永遠に母性的なるもの
酷く落ち込んでいた
僕は放課後の教室に1人、じっと座っていた。近頃、気分が落ち込むことが多くなったが、今日は特に酷かった。誰かに慰めて欲しかった。
しばらく黙って頭を抱えていたが、いつまでもこうしていられないと、立ち上がって鞄を背負った。
教室を出て、廊下の突き当たりの階段まで来たとき、僕の足は意志に反して階段を登り始めた。3階から4階へ、4階から5階へ。そして、5階建てである校舎の"6階"へ登った。
またいつもの彼女が、僕を呼んでいる。窓のない廊下を進み、一番奥の教室へと向かった。まるでおびき寄せられるかのように。
教室の扉を開けると、中は沈みつつある太陽の光で真っ赤に染まっており、部屋の真ん中に彼女が立っていた。青黒いセーラー服の背中をこちらに向けて。そして首だけでこちらを振り返り、微笑んだ。
「やっと来たのですね、待っていましたよ」
僕はぎこちなく笑みを返した。
「あなたが今日いらっしゃるのは分かっていましたから。ほら、遠慮なんていりませんよ。どうぞ、いつもみたいに」
そういうと彼女はセーラー服を脱ぎ、畳んで床に置いた。僕は唾を飲み込んで、怖いほど白い彼女の腹部に手を差し出した。否、刺し出したのだ。僕の指は彼女のみぞおちを突き破り、こじ開けた。手を肋骨の裏側に這わせ、脈打つ臓器にたどり着くと、それを引き摺り下ろした。他の臓器をなるべく傷つけないよう、丁寧に。それでもやむを得ず、彼女の中身が床に散らばってしまう。冷たい床が、彼女自身によって温められて行った。
僕は彼女の腹の中で脈打つ赤い塊を両手に持ち、目をつぶって顔を近づけた。彼女は目を細めて、僕を包むように抱いてくれた。何も言わず、ゆっくりと頭を撫でてくれた。僕の涙と彼女の血液が混ざり合う。涙と血液は成分が似ているとどこかで読んだことがあるのを思い出した。
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目を覚ますと、彼女は何もなかったように服を着て、僕の頭を膝に乗せていた。目が合うと、僕はゆっくりと口を開いた
「本当に、ごめん…分かってるんだよ。いつもいつも、こんなこと…」
彼女は普段通り微笑みながら、こう答えた
「あなたが謝ることではありませんよ。あなたはなにも間違ったことをしていませんし、私だってやりたくてやっているのですから。私はあなたがこうやって、あなたがこうしてここへ来てくれる、それだけで嬉しいのです。私はあなたを慰め、あなたは私に甘えてくれる。それでいいじゃないですか」
ほら、もう下校時刻ですよ、と彼女がいうので窓の外を見ると、もう日は暮れていた。真っ暗だった。僕は立ち上がり、教室の扉に手をかけ、振り返った。
「またいつでも来て下さい。勿論、あなたがここへ来る必要が無いに越したことは無いのでしょうが、 。それでも私はあなたが来るのを、いつもここで待っています」
そう言って笑う彼女の背中には、夕焼け色の後光が差しているように見えたが、すぐにそれは夜の闇に戻った。
僕はありがとう、と言って教室を出て、階段を降り、家路に着いた。
自宅に帰ると、飼っていたトカゲが動かなくなっていた。