聖女の一撃
スケルトンドラゴンであろう咆哮の方角へ行くと、多くの冒険者や騎士達がアンデッドの軍勢と戦っていた。
おびただしい数のアンデッドに皆苦戦しているようだ。さっきの俺達がいた場所以上のアンデッドがいる。
騎士団は隊列を組んで立ち向かっているが、それは向こうも同じ。
スケルトンジェネラルを筆頭とした、スケルトンアーチャー、スケルトンウォリアーなども人間のように陣形を組んでいた。
「くそ、スケルトンジェネラルが指揮しているとは厄介な」
「スケルトンの癖に機敏に動きやがって……」
盾を持った騎士団の男と、盾を持ったスケルトンがぶつかり合う。
だが、どうも一筋縄ではいかないようだ。スケルトン達は騎士の力に負けじと踏ん張っている。
「……凄いな。スケルトン達、王国の騎士団と競り合っているぞ」
「本当はスケルトンジェネラルも強いのよ? デュークが種族の特性を生かして一方的に攻撃するから弱く見えるだけよ」
俺が呆然と眺めていると、システィが少し呆れたように言う。
俺は同じアンデッドだからな。奴等が仲間として認識しているお陰で一方的に攻撃できる。ここら辺は知能の差というやつか。
騎士団の他では、見知った連中である冒険者達が怒声を発しながら、武装したアンデッドと剣戟を結んでいた。
騎士団とは違って隊列もクソもない乱戦である。
実に俺好みの戦闘だが、システィがいる以上皆おちおち戦えないだろうな。
周りの冒険者がチラチラとシスティを見て、どっか行けというオーラを出している。
こんなところでシスティが魔法を放てば大惨事だからな。
だというのに当の本人は、気付いていないのでバカな事を宣う。
「……皆いつもと違って凄い緊張感ね……。よっぽど戦況が切迫しているのかしら? 私達も手伝う?」
システィのそんな物騒な言葉を聞いて、周囲にいた冒険者が体を大きく震わせた。
違う。アンデッドよりも恐ろしい外道魔法使いがやって来たから皆身構えているだけだ。
「おい! こいつは俺の獲物だぜ? とるんじゃねえぞ?」
「わかってるっての。お前こそこっちに来て俺の獲物を捕るんじゃねえぞ?」
「わかってらあ! 他人の獲物を横取りするなんてせこい真似しねえよ!」
遠回しに加勢してくるなとでも言うような発言をする冒険者達。
声は元気なものだが、その表情は引きつり足は震えていた。
よっぽど外道魔法使いが来て欲しくないようだ。
「あいつらなら大丈夫だろう。見た感じ攻勢だし、獲物を横取りされて欲しくないみたいだ。俺達はあの声の方向に行くぞ」
「うん、わかった」
アンデッドと冒険者の間を縫うようにして俺達が走り出すと、冒険者がホッと息をついたのが目に入った。
◆ ◆ ◆
顔見知りの冒険者達の場所を過ぎて、声の方向へと走っていくと多くの騎士団がアンデッドと交戦していた。
豪奢な鎧を装備した隊長らしき騎士や多くの神官がいる事から、こちらが騎士の本隊なのだという事がわかる。
その本隊が対峙しているのは、先程とは比べようもないくらい多種多様なアンデッドだ。
スケルトンやゾンビをはじめとして、魂食い、スケルトンビースト、集合する死体、スケルトンインセクト、と一癖も二癖もある魔物達だ。
そして、そんな軍団の遥か奥に見えるのは骨の龍。
蜥蜴のような脚と尻尾を生やした姿に、蝙蝠のような大きな翼。高さは十メートルはありそうだ。
連結されているかのように伸びている長い首の上には、死してなお凶悪な顔つきを誇るものがあった。
死亡して骨と化した今でも眼光は衰えず、紫色の怪しい光を発している。
勿論、その大きくて鋭い牙も健在だ。
ファンタジー生物の王道的ともいわれるドラゴンを生きた状態で見られなかったのは残念だが、こっちもこっちで悪くない気がする。
むしろこっちの方が迫力があるのかもしれないな。
遠目に見ただけでもオーガよりも迫力がある。近くで戦えばどうなる事やら。
そう感じてしまうぐらいの威圧感と殺意をスケルトンドラゴンは醸し出していた。
「……あれがスケルトンドラゴンね。思っていたよりも何倍も迫力があるわね」
いつも通り平然と眺めているようにも思えたが、システィの表情は強張り、足が少し震えていた。
オーガよりも何倍もの強さを誇るドラゴンなのだ。
そこらのスケルトン、ゾンビとは比べ物ならない魔物。そんな奴とこれから戦うというのだ。
多少の攻撃を食らってもビクともしない頑丈な俺とは違って、システィは普通の人間の少女なのだ。少しかすった程度でも致命傷。まともに当たれば即死だ。
その分、戦う恐怖は俺とは比べ物にならないだろう。
人間の体が脆いというのは前世で既に痛感しているので、その気持ちはわかる。
俺もトラックに引かれた時は、もしかしたら助かるのではないかと淡い期待を抱いたものだ。それなのに、まさか衝撃で首がおさらばするとは……。
「ビビったんなら帰ってもいいぞ? どうせシスティの魔法なんてスケルトンドラゴンの腹を通り抜けるだけだし」
「び、ビビッてなんかないから! さっき私が活躍してリッチを撃ち落とせたのを忘れたのかしら? そんなヘマはしないわよ。それに、私も参戦しないと宮廷魔法使いが来てくれないでしょ?」
俺がバカにするように言うと、システィが少しぎこちないながらもいつも通りの反応をしてみせた。
「はいはい、そうでしたね」
一先ずは持ち直した様子に安心しながら、俺はスケルトンドラゴンを見据える。
俺もあの巨体の攻撃を防げるのか分からないから不安だなー。
大丈夫だろうか? あの大きな巨体に踏みつぶされたら凹むくらいじゃ済まないかな?
デュラハンの死の定義ってどこなのだろうか?
バラバラにされたら死ぬのか。粉々になったら死ぬのかよくわからないな。
「……ありがと」
そんな風に思案していると、システィがポツリと言葉を漏らした。
「……おう、お前にはもう一度あいつを撃ち落としてもらわないと困るからな」
そのお礼の言葉に若干の照れを感じながらも、俺は返事をしてスケルトンドラゴンを指さす。正確にはその肩に乗っている奴にだ。
『フハハハハハハ! 人間共め! 我が眷属達に恐れ慄け!』
高笑いをしながら黒衣を揺らすリッチ。
その声音は興奮に満ちており、狂気のそれだ。
フードから覗く頭蓋骨をよく見ると、修復されているようで蜘蛛の巣状のヒビが入っている程度に収まっていた。
俺が殴っていた時は、もっと酷いぐらいに陥没していたのに。
「あのリッチも元気よねえ……」
「アンデッドにしては生き生きとしすぎな気がするな」
「それはデュークも同じよ」
失礼な。あんな狂人と一緒にしないでもらいたい。
「ところで、聖女達はまだなのか? 俺達はスケルトンドラゴンを潰すはずだよな?」
スケルトンドラゴンが現れたのはいいが、肝心の聖女と聖騎士が来ていない。
さすがに俺達だけであのアンデッドの軍団に挑むのは……俺の特性でゴリ押しすれば軍団はいけるな。
しかし、それをリッチは許さないだろうし、周りの騎士の目もあるので自重しないといけない。
なので、聖女が来るまで俺達は身動きがしづらいのだが……。
「あっ! あれじゃないかしら?」
そんな風に手持無沙汰にしていると、システィが後方を指さした。
振り返るとそこには聖女と聖騎士の乗る白馬を先頭とした、騎士団と神官が増援として駆けつけてきた。
金髪と銀髪の美女が風をなびかせる姿が美しい。
「聖女様と聖騎士様が来て下さったぞ!」
それを見た騎士達が喜びの声を上げる。
アンデッドの戦いで聖女と聖騎士ほど頼りになる奴はいないからな。
リアはともかく、聖女も黙っていれば一応は美人だしな。
先頭を走る聖女は視線を彷徨わせると、程なくして俺達へと視線を固定した。
それからニヤリとした笑みを浮かべて、リアと会話をし始めた
……何だろう。嫌な予感がする。
そんな俺の嫌な予感が当たったのか、聖女の口から呪文が紡がれる。
「天より落ちし 浄化の光よ……」
歌うような聖女の言葉と共に、聖女の周りから翡翠色の光が立ち上る。
この鎧がピリピリとするような感覚……。
間違いない、聖女はいきなり神聖魔法をぶっ放す気だ!
広場の時ほどではないが、俺のアンデッドとしての勘が警鐘を鳴らしている。
ここにいれば危ないと!
「深淵なる闇を打ち払え『ホーリーレイ』ッ!」
聖女の透き通る声と共に聖女の魔法が完成し、上空から光が落ちた。
天より落ちし翡翠色の光は、地上にいるアンデッドの軍団を吞み込んだ。
魔を払う神聖なる光は徐々に拡大し、俺のつま先まで伸びてきた。
「あっつ!」
俺は思わず足を抱えて飛び下る。
足のつま先だけ当たったせいで、タンスの角に小指をぶつけたような痛みがする。
こんな地味な痛みは異世界にきてから初めてだ。
「そう? むしろ温かくて気持ちいいけど?」
やはり普通の人間には神聖魔法など害を及ばさないらしく、システィは温かいとか言いながら自ら光に入っていた。
正気じゃない。今の俺が全身でその光を浴びればどうなることやら。
憎々しげに聖女の方を見ると、聖女がこちらを指さして笑っていた。
あのクソ聖女め!
今から殴りにいってやろうかと思ったが、手綱を引いて後ろに座るリアが拳骨を振り下ろし、聖女が滅茶苦茶痛そうにしていたので、少し溜飲を下げる。
ざまあみろ。
翡翠色の光が消えるのを待つ事しばらく。
聖女の魔法が落ちた場所にいたアンデッド達、綺麗さっぱりと浄化されていなくなっていた。
その余りの威力に多くの者達が歓喜の声を上げる。
先程までいたアンデッドの数が数だからな。喜ぶのも無理はないな。
リッチがあんぐりと顎を落としている姿が痛快だ。
俺達の視界は大分よくなり、アンデッドの大群も半分は減ったな。
士気も上がっているし、攻め込むチャンスは今に違いない。
「全軍前進!」
元々そういう手筈だったのか、聖女の後ろで跨るリアが覇気のある声で叫んだ。
「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
それと同時に多くの者が割れんばかりの雄叫びを上げて駆け出した。




