聖騎士来訪
「最近は魔法の調子もいいし、この調子で今日もクエストをこなすわよ!」
「…………」
「何よ?」
「……何でもない」
採集クエストをこなした翌日の朝。ご機嫌な様子のシスティと宿屋の一階へと降りる。
機嫌がいいのは、昨日の夜に料亭でマッコリキノコを食べてきたからであろう。
魔道具店のお姉さんと行ってきたらしく、相当ご満足できたようだ。
昨晩べろんべろんになって帰ってくるほどであった。酒とマッコリキノコの香りを漂わせて「いいでしょー」とか絡んできたのはとてもウザかった。
しまいには「デュークの身体も空っぽだから美味しいご飯も食べられなくて可哀想」とか言ってきたのでベッドに放り込んでやったのだが覚えてないようだ。
高級料亭で食べるマッコリキノコ。……羨ましい。
俺も稼いだお金でお腹一杯食べて、お酒を呑みたいのに。
「今日も天気がいいわね」
元気一杯にポニーテールを揺らすシスティとは正反対に、落ち込んだ様子で通りへと出る。
宿屋の前の通りへと出れば、いつものように朝早くから人々が行き交っているのだが、今日はどこか様子がおかしい。
大通りほどではないが、この時間帯なら通りは多くの人々で埋め尽くされているのだが、宿屋の前だけを避けるようにして人々が歩いていた。
「何か妙に宿屋が避けられているな」
「それに皆がこっちを見ているような気がするわ」
妙によそよそしい人々の様子を見て首を傾げていると、すぐ近くから凛とした女性の声がかけられた。
「失礼、貴方がデュークさんですね?」
そちらの方へと振り返ると、そこには白銀の鎧に身を包んだ銀髪の女性がいた。
女性にしては長身であり、スラッとした身体つきでありながらしなやかな筋肉がついているのがわかる。
事実、そのしなやかな手には重々しそうな白銀の槍が軽々と持たれている。
そしてこちらを射抜くような切れ長の赤い瞳。
間違いない。広場で聖女の護衛として控えていた神殿の聖騎士だ。
目の前にいる聖騎士の気品と威圧感のせいか少し緊張しそうになるが、街中で聖女を追いかけている姿を思い出して霧散した。
「……ふっ」
「……どうして笑うのです」
おっと。つい笑みの声が漏れてしまった。聖騎士がどこか不思議そうにする。
聖女を追い回していた町娘のような姿と、目の前の凛とした聖騎士の姿を比べれば仕方がないと思う。
「いや、すいません。つい思い出し笑いを」
「そ、そうですか」
いきなりそんな事を言うわけにもいかず適当に誤魔化すと、聖騎士は少し顔をしかめたが気にしないことにしたようだ。
何となく居心地が悪くなったのでこちらから切り出す。
「俺はデュークですが何か?」
どうして聖騎士がこんな所にいるのだろうか? 頭の中でそんな考えが浮かんだが、嫌な予感しかしない。
隣にいるシスティはどこか不安そうにしながら、俺と聖騎士を見ている。
「私の名はリア=エレオノーラ。エリアル神殿の聖騎士の任についておる者です。この度は神殿の聖女であるアリアンヌ様の命によりお迎えいたしました。神殿までご同行をお願いします」
やはり聖女が関係しているのか。というかアポなしで聖騎士のお出迎えとか突然すぎる。
わざわざ聖騎士を寄越してきたということは、逃がすつもりがないというわけだろうか。
「デュークが神殿に呼ばれているってどういう事ですか?」
システィがおずおずと聖騎士に尋ねる。
「貴方は知っているのですよね?」
「な、何をですか?」
「デュークさんの秘密についてです」
リアの言葉にシスティがハッと目を開く。
どうやらリアは聖女から俺の正体について聞いているらしい。
一瞬、俺を討伐しにきたのではないかと思ったが、先程リアは大聖堂まで付いてきてほしいと言っていた。
えらく物騒な槍を持っているが、討伐にきたというわけでもないのだろう。
「……デューク」
システィが杖を不安そうに握りしめながら、見上げてくる。
「言っておきますが、我々はお二人に危害を加えるつもりはありません。少しお話がしたいだけなので」
聖女に魔物であることがバレてから覚悟はしていたが、どうやら行かないわけにもいかなさそうだ。
◆
「間近で見ると、やっぱり迫力があるなー」
「こっちが王城だって言われても信じちゃいそうよね」
聖騎士であるリアの後ろを付いて、北上した俺達は神殿へとたどり着いていた。
大理石で造られた入口には大きな門があり、その先へそびえる白亜の塔、神殿へと続いている。
門の前には俺達の他にも、神官衣に身を包む者、一般市民、甲冑に身を包む騎士、冒険者などと様々だ。その全ての者が門を潜り、誘われるように塔へと向かっている。
近くにリアがいるせいか、少し視線が集まっている気がするが、ここまで来るとマシになった気がする。
王都の通りを聖騎士に連れられて歩いた時は、それはもう好奇の視線に晒されまくった。
「ついに、外道魔法使いが何かやらかした」という声が囁かれ、知り合いの冒険者を見れば「おい、デューク何をしたんだ?」と視線で問うてくる。
非常に居心地の悪いものだった。今度ギルドに行くのが、少しばかり億劫だ。
門を眺めながら心の中でため息を吐いていると、
「では、神殿の中へと向かうので付いてきてください」
リアがしなやかに伸びた脚を進ませた。
俺とシスティもそれに続く。
門を潜ると、白亜の塔へと延びる一本道だ。それを囲うように大理石の建物が建っており、その屋根は鮮やかな翡翠色に彩られている。
視線を横に流せば緑豊かな芝が広がっており、その近くには水場が設けられていて、実に自然と調和しているようであった。
どこか物々しい神殿の雰囲気を和らげるための設計であろうか。
そんなちょっとした工夫や建物に目を奪われながら奥へと進む。
神殿の内部に入ると大きな女神像が目に入った。
「わあー……」
五メートルはある精緻に掘られた女神像を見て、システィが声を漏らした。
そんな声を漏らしてしまうほどの雰囲気を女神像は醸し出していた。仄かに窓から差し込む陽光と、静謐な神殿内の雰囲気が見事に相まっているお陰だろう。
現代日本を生きていた俺も、こんなに美しい像は見た事もない。
「こちらです」
リアがそう声をかけて来たことで、俺とシスティは現実へと引き戻される。
おお、神殿内の雰囲気に呑まれてしまった。
そんな俺達の様子を確認すると、リアは左の通路へと歩いていった。
どうやら聖女は神殿の奥にいるらしい。
白亜の円柱が立ち並ぶ、静寂に満ちた空間を進み奥へ。
歩くさなかに聞こえるは、俺達の足音とリアとシスティの微かな息遣いのみ。
本当ならば廊下の壁にある壁画のようなものを見て、「何だこれ?」とか言ってやりたいがそれすらも憚られる雰囲気だった。
そうして無言の中、いくつもの空間や廊下、または階段を上ってしばらく。
どこか重々しい扉の前までやってきた。
さっきチラッと廊下から外の様子を見た限り、結構な高さであることはわかった。
「失礼。聖女様に声をかけるので少々お待ちください」
リアは俺達にそう言うと、多い扉に手をかけて中へと入っていった。
残された俺とシスティはどちらともなく視線を合わせる。
「……聖女様、何の話をするんでしょうね?」
「さあ、俺にもさっぱりわからん」
魔物であることを知った聖女が、俺に何を話すのか。
内密に王都から出て行けと言われるのか、ここで聖騎士と聖女に襲われるのか。
システィも連れてきているし、今更襲うという選択肢はないと思うが、何をするのかさっぱりだ。
「お待たせいたしました。どうぞお入りください」
そんな事を考えていると、リアが扉を開けてくれた。
俺とシスティはリアに軽く礼をして足を進める。
その瞬間、身体に寒気のようなものが走ったが、中にいる聖女のせいだろうと思いそのまま進むと。
「痛え!」
踏み出した足が何か硬い物にぶつかり、焼けるような痛みが走った。
それにより、弾かれるようにして俺は下がる。
「いひゃい! 急に下がって来ないでよ!」
その時に俺の腕がシスティに当たったのか、システィは涙目になって赤くなった鼻を押さえていた。
「あっ、悪い」
鼻に手を当てて鼻血が出ていないか確かめるシスティに素直に謝る。って今のは不可抗力なのだが……。
「というかコレは何なんだよ! 目の前にピリピリする壁があるじゃねえか!」
指先だけ伸ばしてみると、侵入を拒むように青白い雷が指先を焦がした。
「……あっ、すいません。ここには聖女様が聖属性の結界を張っていたのでした。……しかし、本当に貴方はアンデッド族の魔物だったのですね」
そしてリアがどこか納得したように言った。
もしかして、これをリアに見せるためにわざわざ結界を張っていたのだろうか?
「結界? 何もないんだけれど?」
システィが入口で杖を恐る恐る差し出し、何もないことを確認すると手を無造作に伸ばした。俺がそんな無造作に手を突き出したら、壁に阻まれて突き指しそうだ。
「聖属性の結界ですから、悪しき魔物以外には特に効果はありません。精々人が入ってきたことを察知するくらいです」
それでも十分便利だな、おい。他にも効果がありそうで怖い。
「感心してないでこれをどけてくれよ。入れないじゃないか!」
俺が憤慨して言うと、それを聞いたシスティがニヤリと笑い。
「しょうがないわね、デュークは……」
小さな子供の手を取るように、俺の手を取るシスティ。
「ほら、こっちにおいで」
柔らかい笑顔とは裏腹にかなりの力を込めて俺を引っ張ってくる。
「バカやめろ! 何無垢な笑顔で手を引いているんだよ。そんなことしたら結界にぶつかって全身が焼け焦げるだろうが!」
しかし、今の俺は全長二メートルの全身鎧。魔法使いの小娘如きに引っ張られるデューク様ではないわ。それに背中に背負っているアダマンタイトの大剣が俺のウェイトを絶望的に引き上げているだろう。
俺を押し込みたければ力自慢のドワーフ四人は必要だな。
そんな俺達の様子を見て、リアが後方にて槍を構える。
「……ふむ、私がこの聖槍で後ろから突いて、押し込みましょうか?」
「やめて下さい。最初に見た時からずっとそれが怖かったんです。それをこっちに向けないで下さい」
名前からして聖属性が付与された特別な槍ですよね? 俺のアンデッドとしての本能が危険だとずっと警鐘を鳴らしていたんです。
押し込むんじゃなくて串刺しにされてしまう。
「やはり自分の弱点になるものには敏感なのですね。……まあ、冗談はこのくらいにしておき、聖女様に結界を解除してもらいましょう。多分お忘れになっているだけだと思うので」
そう言って、室内へと入っていくリア。
ただ忘れていただけかよ、あいつ!
全体重を使って引っ張るのを、軽く解いてやるとコテリとシスティがお尻から倒れる。
システィの抗議を無視していると、中から聖女の声が反響して聞こえてきた。
「リア、いつになったら入ってくるんですか? さっきからずっと待っているんですけど……」
「お前の結界のせいで、俺が入れないんだよ!」




