないという道を選ぶつもりかと思っていたぞ。」

「…それはご心配をお掛けいたしました。」

今更言えないわ。

家族の一喜一憂が鬱陶しくて面倒事を先送りしていましたとは。


「だがもう良いのだな?」

「はい。準備を進めさせていただきます。」

「ならあの者の事を調べさせ…。」

そこまで言った父の口を手で遮る。


「失礼をいたしました。ですがあの者と約束したのです。

私が必ず見つけると。ですから情報は不要ですわ。」

「なかなか大変だと思うぞ?」

また厄介なことになった。

そう言って頭を抱える父に向かい満面の笑みを浮かべる。



これは彼からの試し。

選ぶ側を選択した私の器量を測るためのもの。

ならば全力で挑まなくては。そうでなければ護国の徴、玻璃の器を持つなど恥ずかしくて言えない。これから巻き起こる面倒事の気配に頭を悩ませる父には申し訳ないけれど。

大丈夫、ちゃんと彼は手懸かりを残していった。

"極楽鳥"の二つ名と、飛び立つ鳥の比喩。



そして鳥は海を越えてきたのだろう。

ターイル(彼の名)は異国の言葉で"鳥"と訳される。

そして周辺国で名に"鳥"の意味を持つのは、あの国だけだから。











こちらを先に更新しました。

思ったよりも長くなってしまったのでぶったぎった後半部です。

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