異世界での出会い
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ワイバーンから逃げる事ができた俺は、一定のスピードで紫炎を走らせた。
途中で何度かオオカミのような魔物、ゴブリンと出会ったが、紫炎の脚でほとんど逃げ切る、または蹴散らした。
勿論、全ての戦闘を回避できたわけでもない。
氷柱のようなものを背中に生やしたクマみたいな魔物が道を塞ぐように立っていたりもした。
そういう輩には、俺のデュラハンとしてのパワーと防御力を生かした戦いで何とか地に沈めることができた。途中で馬乗りになられそうになった所を、何度も紫炎の突進に助けられた。
ワイバーンから逃げる時だってそうだ。馬術のできない俺をカバーして、導くように走ってくれた。俺がしっかりとしていれば本当はもっとスピードを出せるのだろう。
全く、紫炎には助けられてばかりだ。俺がしっかりとしなければ。
まだ半日ちょっとした時間を過ごしていない俺達だが、それに関係ない深い絆を手に入れたような気がした。
そんなこんなで魔物を蹴散らしつつ進んでいると、とうとう日が暮れだした。
元々高い樹木が多く影が多かった森の中は、瞬く間に薄暗いものへと変わった。
茜色の夕日が落ち、闇色の空がやってくる。
デュラハンである俺は、暗闇の中でも昼間のように景色が見えるので問題ない。
だが、未だに人里や人間がいたであろう形跡らしきものは確認できていない。
ただ存在するのは魔物や獣らしき声だけ。
これからが俺達の時間だと言うように夜行性の魔物達が闊歩しだした。
もしかして、この世界には人間なんて生物は存在しないのではないだろうか? そんなネガティブな考えが沸き上がったが、まだ初日だと自分に言い聞かせる事で耐えた。
「ギイイッ!」
紫炎を走らせていると、横道からゴブリンが飛び出してきた。
幸いにも俺を狙って飛び付いてきたので、右足で思い切り顔面を蹴りつけてやる。
「ギャウッ!?」
すると、ゴブリンは緑色の液体をぶちまけて派手に転がっていった。
さっきからこのような襲撃が相次いでいる。
はぐれのゴブリン一匹程度なら余裕なのだが、さっきのクマのような奴に囲まれてしまっては危険だ。
せめて武器でもあれば、戦闘が素人の俺でも力と身体能力任せで何とかなると思うのだが……。
ないものを強請っても仕方があるまい。
食糧や水分、睡眠すらも必要とせず、疲労を感じないアンデッドな俺達。
しかし、あまりにも魔物が多いのでこれ以上進むのは危険だと判断し、身を隠せる場所を探すことにした。
ゴブリンは八匹程度の群れとクマ公、アルマジロのような魔物を蹴散らしながら進むことしばらく、ぽっかりと穴が開いた洞窟を見つけた。
いい加減魔物達とのガチな戦闘に嫌気がさしてきたところだった。
疲れを知らない身体とはいえ、俺は心がない機械ではない。
心は人間の久比無宗介なのだ。
警戒すれば精神がすり減るし、血を見ると暗い気分になる。
長時間座っていれば飽きるし、違う事をしたくなるのだ。
人間の精神、心を持つが故に、なおさらその気持ちが強い。
俺は心を休めるべく、迷わず洞窟へと向かった。
紫炎の背から降りて、洞窟の中を確認すると意外と小さなものだというのがわかった。端っこの方に妙な形をした頭蓋骨が落ちているが、人間ではない。
それにホッとしたようで残念な複雑な気持ちになった。
洞窟の中には魔物がいないのは嬉しかった。
ここにゴブリンの大群が住んでいたら、血みどろの戦闘になること間違いなしだった。
ゴブリンを踏みつぶす感触って気持ち悪いんだよ。
こう大きな水風船と木の枝をへし折る感触が同時にくるというか。とにかく気持ち悪いんだ。もう慣れてきたけど。
頭蓋骨も随分古いもので、ここが魔物の巣であることもなさそうだ。
安全を確認できたところで紫炎を洞窟の中へと招き入れる。
「今日はよく頑張ったな」
労をねぎらうかのようにたてがみを梳き、身体を撫でてやる。
枝葉や木屑のようなものが付着していたので、きちんと取ってあげた。
「ヒヒイィン」
紫炎が満足そうな鳴き声をした所で、俺は地面に横になった。
紫炎の脚下でゆらめく紫色の炎の光と、僅かに差し込んでくる月の光。
洞窟内では一切の物音がしない。呼吸すら必要がないので、俺が身動きする時にギャリッとした金属音が響くだけ。
ときおり魔物同士が戦っているであろう獣の声が聞こえてくるが、近所の猫が喧嘩しているだけだと思い、スルーする。
地面の冷たい感触が微かに伝わってくる。
それを感じて、俺の身体って熱とか冷気の耐性はどうなのだろうとか思ったが、どちらも人間よりも耐性が高いことだけは予想できるな。
何てことを思ったりしながら、俺は異世界にて眠らない夜を過ごした。
◆
「おお! 夜明けだ!」
眠らない夜を過ごした俺だが、紫炎と遊んだり夜空を眺めたりしていると、いつ間にか日が昇っていた。
日の出なんて随分久しぶりに見たものだ。
初日の出も自宅でのんびりとゲームやアニメを鑑賞していたし。
何て思ったが、徹夜で何度も確認したことがあったのを思い出した。
腕を大きく回したり飛んだり跳ねたりと、何となく身体を動かしてから俺は紫炎へと跨った。
さて、いい加減にこの森を抜けたい。
また今日のように森で一夜を明かすのはごめんだ。
かと言って魔物である俺が人里へ降りたとしても、畏れられるだけかもしれん。
いや、でもこの世界には亜人とかそういう生き物がいたりした、ただ首が無いだけのデュラハンもすんなりと受け入れるかもしれない。
「……んなわけあるか」
とにかく、この世界で魔物や動物以外で生きる生物がどんなものか、文化はあるのか、交渉の余地があるのか。
そこらへんを確認だけしてみようと思う。
一先ずは接触せずに遠くから観察することが望ましいと思う。
そうと決めたら、こんな魔物ひしめく森はとっとと出ていくに限る。
今日は疲労を感じないアンデッドの力を生かして全力疾走だ!
まあ、走るのは俺じゃないんだけれど。
「行くぞ紫炎! 全力疾走だ!」
俺は紫炎に跨ると、元気に声を張り上げる。
「ヒヒイィン!」
前脚を上げていななく紫炎。急に脚を上げたので驚いたが、今は時間があるので好きにやらせることにした。
きっと気合をいれるようなものだと思うし。
紫炎に乗った俺は日の出と共に駆け出した。
◆
日の出から紫炎を走らせることしばらく。
太陽の位置は随分と高いところにまで昇っている。時刻はちょうど昼ぐらいといったところであろうか。
昨晩とは違い、森の中はのどかな雰囲気に包まれている。
土と草木の青々とした匂いが辺りには漂っている。鼻なんてないけど。
心無しか魔物との遭遇率もほとんどなくなり、ウサギやシカのような草食動物が増えてきた感じだ。
何となく周りの雰囲気が変わり、どこか違う場所へときたのだということが感じられる。
そして極めつけは地面。
何と! 遂に! 人の足跡らしきものを見つけたのだ。
それも一つや二つでもない。人間の靴や草履の足跡だ。
これを辿って行けば集落や村、街へとたどりつけるはずだ。
たどりついたら足は人間でタコみたいな異形な生物だったら、泣いてしまう。
もう本当に。
早く人間になりたい……じゃなく、人間を見たい。
そしてこの世界がどんなものなのか確認したいのだ。
心を高鳴らせながら、俺は紫炎と共に進んでいった。
異世界人との出会いは近い!
それから俺は紫炎の速度を落とし、足跡をたどりながら進んでいた。
人間らしき生物がいるかもしれないのに、全力で走っていては危ないからだ。
むしろ、俺が見つけられるという行為はできるだけ避けなければいけない。
こちらが先に相手を見つけ、観察して判断するのだ。
ぱからぱからと紫炎の背中で揺られながら、周囲を観察する。
周囲の樹木の密度が減ったうえに、高さも低くなってきた。
道幅も随分と開けてきており、大人が三人手を広げて並ぶくらいはある。
それに誰かが開拓したであろうか、切り倒された倒木も多く見られる。
紫炎の背中から見下ろせば、多くの範囲を見渡せれるが、今のところ人影や人の声といったものは聞こえてきてはいない。
「人間、人間はどこですかー」
叫び声を上げたくなるが、我慢して小声で呟くことにする。
「お?」
奥へ奥へと続く足跡をたどっていくと、ポツリと木製の民家らしきものが目に入った。目はないけど。
「おお! 家だ! 木製の家だ!」
思わず興奮した声が出たが仕方がないと思う。
この世界にきて初めて家を、人が住んでいる証を見つけたのだから。
紫炎に足を止めてもらい、周りを見渡す。
今見える範囲に人影はなさそうだ。この民家が森の中にひとつあるだけである。
じーっと民家を観察してみるが誰も人は見えない。物音もしない。
本当に人が住んでいるのだろうか?
改めて見ると随分と古い民家だが、廃屋というわけでもない。
ちなみに足跡は民家でなくなっていることもなく、左に進む道の方へと続いている。
ちょうどここは二つの道が合わさる場所のようだ。
足跡が続く方にいけば集落のようなものがあるのだろうか。
しかし、目の前にある民家も気になる。
むしろ孤立している分、誰かがいれば観察しやすいものだ。
多くの人がいる場所は、こちらが見つかる危険もあるだろうし。
「……んー、とにかくこの民家に近付いてみるか」
少し悩んだ末に、民家へと近付いてみることにした。
紫炎から降りて、自分の足で歩く。
近寄ってみるがやはり物音はしない。誰も住んでいないかのような雰囲気だ。
いつでも全力で逃げられるように、紫炎を民家の裏に待機させておく。
それから俺は民家の周りをぐるりと回り、何も情報を逃すまいと観察した。
が、大してわかることはなかった。
裏に鎌や壺、布やらがあることから一応誰かが住んでいたことがわかったくらいだ。
造りも結構古いものだ。
それから民家の正面へ来ると、扉をコンコンと叩いて裏へと回り身を隠した。
ピンポンダッシュをしているような気分である。
………………。
予想通り誰もいないようだ。
そうとわかれば怖いものは何もない。
俺はツカツカと歩いて、自分の家であるかのように扉を開いた。
中は薄暗く、灯りのひとつもない。
ただ、食器らしきお椀に調理台、フライパンといった生活用品といったものはあった。
しかし、長い間使われていないようで、随分と埃が被っている。
他にも何かないか何かないかと、俺は室内のタンスを無造作に開けたりと、片っ端から調べまくった。
空き巣のような気分だが、俺がこの世界について知るためなんだと言い聞かせることにした。
「何だこれ?」
奥にある棚を眺めているとある物が目に入った。
思わずそれを手に取って眺める。
銀色というか灰色に近いプレートメイルである。しかし、俺の鎧の色よりは銀色に近い。
結構年季が入っているせいか、色は鈍く剥がれ、あちこちに傷がついている。
棚の下にはグリーヴに肘当てといった、防具がそれぞれ見受けられた。
上の棚には面頬付き兜が乗っていた。
それを手に取って眺めているところだった、
「ねえ、そこのあなた、そこで何をしてるの?」