薬草とマッコリキノコ
冒険者ギルドにてクエストを確認した俺達は、王都の近くの森に来ていた。
採集クエストは掲示板に多く張り出されているために、別に受けていなくとも後で対象となる素材を持っていけば報酬をくれる。
なので、冒険者の多くは討伐クエストをこなしつつ、採集クエストをこなしている奴等が多い。そうすればより多く、楽に稼げるってわけだ。
冒険者によっては採集クエストだけを本業にしている変わり者もいるそうだが、相当な腕や目利きがないと難しいらしい。薬草だと思ったら毒草では話にならないのだ。
「これ薬草じゃね?」
ギルドの図鑑で見た薬草の記憶を頼りに、草を掻き分けて薬草らしきものを摘む。
少し離れた所にいるシスティは、こちらを一瞥して一言。
「……それ雑草よ」
このやり取り。もはや何回目であろうか。
「近くで見てないのにどうしてわかるんだよ? どう見ても図鑑で見た薬草じゃないか!」
「葉っぱの形が違うわよ。正しいのはデュークの右足の所に生えているやつ」
システィに言われて見下ろすと、そこには俺が手に持つ雑草とは微妙に葉の形が違うものが。
「おお、貴方様が薬草であられましたか!」
俺は手に持った雑草を放り投げて、足下にある雑草様を優しく摘み取る。
これが五つで百キュルツ。
森の中で二十キュルツ拾ったようなものだ。そう考えると雑草の中からお金を見つけ出すようなものだ。採集クエストも楽しいものである。
安さについては、子供の小遣い稼ぎともいわれているので仕方があるまい。これは採集クエストの中でも一番簡単なものなのだし。
薬草様をじっくりと観察しながら、同じ形状のものを探す。
「どこだー、二十キュルツ」
「ちょっとその探し方やめてよ。あと左足。二十キュル……薬草を踏んでいるわ」
「なぬっ!?」
慌てて指さされた場所から足を退ける。
そこには俺の足に踏まれて、へたれた薬草の姿が。
「へたれちゃっているわね。まあ、それくらいの傷みなら半値くらいで買い取ってくれるわ」
「……いや、この曲がった茎を真っすぐに伸ばしてやれば」
「わかっているとは思うけれど、目立たないように混ぜて提出もダメよ? ギルドの職員が一つ一つチェックするし、私達の信用がなくなるんだから」
「も、勿論そんな事はしないさ」
ははは、冒険者は信用があっての職業。そんなせこい事、少しも考えてなんかいないからね?
「ちょっと考えたわね」
システィがどこか呆れながら摘んだ薬草を草で縛り、ポーチに入れていく。
俺はまだ二つしか摘んでいないというのに、システィはもう十は摘んでいる。
いつもの俺とシスティの魔物討伐数と正反対だ。
魔法はてんで駄目な癖に採集は上手いんだな。
俺としては逆くらいのスペックの方が遥かに嬉しいのだが。
それからシスティは、周囲にある薬草を採り終えたのか、軽やかな足取りで進んでいく。
てててと駆けては急にしゃがみ込んで薬草を摘み出す。
その度に青いポニーテールがゆらゆらと動いていて、どこか見ていて楽しい。
「随分と慣れているんだな」
「昔はお母さんとこうして山で薬草を採っていたからね。経験の差って奴よ」
俺の言葉にどこか得意げな様子で答えるシスティ。
「ほら、デュークこっちに来てみなさい。ここに薬草がいっぱいあるわよ」
システィがこっちこっちと手を招くので、俺はそちらに寄っていく。
「ぶぺっ!?」
すると、右足に何かが引っかかり俺はバランスを崩して無様に倒れ込んだ。
「あはははは! デュークってばこんな子供騙しの罠に引っかかって情けないわね」
身体を起こすと、目の前には悪戯が成功したという風に笑うシスティの姿が。
……この野郎。
システィの笑い声を聞いてイラッとしながら足元を確認すると、草でできた輪っかに足が引っかかっていた。
いわゆる草結びという罠だ。ご丁寧に草をねじらせて、簡単に千切れることがないように結ばれている。
辺り一面に雑草が生えていて気にもしなかったのだが、よく見れば簡単に見破ることができるではないか。
だというのに、俺はシスティに誘導されて引っかかってしまったのか。
何とも腹立たしいことである。
俺がむくりと体を起こすと、システィは仕返しを恐れたのか逃げるように離れていく。
「おいバカ! そっちの木はトレントだぞ!」
「うえっ!? 嘘!?」
俺の焦った言葉を信じたシスティが、真顔になって急ブレーキ。
そして、ケープを翻してすぐ傍の木へと杖を構えた。
やけに良い反応なのは前回エルダートレントの討伐クエストを受けたお陰であろう。あのクエストを受けてからは、何もない木にも警戒してしまうようになった最近だ。
なんせ俺達じゃあ近くに寄るまで、トレントか普通の木か全く区別がつかないからな。
システィ何かは、俺が王都の道に生えている木を指さして「トレントだ!」と叫ぶと、慌てて杖を構え出すくらいだからな。
「あっ! また騙したわね! ――って痛い!」
俺の嘘に気付いてハッと振り返ったシスティの額に軽くデコピン。
システィは涙目になって額を押さえ蹲る。
「うう、デュークのデコピンは卑怯よ」
◆
そのような事がありつつも、システィが採集慣れしているお陰で俺達は多くの薬草を手に入れることができた。
勿論薬草以外にも、野苺、ネムリ草、山菜、木の実、貴重なキノコといった様々なものを採集している。ギルドにて売却すればそれなりの額になるのではないだろうか。
それでもやはり討伐クエストより実りは少ないし、何やかんやで魔物と出会ったりするので採集クエスト専業で暮らすのは難しそうである。
「それじゃあ、そろそろ帰るか」
「ええ、そうしましょう」
パンパンに膨れ上がったポーチを下げながら、俺とシスティは上機嫌で帰路につく。
「今日は貴重なマッコリキノコが採れたのよ。宿のおばちゃんにマッコリキノコのお吸い物を作ってもらうわ」
隣を歩くシスティが、マッコリキノコの香りを嗅ぎながら笑顔で言う。
マッコリキノコは、エリンギのようなずんぐりとした形をしており、香りがとても良くちょっとした高級品なのだとか。高級な料亭などで食すことができ、売れば三万キュルツはするほどだ。
「よし、そいつを貸せ。俺がギルドで売却してやる」
「嫌よ! これは私の今日の晩御飯にするの! デュークってばご飯を食べることができないから嫉妬しているのね!?」
俺がそう言うと、システィはマッコリキノコを抱きしめてこちらに背を向ける。
くっ、別に羨ましくなんか……羨ましく何かないもんね!
炭火で焼き上げたり、ご飯と混ぜたり、土瓶蒸しに……。
「いやいや、そんな事はない。システィが俺に借金をしているからだ。だから贅沢などせずに、俺にお金を少しでも返済するべきなんだ。決してシスティだけがマッコリキノコを食べられることが腹立たしいとかいう理由ではない」
「絶対最後の方が主な理由じゃないの! 今日は私が頑張ったから、自分へのご褒美としてこれを食べるの!」
「……お前は仕事に疲れたОLか」
「ОLが何かは知らないけど、マッコリキノコは売ったりしないから!」
マッコリキノコを大事そうに抱えて駆け出すシスティ。
俺がその後姿を眺めていると、システィが急に崩れるようにして勢いよく倒れ込んだ。
特に足場の悪い地面でもないのに、どうして転んだのか。
これが先程、システィが仕掛けた草結びのせいなら思いっきり笑ってやるのだが、残念ながらそうでもなかった。
ただの開けた森の中で、雑草の類は全く生えていなかった。
システィの運動神経は悪くはないので、何もない場所で転けるほどマッコリキノコが食べたかったということだろうか。
焦って足が絡まったにしては変な転びかただったな。
「おいおい、冗談だって。何もないところで転けるほど、マッコリキノコが食べたかったのかよ」
「……ううう、足が何かに嵌った」
派手に転んだシスティに手を貸してやろうと近付くと、ここら一帯が穴だらけという事に気付いた。
「ん? 何でこんなにも穴が空いているんだ?」
『ギョ?』
俺の疑問の声と重なる濁声。
鼻を打ったシスティが痛みに顔をしかめながら僅かに顔を上げ、俺は声がした場所を見下ろす。
そこには穴から顔を出す、モグラのような生き物がいた。
茶色くふさふさとしたような毛に包まれており、目といったものなどは見えず、赤くて丸い鼻がちょこんと付いている。
一番目を引くのは、土を掘るために発達した異様に大きな手だ。
土を削る爪は太く、とても固そうだ。
そんな大きな手には先程までシスティが大事に抱えていた、黄色いマッコリキノコが挟まっていた。
……何というベタな展開。




