表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い鳥は誰のもの  作者: ゆうひかんな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/26

宴の前夜の舞台裏


「姉様の婚姻を祝して、盛大な祭りを開こうと思いますの!」

華凉は可愛らしく微笑むと、顔の前で手をぽんと合わせる。




「「「は?」」」

「あら、素敵じゃない!そうしたら露店の募集もかけましょうね。たくさん出店すれば領地の皆も楽しめるわ。」

「はい!お母様がそうおっしゃると思ったので、すでに募集をかけさせております。」

「まあ、さすが華凉はしっかりしてるわね。」

ふふ、と笑いながら楽しそうに会話をする母娘。


初めて見たな。

何度も宴に参加していた隆輝だったが陶家当主夫人と挨拶を交わすのは今回が初めてだった。夫人は話し方が柔らかいせいか雰囲気が可愛らしく、おっとりとした性格と言われている。

…だがそれだけで気性の荒い者が多い鼓泰地方を統治する陶家の夫人が務まる訳もなく、人たらしとも呼ばれる程の対人スキルで、自領だけでなく他領の高貴な方々からのお誘いが次から次に舞い込むという。

面倒な頼み事や根回しという戦場で最も力を発揮する重宝な人である。


今日は珍しく時間が空いたので陶家の居間で寛ぐ一家の元に隆輝が顔を出すと桂花を除いた全員が揃っていた。

ちなみに桂花はお世話になった方からお茶に呼ばれたために不在だという。

出直そうとする隆輝を当主夫人がお茶でもと引き留め、一杯だけと座ったところで突然華凉から計画を切り出された。



…まさか全部がこのことを話すための計画のうち、とは言わないよな。

そういえば、あの二人の動きがおかしかったような。

部下二人の不審な動きに心当たりがあった隆輝が現実逃避している間にも話はどんどん進んでいく。

豪華な打ち上げ花火もあげるつもりなのか。

非常に楽しそうだ。

楽しそうなのだが。


「なんかこう、厄介事の予感しかしないのは何故だろうな。」

「物事の綺麗な面だけ話すと大抵こんな感じになりますよ。」

「…いつもこんな感じか?」

「八割方こんな感じです。」

悟りましたと爽やかな笑顔で言う煌達に、盛り上がる母娘を見ながらデレッと顔を緩ませる陶家当主。



なるほど、陶家ではこうして物事が決まっていくのか。

軽く咳払いをする隆輝に気付いて、我に返るご当主。



「…華凉、驚かないから話してみなさい。」

厳つい顔に真面目な表情を浮かべて言う。

隆輝を門の前で迎えたときとは別人のようだ。

そこいらの悪党が見たら思わずひれ伏してしまうだろう、迫力と威厳が微塵もない。



…ちなみにご当主、そこは怒らないからと言うべきでは?

心の声をぐっ飲み込んだ隆輝をちらりと見て華凉は小さく笑うと表情を改める。



「それでは種明かしを。皆様にお手伝い頂きたいこともございますので。」

「今回はどの相手だ?」

右手で茶器を傾け、明日の天気を聞くような軽い調子で煌達が話しかける。

このような会話が日常茶飯事だというのも恐ろしい気がするが。

きゃっきゃと楽しそうに会話の輪へと加わる桂花が想像できるのが辛いところだ。



「お兄様達が待ちに待った大物ですわ。」

「…かかったのか。」

「はい、盛大に。妙に知恵が回っておかしいと思っていたら、どうやら紫の縁者に伝があったようで。今回姉様のご活躍で隠れ蓑が完全に剥がれましたの。」

さすが姉様ですわ!そう言って華凉は普段姉が座る席を、うっとりとした表情で見つめる。



幸せそうだな。

よし、しばらく放っておこう。

そう思った隆輝が煌達の方を向くと珍しく難しい顔をしていた。


「懸念でもあるのか?」

はく家が裏で糸を引いている、と聞いていたのであっけなく調べがついたことに驚きまして。」

うーんと言いながら眉間にシワを寄せる煌達。


「ああ、それは見限られたからですわ。大した働きも出来ないくせに、珀のお嬢様に手を出したとか出されたとか。とにかく醜聞になりそうなので揉み消すのに必死なのですよ。」

良い大人が思慮の浅いことですね、そう言って僅かに首を傾げ微笑む華凉の仕草に。

思わず口角が上がる。



「隆輝様。如何されましたの?」

華凉が怪訝そうな表情を向けてくる。



「ああ、いや。さすが姉妹だと思ってな。そういう仕草なんか桂花そっくりだ。」

照れ隠しに笑えばじっとりとした目線があちらこちらから突き刺さる。



「隆輝様、家族の前でのろけようなんていい度胸ですね。」

「…何なら今からでも邪魔して差し上げますけれど?」

「華凉、やるならバレないようにな。」

「あらあら、ふふふ。しょうがない人達ね。」

というか家族一同桂花好きすぎじゃないか?

最後の当主夫人の台詞なんか、止めたようで全然止めてないよな?





「まあいいだろう。それでは計画の詳細について報告を。」

陶家当主の言葉に家族はピタリと会話を止める。

当主が計画を認めたということはそれが一族の総意となる。

他家では当主が方針を決めるにあたり、会議が開かれ重鎮が喧々囂々意見を戦わせた後にやっと当主が答えを出すというのに、祖先の起こした一件で分家に見限られた陶家の打ち合わせは非常に簡潔だ。 意思決定の早さと機動力、柔軟性に優れる。

少人数で機能する組織の形を見せられ内心唸る隆輝の視界に煌達の面白そうな表情が映る。



なるほど、ありがたいことだ。

今日隆輝がここへ呼ばれた理由、それは新たに当主となるものへの餞別はなむけ



"青"は新しく興したばかりの家だ。

当然分家があるわけでもなく規模の大きい他家とは部下の数も領地の広さも異なるため、家内の采配を参考にするといっても限度があるだろう。

その点状況の近い陶家なら得るものがある、そう思ってくれたのかもしれない。

本来ならば見せずともよい舞台裏。

桂花に尋ねればもちろん答えてくれるだろうが、実際にその場を体験するとしないでは理解の度合いが全然違う。



この優しさが青に囚われながらも桂花をあれほど明るく真っ直ぐに育てたのだな。




「…感謝する。」

「感謝されるのはまだ早いですわよ。姉様のためにキリキリと働いてくださいませ!」

ふふん、とちいさく鼻をならし淑女らしからぬ仕草を見せる華凉。こういうところは年相応に幼く見えるから不思議だ。威嚇していた小動物がなついてきたようで嬉しくもあるが、男性陣からすると面白くないらしい。


「…華凉にまで手を出したら承知しませんよ?」

「なんだと?!表に出ろ!若造!」

笑顔でぶったぎる煌達に、怒れるご当主まで参戦した。

なんかこう、ここまで突き抜けると色々面倒だな。


「ほらほら、貴方達が聞かないから華凉が話を進められないでしょう?」

やんわり夫人に嗜められ大人しくなるご当主と煌達の姿に未来の自分の姿が重なる。

…それは気付かなかったことにしよう。



「それでは配置と役割分担の確認を。…蒼月あおつき。」

先日桂花が拐かされた際、華凉に紹介された男が姿を現すと卓上に領内の地図を広げる。

気が付けば、いつの間にか茶器類は片付けられていた。



「今回の首謀者は紅家の残党です。知恵をつけたのは先日捕らえられた紫家の者、物的金銭的な援助ははくおうといったところでしょうか。珀については証拠も揃えてありますが、欧についてはめぼしい物証はなくその可能性があるといった程度です。力及ばず申し訳ございません。」

言い終えて低頭する蒼月に、華凉は頷く。

それから卓を挟み当主である父に向かう。


「限られた時間の中ですから御容赦くださいませ。その代わり残党が使用している根城については調べがついておりますのでご報告を。場所はここと、ここと、そしてここです。」

細く美しい指が地図の上を滑る。

「なるほど、中心部から然程遠くなく、見知らぬ人物が出入りしても怪しまれない場所。貴族街に商館、それから貧民街か。」

隆輝の見解に当主夫人が補足する。

「確かにうまく散らしましたわね。商館に配置された人数がもっとも多く三十から四十、貧民街の拠点には十名程度。彼らは逃走経路を確保する役かと推察できますわ。友人(・・・)からもそのように報告が上がってきております。」

思わず凝視してしまった隆輝を咎めることもなく、にっこり微笑んだ当主夫人の後を再び華凉が引き受ける。


「そして目当ての紅家の"希望の星"とやらですが、恐らくは最も設備の良い貴族街の拠点に潜むと思われます。ならず者を雇い入れており、人員はその数三十。当日はもう少し増えるやも知れませんわね。思われる、という報告になってしまうのは彼らが気分で拠点の場所を変えるからですわ。貧民街の拠点は除外するとして商館を含む二ヶ所の拠点にいる可能性が高い。ですから突入する際には腕の確かなものが必要です。」

おもむろに華凉が隆輝を見つめ優雅に腰を折る。


「どちらかの拠点へ青家ご当主(・・・・・・)にお出まし願いたいと存じます。」

「…その家名が出ると言うことは、立場込みで参加しろということでいいんだな?」

華凉が頷く。


「あくまでも保険です。珀の方は横槍をかわす算段がついたのですが、欧の方は家格も人員の規模もあちらが上。当家を邪魔に思っている以上、何らかの横槍を入れてくる可能性がございます。」

「防波堤となれ、ということか。」

「陶家の家訓は使えるものは何でも使え、ですの。」

ちらりと煌達を見れば華凉と視線を合わせニコニコしている。

笑ってごまかそうとする辺り、お前か元凶は。

隆輝は一つため息をついて華凉に問う。

「希望の星とやらが現れる可能性は貴族の館の方が高いんだな?

…じゃあそちらに俺が行こう。」

「では、商館の方は陶家当主が、貧民街は私が指揮を採ります。」

「そんなところだろうな。」

陶家当主の応諾によって舞台は整えられた。

細かな手筈については各々整えるとして、後は日取りと突入の合図。



ここで華凉の表情が一気に変わる。

それはもう壮絶で艶やかな…一言で言うなら悪い顔、である。

「愚か者達は青家ご当主と姉様の婚姻の宴当日を狙って事を仕掛けるつもりですの。ですからその前日…中心となる人物がそれぞれの拠点に集まる瞬間を狙って一気に叩きましょう。ご安心ください、愚か者達は全て宴席の金品を狙う盗賊として処理される予定・・ですわ。合図は陶家自慢の大花火。一発だけ赤い色の大玉が上がります。撤収についても同様。こちらは当主の判断で打ち上げますから見逃されませんように。」

「ちなみに前日のタイミングで他家の横槍は入らないのか?」

とても楽しそうに話す華凉に念のためと思い聞いておく。


「珀の方は証拠集めの過程で面白いものを見つけましたの。宴の前週に帝の元へお届けするように手配いたしましたわ。その対応に忙殺されてこちらまで手が回らぬでしょう。」

その瞬間、隆輝と煌達はぎょっとした表情で華凉を見つめる。


「…兄上のところに、何を?」

「ふふ、横領の証拠ですわ。」

ドヤ顔で胸を張る華凉。

誉めてほしいという雰囲気が醸し出されているが、当人(煌達)はそれどころではない。


「…えっとね、華凉。兄様は聞いてないよ?そういう案件て言うのはね、内偵がね必要なんだよ。でね、帝に話すとすぐさま案件が鄭舜様の管理下に置かれて、鄭舜様の下で内偵するのは兄様なんだよ?!宴の前の週って準備で一番忙しい時期だよね?兄様殺す気?」

「姉様のためですわ、兄様。ご安心くださいませ!骨は拾います。」

「煌達、諦めろ。こいつは確信犯だ。」

煌達が思わず幼児に話しかける口調になった理由はよく理解できる。

だが自業自得だ。見ろ、問題児は全く悪いと思ってないぞ?


「欧の方も疑いだけならわんさか見つかったので、いくつかそれらしく仕立てて(・・・・)おきました。こちらは詳しく調べればすぐ証拠不十分になってしまいますけれど、時間稼ぎくらいは出来ますでしょう。たまには痛くもない腹を探られる鬱陶しい気持ちを感じて頂かないと甘く見られては困りますから。」

こちらは父様にお願いしますね、そう言って天使のような微笑みで父親を見つめる。



「…うむ、わかった。父様に任せなさい。」



墜ちたか…。

威厳があったのは一瞬だったな。 灰になりかけている煌達と対照的に浮かれ厳つい顔に迫力ある笑顔を浮かべる陶家当主。残念なものを見る目で暫し眺めていると華凉の矛先は隆輝に向いた。



「隆輝様。他人事ではございませんよ?」

「ん?何をだ?」

「愚か者達が宴を狙う理由はいくつかありますけれども、そのうち最も罪深いものが姉様を私達から奪うこと、ですの。」



なんだと?




彼ら(紅家)が最も欲するもの。ご存じでございましょう?」

「猩々緋色の瞳と聞いている。」

「そうですわ。そして黒みがかった赤い瞳は血が伝えるもの。そのためにあの家は近親婚を繰返し子が生まれにくくなっているそうですわ。猩々緋を求めるなら赤を持つものを娶ればいい。ねえ、隆輝様。世間で姉は何と呼ばれているかご存じ?」



陶家の赤い方。

赤跳馬(じゃじゃ馬)。

そして。



陶家の"赤い鳥"。





「冗談じゃない。赤い鳥は俺のものだ。」

そんなお伽噺のような理由のために折角手に入れた桂花を奪われるものか。

一瞬にして怒りが燃え上がる。

これは遠慮なく狩れるな。


「まだ私達の姉様でしてよ?勝手に取らないでくださいまし、隆輝様。…ですがそんな理由で姉様を、のところは同感ですわ。ですので意趣返しに私から秘密兵器をお貸出しします。」

部下の皆様には内緒にしてくださいましね?そうきっちり釘を刺したのち、華凉は隆輝の耳元で囁く。


「ご存じでしょう?"緋葉"という者を。」

「覚えているな。それで?」

「あの者は貧民街の出身なのですが…先代紅家当主の血を継いでおりますの。」

「…まさか。」

「ええ、"猩々緋"を継いでおりますわ。

皮肉なものですわね、紅家と関わりのない女性と結ばれ、血が薄まってやっと発現するなど。」

「なぜ貧民街に?」

「先代のご当主は比較的良心的な方でしたの。このままいけば愚か者達が緋葉を手にかけるとわかっていたから貧民街に捨てた。まあ、捨てるという行為が良心的とは思いませんが、あの容姿でしょう?直ぐに私の目に留まりまして。そういう意味では良い判断をされたと思いますわ。」

「先代当主はこの家にいるという事を知っていたのか?」

「ええ、闇夜に紛れて時々稽古をつけにいらしていたもの。」

その時に華凉は聞いてしまったという。

猩々緋色の瞳と、血によって伝わるという"猩々の太刀"という奥義の事を。


「当日は連絡役として緋葉をお付けします。

そこから先、この者を使うかは隆輝様のお気持ち次第。」

ちなみに隆輝様と同等に腕が立ちますのでご安心くださいませ、そう言って小さく微笑むと隆輝の耳元から離れた。


気付けば随分と時間がたち、夕方に差し掛かる頃合い。

そろそろ暇するかと声をかけようとしたところで。

気にかかっていたのか煌達が華凉に尋ねる。


「そういえば紅家の愚か者達の情報をどこから掴んだんだい?

私の網には引っ掛からなかったんだが。」

「ああ、それでしたらいくら小賢しく立ち回ろうとも、殿方は、殿方ということでしょうか。」

「?」

「花街の娼館ですわ。」


その瞬間に。

野郎二人の甲高い悲鳴が響き渡る。


「っかか、華凉!何を、何をしてるんだい!ああああ、うちの可愛い妹が!」

「華凉!あんなところに、あんなところに行くなど、父様が許しません!何をど」

「…旦那様?あんなところ、とはどういうところにですの?」



障らぬ神に祟りなし。

人間、触れてはいけないものがある、その格言が教えることは正しかったんだな。

まだ日差しのある暖かい外気に逆らうように気温を下げていく屋内。



…陶家最強は当主夫人であらせられたか。

なるほど美しいかんばせに華凉と良く似た壮絶な笑みを浮かべ、それでいて品位を損なわぬとはさすが当主夫人となると格が違う。

そう思いつつ外野達(煌達と華凉)とそそくさと部屋を後にする隆輝。


やがて軽快に地を蹴る音がして庭の草花が揺れる。

そして草木の裏にある小路から。



鮮やかな赤が飛び込んできた。




「まあ、隆輝様!いらっしゃっていたのですね!」




長くなりましたが、お楽しみいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ