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赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


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12/26

花の行方と夢の浮き橋

蓮の花が開き

幾つもの実を成すように

嫁ぎ行く我が子よ

その道に幸多からんことを



陶家自慢の庭を照らす松明の明かり。

婚姻の宴を彩るは花嫁を思わせる白きかつらの花。

静謐な空間を震わすように朗々と婚礼の歌が響く。

歌うは陶家とゆかりが深いとされる御仁。

花婿が花嫁を見初め、通い詰めた宴の席で名を借りたという。


宴の席は青家へ嫁ぐ花嫁を一目でも見ようと詰めかけた招待客で溢れかえる。




一方、宴席の裏では。




「桂花がいない?」

「申し訳ございません。部屋にいるとばかり思っていたのですが。」

花婿の仕度部屋に慌てた様子で飛び込んできた煌達の困惑した声。

隆輝は眉根を寄せる。

「何者かが侵入した形跡は?」

「今のところ、ございません。流石に本日は護衛のものを付けるわけにもいかず、侍女を配置するのみに留めておいたのですが…それが裏目に出ました。」

護衛のものとは、緋葉のことだろう。

婚礼の夜、影ながらとはいえ花嫁の周りに男の姿があっては桂花の名誉に関わる。


「…彼女の部屋を見てもいいか?」

「無論です。」

本来花嫁とは宴席で顔を合わせる仕来たりとなっているが、そんなことを言っている場合ではない。


宴席の客に気づかれぬよう余裕を見せつつ応対し、ゆっくりと部屋へと向かう。

桂花の部屋の前まで来ると若干顔色の悪い陶家夫人と華凉が待っていた。


「こんな良き日に、ご心配をお掛けし誠に申し訳ございません。」

低頭する二人に構わず扉を開ける。

桂花の部屋は綺麗に片付けられていた。

花嫁衣装はすでに身に付けていたようで、空の衣装掛けと本来準備を終えた花嫁が座っているはずの空の椅子。


空虚な空間に桂の花の甘い香りだけが僅かに漂っている。

桂花は宴の後、そのまま隆輝と共に南陵の地へと旅立つ予定であったから、この部屋が綺麗に片付いていることは問題ない。だが、本人がこの場にいないとなれば話は変わってくる。



「桂花に変わった様子は?」

「邸宅からは出ておりません。これは間違いございませんわ。

それから内部で不審な動きをするもの、外部からの侵入者もすでにおりません。」

華凉が矢継ぎ早に返答する。

大好きな姉の名誉がかかっているのだ、即刻否定したいところだろう。

いつになく必死な様子を見せる華凉の頭をポンポンと軽く叩く。

「大丈夫、そんなことは欠片も考えていない。」




花嫁が結婚を嫌がり、自分以外の男と駆け落ちする。

巷では醜聞として面白おかしく噂されるネタの一つ。

だが、桂花に関しては間違いなくあり得ない。



「桂花は嫌なら嫌と言える性格だろう。ついでに優秀な兄妹がついてるんだ。本気で嫌なら本人が言わなくともこの話はなかったことになってただろうな。」

そうだろう?ニヤリと笑って二人を見れば兄妹揃って微妙に視線を逸らしている。


既に何か(悪巧み)してたしな。

兄上に釘を刺してもらっておいてよかった、隆輝は心底思った。

後日、兄である帝に聞いたところによると隆輝の知らないところで嬉々として画策していた二人に「なんか色々準備してくれてるみたいだけど、今度私の可愛い弟がご当主に挨拶へ伺うから、わかってると思うけど宜しくね?(意訳)」という手紙を届けさせたとか。『あれで暫くは大人しくしていると思うよ?』と、それはいい笑顔で言っていたのだから、きっと二人の画策は結構いい線まで進んでいたに違いない。



「華凉様、そろそろ宴席を引き延ばすのも限度かと。」

蒼月が彼女の側で申し訳なさそうに告げる。

この男は誰に対しても常に柔らかい口調や態度をとるのだが、こんな風に表情を変えるのは華凉の前でだけ。

緋葉とは違う意味で分かりやすい。


「俺が宴の出席者に説明する。流石に花嫁が不在とは言えないから、体調を崩したことにしておこう。その間引続き桂花の所在を捜索してほしい。」

「誠にもって申し訳ございません。当主に代わって謝罪を申し上げます。」

隆輝の言葉に、代表して低頭する陶家夫人とそれに続いて兄妹二人も頭を下げる。



「宴席に戻る前にもう一度確認していいか?」

「はい、構いません。」

引き寄せられるように誰もいない部屋を突っ切り窓際まで歩いていく。

窓を開ければ遠くから賑やかな音楽が聞こえてくる。

人のざわめき、微かな花の香り。



花の香り?



「桂花?」

耳をすませば上方から僅かに息遣いが聞こえる。

…そこにいたのか。


隆輝は一呼吸おくと窓枠を力一杯叩く。

「桂花!いい加減起きろ!!」

「はいい!!」




ガッターン…!!

屋根から盛大な音をたてて白い塊が庭に落ちてきた。




桂花だ。





「桂花。もう貴女って人は!!」

「桂花、寛容な兄様も心配通り越して怒りが湧いてきたよ。」

「姉様!!…婚礼の日に屋根でうたた寝などさすがですわ!」

若干一名感想の方向がずれている気がするが、花嫁が捕獲…見付かれば問題ない。

窓から軽やかに庭へ降りると隆輝は桂花へと手を伸ばす。


「立てるか?」

あれだけ盛大な音をたてて落ちたのだ。

怪我がないといいが。

桂花は決まり悪そうに隆輝の手を取る。



「その…すみません。今の衝撃で足を痛めたようで…。」

うまく立てません、そう言った瞬間に皆が一斉に溜め息をついた。


「足以外に問題は?」

「ございませんわ。強いて言うなら…。」

「なんだ?」

「衣装がきつくてあまり食べられませんでしたので…お腹が空きました。」

きゅるりと可愛らしい腹の虫がなく。

瞬間、桂花の後ろで般若のような形相を見せる当主夫人。

それを見なかったことにして、隆輝は屈み込み桂花の怪我の具合を見る。


「落ちたときに軽く捻ったようだな。冷やしておけば問題ないだろうが…宴席に長いこと座らせるのは難しいな。第一、歩けないだろう。」

ふむ、と思案する隆輝。

次の瞬間に桂花の顔を見てニヤリと笑う。


「華凉、手当てをしたあと宴の席に桂花を連れていく。差配を任されている蒼月…と言ったか、…こう取り計らうよう指示を出してくれ。」

「あれですわね。かしこまりました。」

笑顔を取り戻し首肯する華凉と、その主の意向を受け無言で低頭すると差配するために宴席へ戻る蒼月。


「大丈夫なのですか、隆輝様?」

「お前に無理をさせて申し訳ないが…陶家や現政権を面白くないと思っている家の者も招待されている。初っぱなから隙を作るのも面倒だ。この程度の遅れは宴席の余興と思わせればよい。煌達、招待客に紛れ込ませて医者の手配を。そう待たせることなく戻ってくる予定だから。」

しおらしく項垂れる様子の桂花。

珍しい彼女の様子に思わず笑みがこぼれた。

しっかりとしているようで、どこか抜けている彼女には白が良く映える。

いとおしそうに花嫁衣装を纏う桂花を眺める隆輝に今度は煌達が尋ねる。


「そんなに早く退出して大丈夫なのですか?」

「花嫁の退出程度のことなどすぐに吹き飛ぶ演目があるからな。」

そんな余興準備してたかと不思議そうに首をかしげる煌達を横目に、隆輝は桂花を部屋へと連れ戻し、簡単に怪我の手当てをする。

「手慣れておりますのね。」

「まあ、砦では怪我や事故など日常茶飯事だったからな。…直ぐにお前も慣れるさ。」

「ふふ。私も小さな怪我は慣れっこですもの。

それにしても…隆輝様は手慣れるほど怪我をされ、砦で苦労を重ねてらしたのに。」




私のこと(赤い鳥)を覚えていてくださって、ありがとうございます。

固かった桂花の表情が幸せそうな笑みを浮かべる。




「…ですが屋根から落ちた事は忘れていただいて構いませんのよ?」

「それは絶対に忘れられないな。」

互いの顔を近付けて小さく笑い合う。

吐息が混じり合う距離にあっても、その僅かな隙間すらもどかしい。

もっと近くに。

あなたの全てを。

吸い寄せられるように手を伸ばす隆輝を咎めるものはもういないはず…であったが。



「隆輝様。準備が整いました。」

絶妙なタイミングで華凉の厳かな声が響く。

わざと…とは思いたくはないが、大好きな姉が男にかっさらわれていくのだ。

それも今までのように話すことすら簡単に叶わない遠い場所へ。

嫁ぎ先が領内ならともかく、南陵の地はそれほどに遠い。



妹なりに色々と思うところはあるだろうな。



少し残念そうな表情を見せる桂花をゆっくりと抱え上げ、彼女の部屋を出ていこうとしたその時に、隆輝は華凉へ言わねばならぬことを失念していたことに気付く。存外自分も宴の雰囲気に舞い上がっているようだ。


「華凉。」

「はい。」

「いろいろと手間をかけさせたようだな。青家当主として感謝する。」

「もったいない御言葉ですわ。…こちらこそ姉をよろしくお願いいたします。」

正しく伝わったようで良かった。

隆輝は思い出す。

彼女は桂花の行方を探しているとき、こう言った。



『内部で不審な動きをするもの、外部からの侵入者もすでに(・・・)おりません』と。



どの程度が排除されたかは想像するしかないが、今こうして桂花と二人のんびり構えていられるのは彼女の陰ながらの働きのおかげでもある。


「さすが次期陶家当主だな。これからも夫婦共々よろしく頼む。」

「ふふ。任されましたわ。さあ随分と皆様お待ちです。

姉様の美しさを、本質を、知ろうとしなかった愚者共に見せびらかしてくださいませ!」

若干物騒な言葉も混じったがそこははなむけととっておこう。

蒼月を先達に宴席へと繋がる道を進んでいく。




白い桂の花の花弁を敷き詰めた芳しい香りの道。

浮橋のように白く浮かび上がり宴席まで続いている。

いつの間にこんな道を拵えたのかしら?

桂花はゆらゆらと夢見心地で運ばれていく。



ちょっと待て!



「りゅ、隆輝様!!まさか、この格好のまま宴席に乗り込むとは申しませんわよね?」

巷でいうところのお姫様抱っこというやつだ。

桂花はここに来て先程隆輝が自分をみてニヤリと笑う理由がわかった。

くそう、謀ったわね!



「ん?何か不都合はあるか?」

「ありますでしょう!そんな前例のない…。」

「いいじゃないか。今でも充分俺達は変わり者扱いなんだぞ。

身分度外視で俺がお前を選んだことも、お前が身分を偽る俺を信じて待っていたことも。

この際一つくらい増えたって大した話題にもなるまい。それよりも。」

「…なんですの?」

「見せびらかしてやろうと思ってな。美しいお前のことを。」

「なっ!」

「次期陶家当主の許可はもらってきたぞ。」


得意気な表情に桂花は何も言えなくなる。

大人しく運ばれていく桂花の肌に徐々に朱が差していくのを見て隆輝は首筋に唇を寄せる。


桂の花にも負けない花の香り。

体温が上がるに従い強く香ることを本人はたぶん知らないだろう。

そしてこれを知るのは自分のみ。

軽く首筋に触れ跡を残せば益々香りが強く放たれる。



「どうなさいましたの?」

桂花が首を傾ければ品よく結われた髪から一筋、赤をまとった髪がふわりと零れ落ちる。


「ああ、お前は屋根の上で、どんな夢を見ていたのか、と思ってな。」

他愛のない話題に振り替えるも、彼女はいつにも増して幸せそうな顔を見せる。

「それはもう、幸せな夢でしたの。目覚めてしまったのが勿体ないくらいに。

見たこともないのに南陵の地とわかる場所で、そこには隆輝様がいて、そして…。」

隆輝の耳元で桂花が呟く。

初めての子はたぶん男の子ですわ、そう言った彼女の表情が一際輝く。

「そのままの表情でいればいい。」

「隆輝様?」

「今日の主役は華凉(青い鳥)じゃない。

俺がこの手に抱くことを夢見たのは、お前だけだ。桂花。」

だから自信を持て。

隆輝の青みがかった灰色の瞳が熱を帯びる。

桂花の瞳からは一粒ほろりと涙がこぼれた。



やがて少し距離をあけ先導していた蒼月が立ち止まる。



「隆輝様、桂花様。こちらからお入りくださいませ。右手すぐに席をご用意いたしております。」

先祖が命を懸けたと言われる豪華な庭の一画。

そこはどの角度から見ても最も美しい眺めとされる場所。

桂の花を配し苔むした自然の台座が宴の主役の席となった。

咲く花と花嫁の美しさ褒め称える歌が捧げられ、宴席に待ちに待った花嫁が姿を現す。

興奮醒めやらぬ招待客に披露された花嫁の輝くばかりの美しさは詩人によってこう歌われたという。



美しき花は数あれど

赤き(・・・)桂の花に並ぶものなし




この陶家で行われた婚姻の宴を境として、若い娘を持つ貴族の間では豪奢な邸宅を使うより素朴な屋外での披露の演出が流行るようになったという。



そして、この宴の席で招待客に披露されたもう一つの演目は。

先ず現当主より陶家の次女たる華凉が家督を継ぎ次期当主となることが発表され、続いて来賓として招待された紫家次期当主である紫鄭舜より、宴の席を借り帝の勅が発せられる。


『粉骨砕身、国に尽くしてきた陶家の功を讃え”西方将軍”の位を与える。また陶家子息煌達にはとうの姓を与え、隣国からの申し入れにより、つつがなく第二姫との婚約が成ったことをここに申し伝える。』


一瞬の沈黙の後、場はかつてないほどに騒然となった。

この演目のおかげで、咎められることもなくさっさと退出した青家夫婦はこの日の出来事を語るとき、必ずこう締めくくったという。





『まるで夢のようだった』と。







多少甘い展開になったでしょうか?

どこまでいちゃついていいのか、加減が難しいです。

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