嘆きの平原
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「いい? アンデッドの首を斬り落としても気を抜いちゃダメよ? 奴等はしぶといんだからそれぐらいじゃくたばらないのよ。スケルトンの首を落とした新人冒険者が油断して相手の武器でぶっすりと刺されることはよくあるから」
王都から嘆きの平原へと向かう道すがら、システィが魔物の情報を確認するように言ってきた。ちなみに王都から嘆きの平原までは歩いて一日の距離なので、アンデッド達と戦うことになるのは明日であろう。
あれか、首を落として倒したと思ったらまだ生きていて、相手の持つ武器や爪やらでやられてしまうということか。さすがはアンデッド、とんでもない生命力だな。
一瞬ゴキブリ並みの生命力と思いかけたが、今の自分がアンデッドだということを思い出してそっち方面への思考を停止させた。代わりに違う事を考える。
「待てよ。その方法は俺にも使えるかもしれないな」
わざと兜に攻撃を受けて絶命したように倒れ込む。そして敵が俺を倒したと油断したところで、ぬらりと立ち上がり奇襲をくれてやるのだ。
いいのではないかな? 知性の低いゴブリンなどが相手では倒れ込んだらリンチにされそうだが、ある程度の知性がある相手になら効くかもしれない。特に人間が相手になった時とか。
俺がそのような素晴らしい戦法を考えていると、システィが半目でこちらを見上げて言う。
「まあ、デュークもスケルトンと似たようなもの、というか同じアンデッドだものね。首がなくても問題なく生きているし」
「ちょっと待て。俺をスケルトンといっしょくたにするな。俺には高い知性があって、意思も感情もあるんだ」
あんな動くだけの骨と、俺のような動く鎧……このような言い方は止めよう。本当に同じように思えてきた。
とにかく、俺の方が頑丈だし? 意思や感情だってあるし、強いし! 比べるまでもないんだ。
心を強く持っていると隣を歩くシスティが、こちらを横目に見ながら失礼な事を口走る。
「でも、首は飾りなんでしょ?」
「よし、ちょっと手に持った杖をこっちに寄越せ。お前みたいななんちゃって魔法使いに杖なんて必要ない。どうせそんなの飾りだろうが」
「ひっどいっ! さすがに今回は魔法だって当たるに決まっているじゃない。相手はのろまなアンデッドの大群なのよ? 適当にぶっ放すだけでも当たるわよ!」
「酷いのはお前だ! どうせお前の事だから今回も外すに決まっている! どうせあれだろ? スケルトンの肋骨の骨の間とかにライトニングを通すんだろ? 今では立派な曲芸師だもんな」
俺にはそのような光景が鮮明に想像できる。むしろシスティが魔法を相手にバッチリ当てる姿なんて想像できない。
「そ、そんな事にはならないわよ! 今日は私の魔法でアンデッド達を殲滅してやるんだから、しっかり見てなさい!」
俺のあからさまな挑発に杖を握りしめていきり立つシスティ。
今までが今までなせいか、どもらずに言えていないところがカッコ悪く、こちらの不安を駆り立てる。
その意気込み通りにアンデッド達に魔法が飛んでいけばいいのだが。
今回は俺とシスティだけのクエストではない。周りに大勢の冒険者達がいるのだ。せめて怪我人が出なければいいが……。
「おい、ちなみにアンデッドの殲滅に俺を含んでいないだろうな?」
「…………」
「おい、何とか言えよ!」
◆
アンデッドの魔物について話し合ったり、対処法を確認したり、時に他愛のない話をしながら歩く事一日。
嘆きの平原の近くへとたどり着いた俺達は、その日は野宿をして身体を休めることになった。夜は魔物が活発になる時間帯であり、人間にとっては視界が悪くなり不利になる時間帯だ。
例え早めにたどり着いたとしても、俺達は野宿をして明日に開戦となっていただろう。
そして次の日の朝。
嘆きの平原が一望できる小高い丘へと、冒険者と神殿騎士は整列していた。
戦えない治療役の神官や修道女、兵站の人々などは安全な後方にてサポートへと徹しているようだ。さすがに神殿がバックアップについているだけあってか、回復のサポートは万全である。
神官の中にはやけにゴツイおっさんがいるのだが、あれも戦うのだろうか?
いや、騎士の近くに並んでいるのだから愚問か。そんな事を思いながら、俺は辺りの景色を見渡す。
早朝の嘆きの平原は常に霧が発生しているために、とても視界が悪い。
小高い丘から見下ろしているにも関わらず、霧が漂っているせいか数百メートルも見渡せない状況だ。これが嘆きの平原へとアンデッドが蔓延る原因の一つでもある。
通常のアンデッドは日の光に弱く、太陽がある時間帯は動きが悪くなる。
しかし、深い霧に包まれた嘆きの平原には日の光が滅多に差し込むことはない。なので、日中であっても彼らは元気というわけだ。
それに加えてこの視界の悪さ。そのせいで生半可な実力では返り討ちにされてしまうというわけだ。その他にも地面がぬかるんでいたりと、多種多様なアンデッドがいるせいで嫌われているということだ。
ちなみに俺はアンデッドだが、日の光を浴びても全く問題ない。吸血鬼でもないし、デュラハンといえばかなり高いランクの魔物だからな。水には弱いが。
「各員傾聴!」
全員がある程度揃ったところで、聖騎士であるリアが前で鋭い声を上げる。
少し低いがしっかりと通る威勢の良い声は、冒険者達の耳朶にしっかりと響き視線が前へと殺到する。
リアは突き刺さる視線を動じることなく受け止め、後ろへと控えた。
リアの凛とした佇まいがどこか男らしいと思うのは気のせいだろうか。
リアが後ろに下がったことにより、聖女が更に前に出る事となった。
騎士や冒険者の視線が聖女へと自然に移っていく。
そして聖女の口が開き、鈴を転がしたような声が大気に響き渡る。
またもや、聖女の演説なのであろう。
士気を高めるために、神殿としての面子を保つために必要なのはわかっていはいるが、俺は熱心な信者でもないし、聖女ラブでもないために飽きてしまう。
「こら、デューク。せっかく聖女様が前に出て話しているんだから、ちゃんと聞いているフリをしてあげなさいよ」
地面の湿り気具合を確かめるように足で地面を弄っていたら、隣にいるシスティが小声で窘めてきた。
「フリをしてってお前も何気に酷いことを言うんだな」
システィもシスティで飽きているようだ。同性だし、エリアル信者でもないしな。
開戦のパターンや作戦概要は昨晩のうちに聞かされている。
最初に少数の前衛を前に配置し、その後ろに遠距離魔法が使える魔法使いを配置する。
生者を憎むアンデッドは、生のエネルギー溢れる生き物がいるだけでわらわらと集まってくるそうなので、魔法使いがそれを魔法にて殲滅。そこへ前衛の騎士や冒険者達が突っ込むという大変わかりやすい作戦だ。
相手がアンデッド族の魔物であるために、それほど難しい作戦は必要ないのであろう。
半分くらいは冒険者達だし。あとは、それぞれが協力しながら立ち回るしかないであろう。
『――決して死なないで下さい。誰一人欠けることがないように、お互いが助け合って戦いましょう!』
などと、青い瞳をうるうると潤ませて、胸の前に両手を組む聖女。
そして騎士や冒険者が鼓舞のためか、聖女に見惚れて雄叫びを上げる。
昨日の夜は『嘆きの平原はジメジメして嫌です。スケルトンドラゴンとかリアが倒してくれますよね? デュークさんが盾になってくれますよね?』と馬車で騒いでいた癖に。
◆
平原を見渡せる小高い丘から降りた俺達は、嘆きの平原へと足を踏み入れて足を進めていた。ガチャガチャと鎧の留め具の音が鳴り、水気を多く孕んだ地面を踏み締める音がそれに絡み合う。
昔は大層綺麗な平原だったそうだが、度重なる国と国との衝突に今では湿地帯のようになっている。わずかに生えている雑草がどこかもの哀しい。
「アンデッドはまだかしら?」
俺の前を歩くシスティが、意気揚々と杖を構えてキョロキョロと顔を振る。その度に後頭部で結われた青色のポニーテールが遅れてさらりと揺れる。
現在の俺の位置は魔法使いの部隊のすぐ後ろである。
「私の魔法でアンデッド達をバッタバッタと倒してやるんだから」
システィ本人は最初に魔法を使おうと思っているだろうが、絶対にさせないぞ。
こんな密集した場所でシスティが魔法を放つと思うと、恐ろしすぎて背筋が凍る。そんなの人が密集している場所に爆弾を放り込むようなものだ。
バッタバッタと騎士や冒険者が倒れる事になる。
やる気に満ちているシスティには悪いが、その時が来たら意地でも止めさせてもらおう。こんな所で死んだら俺もアンデッドに……すでになっているな。
視界と足場が悪い中、ゆっくりと進みつつ散発的に襲ってくるアンデッドを倒す事しばらく。
「前方にアンデッドの大群を発見! 全隊停止せよ!」
前方にいる騎士の男の声により、一斉に足が止まる。
「ついに来たわね!」
それと同時に前にいるシスティだけでなく、多くの魔法使いが杖を構えだした。いつでも魔法を発射できるようにと集中力を高めている。
真っ白な霧が雲のように漂う前方には、人型の影が確かに蠢いていた。霧と同じような色合いをしているせいかわかりづらいが、あれは――。
「スケルトンだ!」




