どちらが邪悪な波動なのか
『ええい! ちょこまかと鬱陶しい人間共め!』
自身の眷属が次々と倒されていくのを見て苛立ったのか、リッチがスケルトンドラゴンをついに動かした。
スケルトンドラゴンが咆哮を上げて、無数の骨が連結された尻尾で大地を叩く。
それから体を支える太い二足の脚を進ませた。
前線で戦う騎士達の頭上に黒い影が落ちる。
『焼き払え!』
リッチが命令の声を上げると、スケルトンドラゴンが顎を開き、紫色の毒々しい光を収束。
そして、それを一気に吐き出した。
武器を構えながら呆然と見上げる騎士達は、瞬く間に闇のブレスに吞み込まれた。
そして同時に上がる絶叫。
「ああああああああああああああああああっ!」
それはまるで臓腑の底から無理矢理引き出されたようでもあり、騎士達の命の危機を直感させる凄惨な悲鳴であった。
どす黒いエネルギーの奔流が晴れた後には、紫色の炎に焼かれて転がる騎士達の姿が。
身を包む白銀の鎧はドロドロに溶け、皮膚の多くも爛れている様子がスケルトンドラゴンのブレスの威力を物語っていた。
そして騎士達は今もなお、痛みに苛まれているのか絶えずして絶叫を上げる。
まるで痛み以外の何かに苛まれるかのように。
『フハハハハハ! ざまあみろ! どうだ! スケルトンドラゴンが放つ呪いのブレスは? 痛かろう? 痛いだろ? 苦痛と恐怖と絶望に喘ぐがいい!』
騎士達を見下ろすリッチが騎士達を指さして哄笑を上げた。随分といい性格をしているようで。
ただでさえ高熱のブレスは厄介だというのに呪いの効果まで付いているのかよ。具体的にどのようなものを負わされるのかわからないが、騎士達の悲鳴を聞くにとんでもない痛みを負うもののようだ。
俺はアンデッドなので効くかどうかはわからないが、システィが食らったらひとたまりもないだろう。
隣にいるシスティだけでなく、戦場にいる全ての騎士や冒険者がブレスを食らった者の末路を目にして、表情を青くしていた。
飛び込めばあれの二の舞になるからだ。
誰だってああはなりたくはない。
そんな騎士達の心理を読み取ってか、リッチが厳かな口調で魔法を詠唱する。
『臆する者は戦場に立つことを許さず 恐怖という名の鎖でもって その心を縛り取る『フィア―』ッ!』
リッチの轟くような叫びと共に、黒い波動が広がる。
それは水面に水滴を落としたかのように広がり、遠くにいる俺達の元まで飛んできた。
心地よいそよ風のようなものが俺の鎧を撫でる。
「何だこれは? そよ風を起こす魔法か?」
訳のわからない魔法に首を傾げていると、隣にいるシスティが一歩地面を後退った。
システィが気になり視線を送ると、そこには先程のように顔を青くして体を震えさせるシスティの姿が。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「こ、怖いの。あそこにいるスケルトンドラゴンが……」
杖を胸元で握りしめながらか細い声で呟くシスティ。その青い瞳は遠くにいるスケルトンドラゴンへと向けられており、恐怖の色が色濃く映っていた。
いや、あの化け物が怖いのは当たり前だろ、とか思いながら視線を向けると、スケルトンドラゴンの前にいる騎士達がへたり込んでいた。
さっきまでの勇ましい姿はどうしたのやら。今では尻餅をついてへたり込んでいる者までもがいる。
僅かに立っている者も何とか踏ん張っている程度で、その足は生まれたての子鹿のようであった。
さっきの黒い波動は、そよ風を起こす魔法ではなく人間の精神に作用する魔法だったのではないだろうか。それならばぶり返したかのように怯えるシスティや、へたり込んだ騎士達の様子にも納得できる。恐らくこれは恐怖心を植え付ける、または助長させる魔法なのだろう。
俺にはまったく利かないが。
『ハハハハハ! 恐れ慄き、恐怖に顔を歪ませろ!』
この状況を作り出した張本人が高らかに笑い声を上げる。
それから動けなくなった騎士達めがけてアンデッドをけしかけさせた。
マズい、このままでは騎士達がアンデッドに蹂躙されてしまう。
俺がそんな事を思っていた時、後方から聖女の勇ましい声が轟いた。
「女神エリアルよ 我らが身体を苛む 邪悪な呪いを退けたまえ『ディスペル』ッ!」
聖女が呪文を紡ぐと、聖女を中心として翡翠色の波動が広がる。
そして光は、前方にいる騎士達を包み込んだ。
神聖な翡翠色の光は呪いを解呪する魔法であったのか、ブレスを浴びた騎士達は絶叫を止め、へたり込んでいた騎士達は力強く立ち上がり出した。
隣にいるシスティにもそれは効いたのか、ハッとしたように我に返った。
『うひゃあっ!? 不愉快な波動だ!?』
スケルトンとリッチが、神聖属性の波動を浴びたせいか大きく仰け反った。
騎士達に近寄っていたアンデッドも心なしか、動きが鈍くなっているようである。
さすがは神聖属性。
「おーい、もうスケルトンドラゴンは怖くないのか?」
「こ、怖がってなんかないわよ!」
俺がからかうように言ってやると、システィが少し頬を染めながら言い返してきた。
いや、もう二回もビビっている姿を見たので、今更取り繕っても意味はないのだが。
「……デュークは平気だったの?」
「いんや。聖女の波動のせいで今でも寒気がする」
リッチの黒い波動は心地よい風のようであったが、聖女の波動は不愉快極まりなかった。あの時の虫が這いまわるような感覚は生涯忘れまい。
「そうよね。デュークってば呪いを得意とするデュラハンだもんね。そんな魔物に闇魔法の精神攻撃なんて効くはずがないわよね」
リッチとスケルトンドラゴンが形容し難い苦しみを味わって仰け反っている間に、立ち直った神官や騎士が負傷した騎士達を回収していく。
残りの者は、動きの鈍ったアンデッドに攻撃をくわえていた。
ブレスを浴びて回収された騎士達が、聖女の元まで運び込まれる。
すると聖女はすぐさま馬上から降り、薄い唇から詠唱の言葉を紡いでいく。
聖女が祈りを捧げるかのように目を瞑り、胸元で手を結ぶ。
「女神エリアルの抱擁は 汝らを救う癒しの力なり」
金の長髪が舞い、翡翠色の光粒が女神に願いを請う歌のように舞い上がる。
「救いを求めし者に どうか癒しの慈悲を『エリアヒール』ッ!」
凛とした透き通る声と共に、騎士達を包み込む翡翠色の光。
倒れた者達全員の傷を瞬く間に塞いでいった。まるで時間を巻き戻したかのような離れ業である。
俺達はそれを少し離れた場所から見て、こいつも一応は真面目に聖女をやっているのだと感心した。
聖女の回復魔法によって致命傷を回復させた騎士達は、神官達によって後方へと運ばれていった。
『気色の悪い魔力を漂わせおってからに! あの女が神聖魔法を操る聖女とやらだな!?』
スケルトンドラゴンの肩に乗っているリッチが、喚きながら聖女を指さした。
リッチに共感するのは複雑な気持ちだが、気持ちの悪い魔力というのには俺も同感だ。
「ヒッ! 何かリッチがこっちを指さしましたよ!」
指をさされて狙いをつけられた聖女が、怯えたように体を腕で抱く。
普段は澄ました顔をしている聖女が慌てふためく様は見ていて楽しいな。
そんな事を思いながら心の中で笑っていると、隣にいるシスティが杖で俺の身体を小突いてきた。
「人が本当に困っているのに笑わない」
「何でわかるんだ?」
俺はデュラハンで表情なんてものはないのに、なぜ笑っているとわかるのだろうか? 聖女のようにオーラによって感情が見えるでもないだろうに。
俺が兜を傾げて見せると、システィは呆れたような顔で。
「押し殺した笑い声が漏れているわ」
そうですか。次は声が漏れないように静かに笑うようにしよう。
『俺の眷属達を浄化させた恨みだ! そこで待ってろ!』
「絶対に嫌です! ちょっとデュークさん! 助けてください!」
ターゲットをつけられた聖女が、リッチの指から逃れるようにして俺達の方へとやってきた。
「おい、止めろよ! こっち来るな! 魔物を他の冒険者に擦り付けるのはマナー違反だぞ!」
「それは相手が人間の場合です! 魔物と魔物を争わせるのは何も問題ありません!」
「ちょっと! 私は人間なんですけど!?」
「依頼主ですからいいんです!」
俺達の反論を滅多切りにして近寄って来る聖女。
それに合わせてスケルトンドラゴンの顔がこちらに向く。
あー! もう! 聖女のせいで俺達まで目をつけられたじゃないか!
どうせなら、こっそりと回り込んで攻撃をぶち込みたかったのに。
『訳のわからん魔法使いと裏切りアンデッドも一緒か! 丁度いい!』
そう言って足を進めるスケルトンドラゴンだが、横合いから突っ込んできたリアにより大きく体をのけぞらした。
『どわあっ! 危ないだろ!』
惜しい。あと少しでリアの聖槍でリッチを貫けていたというのに。
不意打ちで倒せなくて非常に残念である。
リアは空中で周囲の状況を確認するように目を巡らし、スケルトンドラゴンの前に着地すると、周囲にいる騎士達に声を張り上げて指示を出した。
「お前達は全員下がり、スケルトンドラゴンの周りにいるアンデッドを掃討せよ! それと合図の笛を鳴らせ!」
すると騎士や神官達が急いで撤退し、笛を吹き鳴らす。
ピイイイイイイイ! ピイイイイイイイイイイイイ!
スケルトンドラゴンが見つかった時と似ているが違った合図。
確かこれは作戦の時に聖女と聖騎士が前に出る時の合図とか言っていた気がする。聖女の演説に混ぜて言うから、よく聞いていなかったけれど。
思わず聖女の方に視線をやると、げんなりとした表情をしていた。
本当に私が行く必要はあるんですかー? とでも言いたげな表情だな。
それは俺も同感である。
そんな表情を浮かべた聖女だが、二秒後には聖母のような優しい笑みを浮かべた。
「デュークさん行きますよ!」
恐ろしい気持ちの切り替え速度である。
聖女からスケルトンドラゴンの討伐クエストを受けている俺達にそれを断れるはずもなく。
「ほら、デューク行くわよ」
「へいへい」
騎士達が撤退していく中、俺とシスティと聖女はスケルトンドラゴンへと駆け出した
ついにスケルトンドラゴン、リッチとの戦闘へ移行します。




