首を探している
結界が解かれ、リアに続いて室内に入ると、そこはまるで別空間のようであった。
天井は高く、三階建てくらいの高さまで広がっている。その室内を照らすのは柱や壁に取り付けられた燭台による仄かな光と、ズラリと取り付けられたステンドガラスによる光である。僅かに発光するステンドガラスの寒色と、燭台による暖色がちょうどよく相まっており、冷たすぎずに落ち着いた印象を与えてくれる。
「……わー、綺麗な室内。それに空気が澄んでいる」
隣を歩くシスティがゆっくりと息を吸いながら、目を動かしていく。
これが普通の感想だと思うのだが、さっきまで俺の苦手とする聖属性の結界に包まれていたせいで、空気がかなり悪い。
「俺からすれば有毒ガスに満ちているような室内だけどな」
本来はシスティのように澄んでいる空気として感じられるであろうが、俺としては濁っているふうに感じられ居心地が悪い。聖属性の結界のせいで、空気が浄化されているのであろう。
「まあ、デュークはアンデッドだしね。身体は平気なの?」
「なんか鎧の表面がピリピリする。鳥肌とかできていそうだ」
「デュークに肌なんてないでしょうに」
俺達がそんな事を言いながら歩いていると、前を歩くリアがこちらに視線を送っていた。
それからすぐに前を向いてしまい。何も言わなかったのだが、静かにしろということだろうか?
俺達の視線の先には、数段の段差の上に佇んでいる少女がいる。神殿が誇る聖女アリアンヌだ。
銀髪赤目の少女アリアではなく、初めて広場で見かけた優しい笑みを浮かべた金髪碧眼の姿だ。
髪の色や瞳の色で随分と人の印象というものは変わるものだとしみじみと思う。服装だってワンピースではなく、白と青を基調とした豪奢な法衣である。完璧な聖女の正装だ。
俺達が近くまで寄って立ち止まると、リアが壇上の傍へと移動して、そこが自らの場所だと言わんばかりに待機する。
いざとなったら。あの聖槍とかいうおっかない槍を持ったリアが襲いかかってくるのだろうか。本当に怖い。
それから聖女がすーっと息を吸って口を開いた。
「ようこそエリアル神殿へ、デュークさん、システィさん。改めまして私、エリアル神殿の聖女をしておりますアリアンヌと申します。本日は突然お呼びだてしてすみません」
聖女の声が鈴を鳴らしたように室内に響き渡る。
「い、いえ」
室内の粛々とした空気と、聖女の楚々とした様子にたじろぐシスティ。
これがカフェでジュースを噴き出したり、広場で暴れていた少女とは想像すらできないな。誰だこいつ。
「それでは早速、本日デュークさん達を呼び出した件について話しますね」
聖女の言葉に俺とシスティが身体を強張らせる。
早速きた。一体何を言われるのやら。
魔物であるデュークさんにはここで討伐されてもらいます。とかいうのが一番恐ろしいことなのだが、それだとシスティを呼ぶ必要もない気がする。
いくら護衛である聖騎士のリアが強いとはいえ、確実に討伐するのならばもっと他の護衛なり騎士なりを配置するはずだ……。
「以前私が言いました。私には人々に宿るオーラを見る事ができると。それにより人間か獣人かエルフかドワーフかなどと種族を見分けることができます。オーラは魔物にも存在しており、デュークさんは魔物と同じオーラをしているのです。改めて聞きます。デュークさん、貴方は人間ではなく魔物ですね?」
「…………」
バレているのは知っているが、この聖女相手に「はい、そうです」と認めるのは癪だな。
そんな俺の沈黙を躊躇いと受け取ったのか、聖女が優しげな声を出して語りかけてくる。
「先に言っておきますが、魔物であると言ったとしても私達は討伐しようとは思ってはいません。……人々に害を与えないかぎり」
その最後の一言が怖い。
隣にいるシスティが心配げに視線を向けてくる。
「……確かに俺は魔物だよ」
「システィさんもそれを知っているのですね?」
「はい」
聖女からの問いかけにシスティが力強く頷く。
「デュークさんの魔物としての名称は?」
「……恐らくデュラハンだ」
「やっぱりアンデッド族のデュラハンですね!」
聖女がなぜか少し嬉しそうな声を上げる。広場での推測が当たっていたからであろうか。
「デュラハン、圧倒的な防御力、攻撃力。それに死の馬による移動能力まで兼ね備えた災害指定種ですね。なにより相手に無条件で死を与える死の宣告の力が恐ろしい」
壇上近くに佇むリアは神妙な厳しい顔つきで呟く。
災害指定種て。しかし、そう言われると納得できるかもしれない。
並みの魔法も武器も通じない、圧倒的なパワーで相手を粉砕。そして紫炎に乗って移動すれば誰にも追いつかれることはないだろう。
そんな移動する魔物は人間にとって災害みたいなのだろうな。そりゃ緊急で討伐クエストが発注されるわけだ。
「デュークって、死の宣告なんてできるの?」
「できたら、とっくに使ってるわ」
システィがどうして今まで使ってくれてなかったのよ? と言いたげなジトッとした視線を向けてくる。
そんな即死チート持っていたら、魔物と出会う度に使っているわ。
「死の宣告が使えないのですか? デュラハンなのに? では死の馬は?」
死の宣告が使えないと聞いて、訝しんだ表情をするリア。
「そっちは呼び出せる」
俺も不思議に思っているんだよなあ。デュラハンといえば、即死技の死の宣告が使えるはずだろ? スライムが出て来る有名なゲームのように、華麗に即死技で相手を全滅。
強キャラとかボスには効かない設定なのだが、この世界においてはそんなのなさそうだし、あれば楽なんだろうけどな。
「デューク、死の馬に乗れるの?」
「死の馬なんて不愛想な名前で呼ぶな。紫炎と呼べ」
「し、しえん……?」
俺のネーミングが気に入らないのか、システィが微妙そうな顔をする。
実際に紫炎を見れば納得するから!
「デュラハンだというのに死の宣告が使えないのは変ですねぇ。オーラを見る限り隠し事をしている風にも見えません」
聖女が小首を傾げながら不思議そうに呟く。
そんなことまでわかっちゃうの? 大体の感情などを見る事ができると言っていたし、微かな動揺や焦りから推測するのかもしれないな。嘘発見器みたいで便利そうだ。
「簡単に流せない事ですが、今は置いておきましょう。それより聞きたいのはデュークさんの目的です」
「目的?」
「ええ、そうです。魔物、デュラハンであるデュークさんがどうして人間の住む街で暮らし、冒険者をしているのか」
確かに災害指定種の魔物が、王都で人間の真似事なんてしていたらおかしいと思うだろうな。疑問もごもっともです。
「高位の魔物になると人間の言葉を理解するほどに知性の高い魔物が多いです。特にアンデッド族は生前の記憶や意思をなぞって行動することが多いですから、人間のように穏やかに暮らす魔物もいます」
さすがは対アンデッド専門の聖女様。アンデッド族の魔物については詳しいようだ。
「問題は憎悪や悪意を持って行動している場合です。これらの意志を持つアンデッドは非常に凶悪で、これまでに何度も歴史に大事件を刻み込んできました」
「デュークはそんな事しないわよ」
聖女の言葉にシスティがすかさず反応する。我がパートナーの信頼が嬉しい。
「ええ、オーラを見れば邪気がないのでそのような事をしないと私は思っています。しかし、私は神殿の聖女としてそのような可能性を未然に防ぐように見定める義務があるのです」
微笑を湛えながらも透き通った青色の瞳をこちらに向けてくる聖女。その青い瞳は人の心までも映していそうだ。
目的、目的か。俺は思わず代用している兜を指で撫でる。
このぽっかりとした喪失感はやはり何とも言えない寂しさがある。綺麗に整ったパズルに一つだけピースが欠けているような。そんな寂しさ。
この一つのピースはかなり大きなサイズなのかもしれない。そして、かなり大切な物なのかもしれない。
デュラハンといえば、首を脇に抱える魔物。それでいてこそデュラハンだろう。
こんな胸にぽっかりとした空虚感があるのは嫌だ。
聖女、システィ、リア。三人の視線が突き刺さる中、俺ははっきりと告げる。
「……俺の目的は首を探すことだ」
少し遅れてすいません。課題やらで最近リアルが少し忙しいです。これからも頑張って更新したいと思います。




