決着
スケルトンドラゴンへと近寄ると、そこではリアが一方的に刺突、斬撃をお見舞いしていた。
翡翠色の槍の光が動く度に、骨片が飛び散る。
「うおぉ、スケルトンドラゴンから装甲がドンドン剥がれていくぞ」
「さすがはエリアル神殿が誇る聖騎士ね」
リッチによって強化されていた装甲はボロボロに落ちており、聖属性によるダメージが届きはじめたお陰か相手は弱っていた。
多分、アンデットにとって弱点の聖属性が毒のように蓄積したんだろうな。いくら装甲を厚く纏っていようと属性によるダメージは響くからな。
聖女に聖属性の魔力を受けたから俺にも気持ちがわかる。あのようなやられ方だけはしたくないものだ。
そんなスケルトンドラゴンの傍に近寄るリッチ。恐らく回復魔法を使うつもりだろう。
これ以上やらせてたまるか。
「システィ! 当てろよ!」
「わかってる!」
俺の言葉に反応したシスティが杖を構えて呪文を唱える。杖の先端から雷がバチバチと鳴り響き、システィの厳かな声と絡み合う。
『紫電よ 我が杖に集いて相手を貫け『ライトニング』ッ!』
システィの鋭い声と共に杖から放たれる雷。
それは杖から解放される大蛇のように屈折しながらリッチへと迫る。
『死者の魂は未だに離れず死者の血肉を――むうっ!? これはどうなって!? ぎゃああああああっ!?』
宙で躱そうとしたリッチだが、軌道が読めなかったのか見事にぶち当たった。
もう、これってば新種の魔法なんじゃないだろうか。どうやったらジグザグに雷が進むのだろうか。
「当たったわ!」
「いいから、今は追撃だ!」
その場で喜ぶシスティを叱咤して、俺は追撃のために走り出す。
『おのれ! この程度でやられてたまるか! スケルトンドラゴン! 辺りを焼き払え!』
落ちてきたリッチをタコ殴りにしてやろうと思ったが、リッチは息を吹き返してそのような命令を下す。
辺りをブレスで薙ぎ払って、俺達が逃げるうちに回復してしまおうという作戦だろう。
だが、それこそ俺が待っていたものだ。
ブレスを止めようと動き出すリアを手で制止させる。
『ガギャアアアアアアアアアッ!』
大気を震わせる咆哮と共に、顎が開き黒いエネルギーが収束していく。劣勢に立たされたスケルトンドラゴンが窮地を脱するために使うせいか、その収束する光は今までの中で一番強力なものに思えた。
俺はスケルトンドラゴンの目の前に立ち、エネルギーが限界まで高まるのを待つ。
『フン、デュラハンは無視で女共を先に薙ぎ払ってくれるわ!』
「おいおい、無視すんなよ。同じアンデットだろ?」
『やかましい! 放て!』
リッチが勢いよく右腕を上げると、スケルトンドラゴンが大きな顎をシスティに向けた。
よりによって俺の大事な相棒を狙うとは許さん。
俺は怒りの気持ちを込めながら、腰に差した爆発ポーションを顎に投げ入れた。
『フハハハハ! また猿の如く頭蓋骨でも投げたか? そんなもの無駄な――』
試験管に込められたファンタジーな爆薬が、スケルトンドラゴンの口内で爆発した。
集められたエネルギーがそれによって制御を離れて、行き場のない高エネルギーがスケルトンドラゴンの口内で弾ける。
それはスケルトンドラゴンの顎を中心に大爆発を起こし、すぐ傍で浮遊していたリッチは巻き込まれて、勢いよく地に叩きつけられた。
『ガギャアアアアアアアアアアアッ!?』
スケルトンドラゴンの痛々しい鳴き声が、湿地に響き渡る。
「あははははは! ざまあみろ! おい、聖女! 今のうちに浄化魔法を当ててやれ!」
俺が振り返って声を張り上げると、既に聖女が浄化魔法の詠唱に入っていた。
「『永久を彷徨う哀れな者よ……』」
聖女の口から歌うように呪文が紡がれる。翡翠色の光が湧き上がり、絹のような金髪がふわりと揺れる。
この呪文は、王都の広場で使おうとしていた魔法だ。
しかし、あの時よりも随分と嫌な魔力が集まっているように感じられる。
スケルトンドラゴンを浄化するための本気モードというやつだろうか。
俺のアンデットとしての直感がこの魔法は洒落にならないと告げている。鎧がピリピリとしてしょうがない。
同じアンデットとしてスケルトンドラゴンも危機を感じたのか、ボロボロになりながらも何とか身体を動かそうとする。
しかし、そんなことはリアが許さなかった。
「大人しくしていなさい」
脚に力を入れて立ち上がろうとするスケルトンドラゴンに、無慈悲な斬撃が刻まれる。
ただでさえ全身の装甲を崩されていた相手は、その一撃によりガクリと地面に崩れた。
右側の脚二つが崩されたのだ、リッチが回復でもしない限り歩くことはできないだろう。
それでもスケルトンドラゴンはタフなアンデット族だ。油断はできない。
『グルアアアアアッ!』
そんなことを思っていると予想通り、スケルトンドラゴンが動き出した。
もはや原型すらとどめていない顔を振り乱しながら破鐘の叫び声を上げ、鞭のように骨の尾をしならせる。
リアと、俺とシスティを纏めて薙ぎ払うつもりか。
「デュークさん!」
「俺かよ!」
跳躍しながら叫ぶリアに驚きながらも、背中にあるアダマンタイトの大剣を力いっぱい振り抜く。
骨で連結された尾がアダマンタイトの大剣とぶつかり合い、そして、大きな破砕音を上げて砕けた。骨片がバラバラと降り注ぎ、俺の鎧にコツコツと当たる。
「うわあ、鎧の中と隙間に骨がいっぱい入ってきた」
「後でとってあげるわよ」
爪に土が詰まったかのような気持ち悪さを覚えながら、俺は聖女を確認する。
聖女は未だに何かの呪文を唱えて魔力を高めていた。スケルトンドラゴンを完璧に浄化するにはもう少し魔力を練らなければならないのだろう。
「ところでリッチは?」
動けないデカブツを見て安心したシスティが辺りを見渡す。
あいつのことだから、あれしきで死んでしまうとは思えないな。もしかして逃げたか?
「あそこだ!」
リアが指さす宙を見ると、そこにはローブが焼け焦げて貧相な骨の身体が露わになっているリッチがいた。しかも、何か聖女の方を向いて呪文を唱えている模様。
「あんな高い所じゃ、私の魔法じゃ届かないわ!」
「私も魔法は得意じゃないからな」
システィの焦った声とリアの悔しそうな声を聞いた俺は、聖女の下へと走り出す。
「デュークさん!」
「わかってる! 俺はこういう時の盾だろ?」
リアにそんな返事をしながら、俺は聖女の前に立つ。
「熱っ!」
けれど、神聖な魔力が漂い過ぎて痛いので、前方五メートルくらいにだ。
そんな俺の熱がる姿がわかったのか、魔力を高める聖女がくすりと笑う。
「笑ってないで早く完成させろよ。お前は守ってやるから」
「…はい」
俺がそう言うと、聖女は薄く開いた目をこちらに向けて頷く。
聖女の神聖な魔力が高まると同時に、リッチの下にも激しい雷が集まる。
ライトニングとは威力が比べ物にならなさそうな雷だ。
ああ、あんな魔法を受けて大丈夫なのだろうか? 丈夫な身体とわかっていながらも不安を感じずにはいられないな。
そんなことを思いながら腕にある闇の魔法盾を構える。雷属性に変化したらいいのに。
『荒れ狂う雷鳴よ 一条の閃光となりて 彼の者を討ち滅ぼせ『ボルテックス』ッ!』
そんな愚痴を心の中で呟いていると、ついにリッチの魔法が完成した。
リッチの目の前に集まった雷が収束し、レーザーのように俺と聖女の方に一直線に向かう。
バチバチと音を立てて迫りくる雷。俺の身長ほどに収束された雷砲が視界を真っ白に染め上げる。
俺ができることは盾をしっかりと前に突き出し、詠唱中の聖女に雷が向かわないように防ぐだけだった。あとは、魔法盾と自分の身体を信じるのみ。
激しい衝撃が俺の盾や全身を駆け巡る。
視界から音が消え去って、どれくらいの時がたっただろうか。
それから背後から聞こえる聖女の詠唱で、俺も聖女も無事なことがわかった。
「デューク!」
「デュークさん!」
そのことに安堵していると、遠くからシスティとリアの焦った叫び声が聞こえる。
『その首、もらい受けるぞ!』
そして、視界一杯にリッチの気色悪い顔が入ってきた。どうやら魔法を放って一気に距離を詰めてきたらしい。
リッチは俺の兜を無造作に掴み取ると、それを手で一気に握り潰した。
『フハハハハ! これで終わりだ! いくら丈夫なデュラハンといえど、弱点である首を潰されれば死んでしまうからな。あとは、目の前にいる聖女を殺し――なっ!?』
至近距離で哄笑を上げ続けるリッチの首を掴み上げる。
「……おい、リッチ」
「んなっ!? バカなっ!? 貴様どうして動ける!? デュラハンの本体である首は破壊したはずだ……っ!」
「ああ、あれか? あれは偽物だよ。本物の首じゃない」
「そ、そんなバカな!? どこかに首を隠しているのか? いや、そんな訳はない。現にお前の身体からは魂が感じられるぞ!?」
そうなの? 良かった。きちんと魂があると言われて少し安心したぞ。
「く、首はどこなんだ!?」
「そんなの俺も知るか! こっちだって探してるんだよ!」
そう叫びながらリッチの口元にデュラハンパンチをお見舞いする。
リッチの口元が深く陥没して破片が飛び散る。
おお、いい当たり! これで何かあっても詠唱はできないだろう。本当はタコ殴りにしてやりたいけど、聖女の浄化で倒すのが一番確実なのでスケルトンドラゴンの所へ吹き飛ばす。
俺のパンチを食らったリッチは、面白いほど吹き飛び、うめき声を上げながら地面を転がりまくる。
そして、スケルトンドラゴンの胴体にぶつかった。
「ふんっ!」
そしてリアが、リッチとスケルトンドラゴンを釘付けにするために聖槍を投げて串刺しにする。
『おおおっ!?』
何ともえぐい。聖槍を突き刺されては動くことも抜くこともできないだろうな。
「聖女! いけるか?」
「任せて下さい!『エクソシズム』」
俺が振り返ると、聖女がにっこりと微笑みリッチ達の方に腕を突きつける。
スケルトンドラゴンとリッチの足元に、大きな翡翠色の光が広がり瞬く間に包み込んでいく。
『ちょ、待て……! ぎゃあああああああああああっ!』
浄化の光に呑み込まれたリッチとスケルトンドラゴンの姿が薄くなり、消えていく。
巨大なスケルトンドラゴンが浄化されていく姿を見たのか、周囲にいるであろう騎士や冒険者が歓声を上げてやってくる。
アンデットの癖に無駄にやかましく元気なリッチではあったが、これであいつともおさらばか。
「デューク! 首! 首! ほら、この兜被って!」
せいせいした気持ちでそんな事を思っていると、システィが騎士団の兜持ってやってきた。
おお! あぶねえ!
次回エピローグその1。
その2ではちょっとした秘密が明かされる予定です。




