聖女からのクエスト
――嘆きの平原
六十年前に起こった戦争によって、多くの人々が争い、倒れた場所。
多くの戦死者が放置されたせいで、負のエネルギーや魔力が集い多くのアンデッドが住み着くようになったのだとか。昔は青々とした綺麗な草が一面に生えていた平原だったが、今では雨がよく降り、霧が立ち込める事が多くなり湿地帯になってしまったのだという。
要は戦争の犠牲者のせいで、アンデッドが多く発生する湿地帯になってしまったというわけだ。スケルトン各種、リッチ、ゾンビ、ソウルイーターなどと多くのアンデッド族がうようよいるのである。何とも恐ろしい場所だ。その上霧のせいで視界は悪いし、足元はぬかるんでいるときた。
以前、システィがやけに嘆きの平原でのクエストを嫌がっていたのが納得できる。
「そこにいるアンデッド達が人々を襲わないように監視しているのが、私達エリアル神殿ですが最近どうもアンデッドの数が増えているようなのです。そこで様子を確認してみると嘆きの平原に多くのアンデッドが溢れかえっており、さらには災害指定種のスケルトンドラゴンまでもが目撃されたのです」
スケルトンドラゴンといえば、ゲームなどでも割と定番の魔物だ。ドラゴンの骸に負のエネルギーや、魔力が宿ってできた動くドラゴンの骨だ。
骨だけになってしまったとはいえ、大空の覇者であるドラゴンだ。この世界の魔物の生態系のトップともいわれるドラゴンの戦闘力は計り知れない。
恐らくとんでもない強さだろう。
「そうなると、冒険者ギルドに緊急クエストが発注されるんじゃ?」
「ええ、もちろんです。魔物の数が相当多いようなので多くの冒険者に参加してもらいます。今日明日中には正式にギルドにて発注されるかと。神殿からも多くの騎士や神官が討伐に向かうでしょう」
システィの言葉に聖女が詳しく答える。
「私とリアも神殿を代表して討伐に向かいます。恐らく私達はスケルトンドラゴンを主に相手にすることになるでしょう。しかし、相手は災害指定種の魔物。優秀な戦力が欲しいのです」
つまり、俺とシスティは聖女とリアに協力してスケルトンドラゴンと戦えと。
何という無茶だ。ドラゴンなんて架空でしかない存在見た事ないし、おっかないんですけど。同じアンデッド族だから言葉が通じて和解できたりしないだろうか。
「別に俺達じゃなくても他にも優秀な人がいるんじゃ……」
「デュークさんはアンデッド族のデュラハンです。私達にとってこれ以上ないほど頼りがいのある盾――ゴホン! ……前衛はいません」
「おいこら、今盾って言ったな」
「言ってないです」
あからさまに咳払いした聖女に突っ込むが、相手は目を逸らして知らんぷりをする。
この性悪聖女め。
それから聖女は失言など全くなかったかのように微笑みかけた。
「オーガを屠ったお二人の実力。頼りにさせてくださいね」
そんなわけで俺とシスティは、聖女達と一緒にスケルトンドラゴンの退治をやることになった。
◆
聖女との取引をした俺とシスティは、神殿から出ると来たるべく緊急クエストに備えて買い出しやら、情報集めをした。
どうせすぐに緊急クエストで働かされるし、成功すればお金が入るのだ。無理をしてクエストをこなすよりも、万全な体勢でクエストに臨んだ方がいいに決まっている。
アンデッド族の魔物は厄介な能力を持っている魔物が多いのだ。念入りに装備やアイテムを整え、魔物の生態や戦闘能力を頭に叩き込んでおいたほうが賢明だ。頭どころか首もないけど。
そんな風に慌ただしくも準備をしていると、ついにギルドが動いた。
「緊急クエスト! 嘆きの平原にてアンデッド族の魔物が大量発生しました! 冒険者の方は明日の朝に東の門の外に集合して下さい!」
冒険者ギルド内にて、受付嬢のよく通る声が響き渡る。
それと同時に朝のクエストの貼り出しを待っていた冒険者が騒然となる。
「嘆きの平原でアンデッドが大量発生だって!?」
「げっ、アンデッドかよー。あいつらグロイししつこいんだよなぁ」
「嘆きの平原って霧のせいで視界が悪いし、地面はぬかるんでいるからな。足が滑らないように装靴をしっかり整備しておこうか」
「どうする? 受けるか? それほど討伐しなくても結構な金がもらえるみたいだぞ?」
「アンデッドは苦手だから、今回はパスするわー」
などと、それぞれの会話をしながら思い思いの行動をとる冒険者達。
朝っぱらだというのにすでにギルド内のテーブルはどこも満席となり、冒険者達の作戦会議場となった。それと同時につまみや朝食を一斉に頼むものだから、ウエイトレスがテーブルとテーブルの間を縫うように走り回る。
「おいおい、スケルトンドラゴンとかおっかない魔物までいるのかよ……」
「でも、今回は聖女様と聖騎士様が相手するって話よ? 私達は相手しないと思うわ」
「うほっ! 聖女と聖騎士が来るのかよ!」
付け加えれば、そこに一体の魔物と外道魔法使いもスケルトンドラゴンと戦います。
「さすがに今回はアンデッドの数が多いのと、場所が王都から離れた嘆きの平原とあって、オーガの時のようにすぐに出発とはならないみたいね」
「まあ、今回は規模が規模だしな」
騒然とするギルド内で、俺とシスティは落ち着いた様子で呟く。
さすがにその日に緊急クエストを発注して、嘆きの平原にまで集まれというのは無理がある。場所も場所なのだし、装備やアイテムを整えなければいけないしな。
それでも緊急性が高ければ、オーガの時のように用意のできている冒険者から出発となるのであろうが。
「クエストが始まるのは明日の朝だしな。今日は身体を休めるか。昨日は準備やらで忙しくてあまり休めてないだろう?」
「ええ、そうしましょう」
俺達は緊急クエストの報酬、出現するであろう魔物、明日の集合場所についてなどを確認して宿屋に帰ることにした。
◆
そして翌日の早朝。空はまだ白じんだばかりで王都の人々がまばらに動き出す中。
俺とシスティは集合場所である東の門の外へと出た。
すると、そこには多くの冒険者達が集まっていた。いや、冒険者だけでなく、甲冑を着込んだ騎士や法衣を身に纏った神官、修道女などもいた。
騎士は騎士で整然と並び、神官と修道女がそれに続くように佇む。
騎士の甲冑の胸には、神殿を象徴する女神エリアルの横顔が紋章としてついていた。
騎士は騎士でも王に仕える騎士ではなく、神殿に、女神エリアルに仕える神殿騎士のようだ。
一方で冒険者達は隊列など知らんとばかりに、適当な場所に立って喋ったりしているので非常に分かりやすかった。格好や装備も雑多なもので統一感などもまるでない。
「うん、俺達はあっちだな」
「ええ、冒険者だもの。最初から連携なんてあんまりあてにしていないのでしょう」
俺とシスティは冒険者なので迷うことなく、冒険者の方へと歩く。
普段から訓練をしている騎士達に冒険者が交じっても上手くいくはずがない。
冒険者と騎士は戦い方や価値観、思惑などが大きく異なっているのだから当然であろう。
騎士には騎士の。冒険者には冒険者の戦い方というものがある。
恐らくは別々に対処するのであろう。
「今回は随分と人が多いな」
「大量発生したアンデッドの討伐だもの。戦える人の数は多いに越した事はないわ」
騎士や神官、冒険者と合わせて数百人にもなる今回のクエストは、人数だけでもこれまでとは違うのだという事を認識させられる。
俺とシスティがちょっと緊張しながら冒険者の方へと寄っていくと、こちらに気が付いた一人の冒険者が目を剥く。そして隣にいる男の肩を叩き。
「お、おい!」
「んだよ? 噂の聖女とやらが現れたのか?」
「ちげえよ! 後ろ! 後ろだ!」
「ああん? げっ! 外道!」
今、王都を最も騒がしている外道魔法使い、絶対にパーティーに入れてはいけない要注意人物ことシスティさんの登場です。
周囲にいる他の冒険者も外道魔法使いの存在に気付き、ざわめきを広げていく。
顔を近づけ合って密談を交わすようなひそひそ声。
「おい! これ集団戦だろ? あんなの連れて来ちゃダメだろ! 前に出た途端スケルトン共々俺達を討伐するんだろ!?」
「おい、ちょっとドレイクを呼んで来い。あいつからデュークに話して相方に帰ってもらえるように頼め」
「……あんな可愛らしい少女が外道魔法使いなのか」
聞こえてくる冒険者達の声には畏怖のようなものが込められていた。
「ん? 何か騒がしいわね? 何かあったのかしら?」
「…………さあな」
一方でシスティは自分がそんな風に思われているとは知らないらしく、小首を傾げて不思議そうにしていた。
魔道具店のお姉さんとか、女性冒険者の知り合いがいるはずなのにまだ知らないのか。
誰かさっさと教えてやれよ。
俺からは何も言わないけどな。俺が名付けたとか、噂を広めたとか疑われそうだし。
でも、世の中知らない方が幸せな事ってあると思うんだ。それに女性冒険者にとって舐められないというのはいいことだと思うし!
「……隣にいるのは動く要塞か? いくら相方から魔法をぶつけられてもピンピンしてるって」
「ああ、ドMのデュークだ。じゃなきゃ、外道魔法使いとコンビなんか組まねえだろ」
おい、ちょっと待て! 今の言葉誰が言った!? 訂正させろ! 俺とシスティはそんな歪んだコンビではないぞ!
「全員整列!」
俺がそう叫ぼうとしたところで、タイミングの悪いことに騎士達の野太い声が一斉に響いた。ザッと地面を踏み締める音が揃い、騎士達の佇まいがよりピンとしたものになる。
ちっ、今大事な時なのに何だっていうんだ。さっさと間違った噂を止めなければならないというのに。
そんな歯がゆい気持ちを胸に抱きながら、振り返ると後方の門から一台の馬車が出てきた。
ガラガラと車輪の音を立てて駆けて来る馬車。王都の中で見かける木製の荷運び用の馬車とは違い、人を乗せることを目的とした真っ白な箱型の馬車だ。
側面部には窓がついており、騎士の紋章と同じものがデカデカと取り付けられていた。
ここまですれば誰がきたのかはもう簡単に想像がつくな。
馬車の到来に俺達冒険者も自然と道を開ける。
割れた人垣の中を馬車は悠々と進み、騎士と冒険者の立ち並ぶ先頭位置にて停車した。
皆が黙ってその光景を見つめる中、馬車の扉が開かれ聖騎士であるリアが降りる。
そして、先に降りたリアの手を取って姿を見せたのはエリアル神殿が誇る聖女、アリアンヌだ。
聖女が聖騎士の手を取って馬車を降りる。
たったそれだけの光景だと言うのに、この場にいる誰もが視線を奪われて固まっている。
美しい金髪の少女が銀髪の女性に手を引かれて馬車から降りる様は、まるで物語のワンシーンのようでとても美しく見えた。
朝の冷たい風が聖女の金髪をなびかせ、宙に金色の軌跡を描く。
聖女はその風を受けて気持ち良さそうに瞳を細めると、顔を上げてゆっくりと口を開いた。
「エリアル神殿の聖女、アリアンヌです。皆さん、今日は緊急クエストに参加して下さりありがとうございます。人々を守るために立ち上がる勇気ある人々がこんなにもたくさんいらっしゃることが私はとても嬉しいです」
まるで聖母のような微笑みを浮かべながら、辺りをゆっくりと見渡す聖女。
先程までざわめきに包まれていたはずの場所が、たった一人の少女によって静まり返っている。騎士や神官はともかく、冒険者達は皆聖女に魅入っているのだろう。
俺も何も知らず、人間の身体であれば奴等と同じような呆けた面をしていたのかもしれないな。
「今回は嘆きの平原にアンデッドが大量発生したとのことですが、皆さんの力があればきっと切り抜けられると心より信じております。そして、私も神殿を代表して皆様と共に戦場に向かわせていただきます。少しでも皆様の負担を減らせるように、微力を尽くしたいと思いますのでよろしくお願いします」
スケルトンドラゴンの討伐が微力ですか。何を倒せば大きく貢献することになるのだろうか。などとチラリと思っていたが、士気向上のための方便なのだから仕方がないだろう。
そして聖女が小さく頭を下げると、どこからともなく奇声が発せられた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
一斉に湧き上がる雄叫び。そのあまりの声量にシスティが思わず顔をしかめて耳を押さえる。ここら一帯にある大気がビリビリと震えるほどだ。恐らく王都にまでこの雄叫びが響いているのではなかろうか。
「聖女様が出るんだ、かっこいいところ見せなきゃなあ!」
「聖女様を見れるだけでもクエストを受けた甲斐があるぜ」
冒険者の野郎は単純なものである。綺麗な女性がいるとついカッコつけたくなるものだ。
ちらりと先頭にいる聖女を確認すると、口端を引きつらせながらもにこやかに手を振る聖女の姿が。
この大音量を飛ばされる場所にいるのだからかなりの音量なのだろう。
今にも逃げたそうにしているが、後ろで待機しているリアが地味に肩を掴んでいるために逃げられないというわけだ。
聖女の苦痛は皆の雄叫びが止むまで続き、収まった途端に彼女はそそくさと馬車へと乗り込み出発となった。




