聖騎士出陣
「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
割れんばかりの雄叫びが湿地に響き渡る。それに伴い無数の水や泥が跳ね上がった。
聖女の神聖魔法による一撃を見たせいか、騎士や冒険者達の士気は最高潮に達しているようだ。アンデッドが埋め尽くしていた空間を食らっていくかのように、騎兵が、騎士が冒険者が神官が驀進する。
最初に敵と接触したのは、多くの空間を食らって勢いづいた騎兵部隊の一撃だった。
馬の蹄がゾンビを、スケルトンをその体重を以て踏み砕き、馬上にいる騎士が槍を振り回して次々とアンデッドをなぎ倒す。
二体、三体と騎兵部隊の勢いは止まることなく、アンデッドの一団に大きな穴を開けた。
それに遅れて続く冒険者や騎士達。
彼らはおのれの獲物を手に持って、騎兵部隊が開けた穴をさらにこじ開けるかのように突撃した。
怒号が轟き、無数の骨が砕ける音が幾重にも重なる。
時々剣戟の音や呻き声なども聞こえるが、ほとんどがアンデッドを地に沈めた音なのは確かだ。
どうやら第一陣は俺達が有利なようである。
馬上より神聖魔法を放った聖女は、魔力ポーションを口に含んで苦そうな表情をしていた。
さすがにあれほどの魔法を放つとなると、それなりに魔力を消費するらしい。
そんな事を思いながら聖女と戦場を見ていると、隣にいるシスティが身じろぎしだした。
ふと視線を向けると、太腿に巻いてあるレッグホルスターを開けて、聖女と同じく魔力ポーションを取り出したようである。
透明な試験管の中には、体に悪そうな緑色の液体が揺らめいていた。
前世でコーラやメロンソーダをかぶ飲みしていた俺が言えることではないが、その色は大丈夫なのだろうか?
「前から思っていたが、やっぱりそれ苦いのか?」
「苦いわよ。それも滅茶苦茶。効き目はあるんだから、次は味をどうにかしてほしいわ」
思わず尋ねてみると、システィが眉をひそめながら答えた。
忌々しげに緑色の液体を見つめるシスティ。
良薬は口に苦いと言うしな。効果を優先して作っているものなのだ。それに味までも求めると言うのは酷であろうなと冷静に思えるのは、俺が使用する機会がこないからに違いない。
システィは緑色の液体を前にして表情を渋いものにしていたが、意を決したのか目をカッと見開きそれを一気にあおった。
システィの薄い唇から緑色の液体が一筋流れるが、構わずに喉を鳴らして嚥下する。
「おー、いい飲みっぷりだな」
一気に魔力ポーションを飲み干したシスティは、「ぷはあー」と息を吐いて、手の甲で口元の液体を拭った。
「まっずーーいっ!」
それから口元を手で押さえながら呻き声を上げた。
まるで、そうしないと吐いてしまいそうだという様子だ。魔法使いも大変なんだな。
ふと視線を聖女の方に戻すと、リアが念のためにともう一本の魔力ポーションを勧めていたが、聖女は口元を抑えて必死に拒否していた。
いい気味である。
俺が心の中で嘲笑しながら眺めていると、聖女が俺の様子に気付いたのか憤慨して喚き出した。
「ムキー! 私をバカにして! 全身鎧の姿でも私にはオーラで感情が見えるのでわかるんですからね! リア、魔力ポーションをもう一本下さい! あそこにいるデュラハンを退治してやります!」
「いいですけど、もう一回神聖魔法を使ったらさらに魔力ポーションを飲むはめになりますよ?」
「うっ! それは困ります!」
ははは、お前は大人しく魔力を温存しておけ。
「仕方がありません。後でスケルトンドラゴンに巻き込むようにして浄化してやりましょう。そうすれば一石二鳥です」
何て恐ろしい事を考えやがる奴なんだ。とても正気とは思えない。
どうしよう。俺ってばスケルトンドラゴンよりも後ろにいる聖女の方が怖いんですけど。
システィを前衛にして俺を後衛にしてもらおうかな。
俺は聖女の後方からスケルトンの頭蓋骨を投げるからさあ。
俺達が少し後方から戦場を眺めている間に、騎士や冒険者達は破竹の勢いでアンデッドをなぎ倒していく。
鎧に身を包んだ騎士がスケルトンを一閃し、法衣を着込んだ神官がメイスを振るってゾンビを豪快に叩き潰す。
それから乱戦が得意の冒険者は、パーティーごとに連携を組んでスケルトンウォリアーを屠っていた。
戦士達だけで突破が難しい相手、厚い装備や甲殻を持つアンデッドには魔法部隊による砲撃がお見舞いされる。
火炎弾が着弾すれば雷の槍が突き刺さり、氷柱が雨のように降り注ぐ。
毒をまき散らすアンデッドが毒ごと焼き払われ、厚い防具に身を包んだハイスケルトンを雷の槍が貫き、その身体に氷柱が大きな穴を空けた。
多種多様な属性魔法は圧倒的な破壊力を以てアンデッドを殲滅していく。
このままいけば、騎士や冒険者達だけでスケルトンドラゴンを倒せるのではないかと思っていたが、敵もそうは甘くはなかった。
スケルトンジェネラルが統率するスケルトンウォリアー、ムカデのように連結した骨の集合体、スケルトンインセクト。様々な魔物の死体が合体したゾンビキメラと、これまでのスケルトンやゾンビとは一線を画すアンデッドが立ちはだかる。
スケルトンジェネラルはその指揮能力を以て騎士団と競り合い、スケルトンインセクトはその硬質で長大な体を鞭のようにしならせて冒険者達を蹴散らしていた。
ゾンビキメラはその身体に取り込んだ魔物の攻撃を駆使する。肩から生えた虎のような顔が口から炎を吐き、背中からは触手のようなものが伸びて冒険者を絡めとる。
曲者を筆頭とするアンデッドの猛攻撃により、優勢だった状況は徐々に劣勢へと転じていた。
その様子を見て、前方にいるリッチが満足そうに高笑いをして、ここぞとばかりにアンデッドを召喚していく。
特殊個体を暴れさせて戦況を混乱させ、とどめとばかりに際限なく湧き出してくるアンデッドを突撃させる。
アンデッドの特性を利用したいやらしい作戦だ。
従来の魔物とはまったく違うアンデッドの攻撃と、倒しても倒しても湧き出るアンデッドに冒険者達は肉体と精神を追い詰められていく。
これはマズい流れなのではないだろうか?
ここは俺の特性を生かして、暗殺するかのごとくアンデッドを倒した方が良い気がする。
そう思い、俺が突撃しようかと思っていた矢先。
俺達の視界を銀の長髪がなびいた。
俺達の視界を横切ったのは聖槍を手に持ったリア。
銀の髪が、纏う白銀の鎧が、聖槍が日の光に照らされて反射する。
リアは聖槍に魔力でも流したのか、聖槍が呼応するかのように神聖な翡翠色の光を纏い出した。
聖女の神聖魔法と同じ翡翠色の光を見て、俺が寒気を感じる中、リアは速度を加速させてアンデッドがひしめく軍団へと突っ込んだ。
神聖な翡翠色の輝きが走る度に、スケルトンの首が、胴が宙を飛ぶ。
天敵ともいえる存在を感知したスケルトンジェネラルが撤退の合図を出すが、スケルトン達は互いの体が阻害しあって上手く身動きが取れないようだ。
そこをあの聖騎士が見逃すはずがなく、聖槍一つで斬りこんでいく。
骨、骨、骨。
聖騎士が通り過ぎた後には、数え切れない骨の破片が散乱していた。
旋風の如く、聖槍を振り回す。聖属性が付与された槍は、闇属性であるアンデッドを紙のように切り裂き、貫いていく。
立ちはだかるスケルトンジェネラルを一閃。身に纏う防具ごと切断し、ダメ押しとばかりに連続斬撃。凄まじい速度と鋭さでスケルトンジェネラルをめった斬りにした。
散々苦労させられたスケルトンジェネラル達が一瞬で屠られた事に喜びの声を上げる騎士達。
「……デュークの鎧も聖槍があればバターのように斬れそうね」
「縁起でもないこと言うな!」
システィの言葉に突っ込む俺だが、実際に十分あり得そうなのが怖いところだ。
今まで魔物の攻撃やら、システィの魔法やらと色々な攻撃を受けて無傷で済んできた俺だが、あの聖槍はダメだと思う。
俺がデュラハンだとバレて討伐クエストが発注されたら、リアが率先して討伐しに来るんだろうな。
などと俺が考えている間にも、リアはアンデッドの撃破を重ねていく。
進路を阻むゾンビを聖槍で斬り伏せ、盾を構えるスケルトンを飛び越えていく。
空中に身を躍らせるリアにアンデッドも冒険者も皆が見惚れていた。
激しい剣舞が行われる中、リアの元へとスケルトンインセクトがやってくる。
ムカデのような多脚と連結された骨のような体を蛇行させ、同じアンデッドや騎士を蹴散らしながら驀進してきた。
スケルトンインセクトの頭部には醜悪な顔つきをした一体のスケルトンが見えた。恐らくあれが本体なのではないだろうか。
それにしてもムカデのようにしなやかに体を揺らす様が気持ち悪い。
俺の隣にいるシスティもあからさまに顔をしかめていた。
全身を固い骨のようなもので覆っており、それでいてあの機動性。魔法使いにとっては悪夢でしかないだろうな。
そんなチートなスペックを持つアンデッドが、リアの元へと迫る。
全てを押し潰す体当たりをリアは冷静に回避。
それを追うようにスケルトンインセクトの尻尾と思しき部分がしなってきたが、リアはそれを予想していたのか跳躍によって難なく飛び越える。
着地と同時にリアはスケルトンインセクトの左脚を切り裂いていく。
多くの脚を一瞬で失った事により、スケルトンインセクトが左側に傾く。
その隙にリアは相手の正面に回り込んで跳躍。スケルトンインセクトの頭部に埋め込まれた醜悪なスケルトンに鋭い突きを放った。
翡翠色の刀身は、スケルトンの額に吸い込まれるようにして刺さった。
スケルトンの顔が砕けると同時に、スケルトンインセクトの体は力が抜けたように倒れ出した。
ゆらりと倒れる巨体に多くのアンデッドが巻き込まれていった。
湧き上がる冒険者の歓声をよそに、リアは次の獲物であるゾンビキメラへと駆け出して行った。
「もう、スケルトンドラゴンもあいつ一人いれば十分なんじゃないか?」
「私もそう思うわ」
俺達はそんな感想を抱きながら、切り裂かれていくゾンビキメラを眺めるのであった。




