それでもいつも通りに
お待たせしました。
前半デューク。
後半は聖女視点になります。ご注意を。
「聖女様に魔物だってバレたって?」
俺と同じ間取りの一室でベッドに腰掛けたシスティが素っ頓狂な声を上げる。
聖女に襲われて逃げるように宿屋へと帰宅した俺は、早速システィに相談していた。
広場で使ったあの魔法は間違いなく、神聖魔法とやらだろう。
神聖魔法が使える者は聖女以外に存在しないので、あんな残念な奴でも聖女だということが証明されてしまったのだ。
「神聖魔法が使える聖女は、天敵だから見かけても絶対に近付かないとか言っていたじゃないの」
「向こうからやってきたんだよ」
「広場で一度見かけた時に、デュークが聖女様に目をつけられるような怪しい動きでもしたんじゃないの?」
こいつは自分の事を棚に上げておいて、いけしゃあしゃあと。その日、どこかの魔道具店にファイヤーボールをぶつけて半壊させたのは誰であっただろうか。
「どこかの誰かとは違って何もしてないっつうの。ただベンチに座っていただけだ」
「う、うるさいわよ! わざとじゃないんだから!」
痛い所を突かれたシスティは、バツが悪そうに己の杖を撫でる。
わざとであれば、今頃システィは留置所にでも放り込まれて、マカロンのお世話になっている頃だろう。
にしても、その時に気になることがあったと言えば、聖女が俺の事を指さして「ああっ!?」とか叫んでいたことだろうか。
あの時は俺には関係ないと思って、ちょうど買い物を終えたシスティと一目散に逃げたわけだが……。あの時に俺が魔物だとわかったのだろうか?
それならば、あの驚きようと意味深い叫び声にも少しは納得ができるのだが……。
「じゃあ、どうして聖女様はデュークが魔物だとわかったのよ?」
俺が少し考え込んでいると、システィがこちらに視線を向けてきた。
聖女様には不思議なオーラが見えるらしくて、それでわかったらしいですよ? とか自分でも痛い発言をしているみたいで言いづらいのだが。
オタク気質な俺でさえ、オーラだのという発言は少しレベルが高いと思うんだ。
俺が少し居心地悪そうにしていると、システィの青い瞳に疑惑の色が浮かぶ。
「…………何でも聖女様には不思議なオーラが見えるらしくて、それで俺の事が魔物だとわかったみたいです」
「…………」
室内に静寂が訪れ、システィが俺を可哀想な物を見るような視線を向ける。
だから言いたくなかったんですよ! 俺が人間の身体であったならばわっと泣き出していたのに違いない。
本当にあいつがそう言っていたんだよ。
「……あっ」
俺がいじけて部屋の隅で座っていると、システィが何か思い出したかのような声を漏らした。
「そういえば聖女様は人の心を読むことができるって噂を聞いたことがあるし、あながちオーラ云々も嘘ではないかもしれないわね。もとより、女神エリアル様の加護を得た選ばれしお方なのだし……」
「おい、さっき哀れみの視線を向けたことを謝れ!」
俺が立ち上がって憤慨すると、システィがあははと笑いながら軽く謝る。
それからシスティは取り直すように咳払いをして尋ねた。
「じゃあデュークが魔物だとわかっているのに、どうして聖女様は会いに来たのかしら?」
そう、それがわからない。
「そう言えば、話をしたいとか言っていたような……」
「どうして話をしてみなかったのよ」
思い出すように言う俺に、システィが呆れた声を出す。
「いや、変装の魔道具とか使って見た目も違っていたし、システィや友人から聞いていた様子と実際に見た様子があまりにも違っていたから……」
最初にカフェで接触してきた様子や、買い物での聖女の様子をシスティに話してみる。
最初は怪訝な様子だったシスティだが、徐々に表情を引きつらせていった。
どうやらシスティの知っているような聖女とはやはり違ったらしい。
しまいには「それ本当なの?」とか聞いてくる始末だ。こんなことで嘘を吐いても意味がないとわかりつつも、聞かずにはいられなかったらしい。
「……聖女様も普通の女の子ってことよ、きっと」
微妙な表情を浮かべたシスティは、俺が買ってきた回復ポーションや魔力ポーションをレッグホルスターに収納していった。
神殿が今すぐに俺を襲ってくることはなさそうであるが、この先どうなるかもわからないので、すぐに脱出できる準備だけはしておこう。
と思ったのだが、食料や水もいらない俺には準備なんて必要ない。王都から離れるにしろ紫炎を召喚して逃げれば余裕な気がする。
例え追っ手がかかろうと紫炎はそんじょそこらの軍馬よりも速く体力も無尽蔵だ。軽々と逃げることができる。
もっとも、そうなれば逃げる先は魔物が跋扈する森と言った場所になるのだが。
書物では、遥か北の大陸に危険な魔物が多く生息する場所があると聞く。
魔の森は案外追っ手がかかるかもしれないので、最悪はそこに逃げ込まなければいけないかもしれないな。
その時に、システィに迷惑がかからないといいのだが。
そんな風に考えていると、レッグホルスターを足に巻き付けたシスティが勢いよく立ち上がった。
「さあ、今日もクエストに行くわよ! 買い物やデュークの話に時間がかかって、遠くに行く討伐クエストは無理だけど、近場の採集クエスト程度ならいけるわ!」
え? てっきり今日はシスティの道具の手入れとかで一日終わるのかと思っていたのだけれど?
俺が困惑していると、システィがずいっと俺に近寄り。
「行きましょう! お金がないの!」
そうでしたね。エルダートレントを倒して儲けたのはいいけど、殆ど借金の返済に充てたのでないんでしたね。
◆
(聖女視点)
「最近、お仕事を抜け出すことが多くありませんか? この間も司祭たちの会議をすっぽかしてカフェに行っていましたし、その前も書類仕事から逃げて脱走しております。アリアもお年頃で遊びたい気持ちもわかりますが――」
護衛であるリアに神殿へと連れ戻された私は、自室にて長々とお説教を受けていた。
私が神殿に連れてこられた時からの友達でもあり、血は繋がっていないけれど姉ともいえる存在。優しくて強くてとても頼りになるのだけれど少し真面目すぎて融通が利かないのが欠点だと思う。
そんなのだからいつまでたっても結婚できないのだと思う。
「今日だって朝の説法を急に司祭に押し付けて出ていったらしいじゃないですか。……どうしてアリアが余裕の笑みを浮かべているのですか?」
「……ふう。リアももう少し寛容さを身に付けないと結婚した時に、家庭で不和を招きますよ?」
リアの額にピキリと青筋が浮き上がる。
あ、しまった。心の中で思っておくつもりだったのについ言葉にしてしまった。
私は固まるリアの脇を通り抜けて扉から出ようとするが、するりと伸びた白い腕に捕まる。
それからガッとリアの懐へと引き寄せられ、私の頭にグリグリと拳がめり込む。
「余計なお世話ですよ」
「い、いい、痛いです! リア! でも、リアもそろそろ行き遅れにもなる歳です。早くいい殿方を見つけて幸せになるべきです!」
「そうすれば小うるさい、私がいなくなってアリアがうんと羽を伸ばせますものねぇ?」
「そうそうその通り――って痛い痛い!?」
リアってば私を誘導尋問にかけるなんて卑怯な!?
「神殿の聖女であるアリアがこの様なので、私が結婚できないんですよ」
「神殿が誇る聖女に向かってこの様呼ばわりですか!? 失礼な! あと、結婚についてはリアが選り好みしすぎるのがいけないのです」
「……それは」
私が核心ともいえる部分を突くと、リアの頬が気恥ずかさからほんのり頬が桜色に染まる。
お陰で頭に発生するキリキリとした痛みが止み、拳の圧迫も緩んだ。
エルドニア王国最強ともいわれる神殿の聖騎士に勝てる男性などいるはすがないだろうに。
見た目は美しいがほとんどの男性は気おくれしてしまう。それ以外で寄って来るのは、下心満載の男か愚かな者ばかり。
そんな男性は私がちょちょいと突けば逃げ出す。オーラを見れば大体の人となりはわかるものだ。
それでも未だに強い男性に憧れているなど、凛とした見た目のわりに純情というか乙女なのか。
まあ、そんな事は置いておいて逃げるなら隙を見せた今がチャンス。
このままそろりと身体を動かし、逃れようとするが、そこに万力の如し拳が再び頭を挟み込む。
ちょ、ちょちょ! 痛い痛すぎる。頭から何かが出てきそうだ。
一体誰がこんな凶悪な技を考えたのだろうか。
「こんな風にすぐ話を逸らしては、逃げようとする。今日という今日は反省してもらいます」
「痛い!? ちょっとリアさん! 遊んでいたわけではないのです!」
私が悲鳴を上げるもリアが無視をして、グリグリと続けてくるので切り札を切る。
「しょうもない言い訳をするなら、さらにキツイお仕置きをしますよ?」
スッと赤い瞳を細めて、こちらの瞳を覗き込んでくるリア。
さっきまでのまだ柔らかい雰囲気と違って、厳しさ溢れる雰囲気を纏い出した。
本当は他にも言い訳を考えていたのだけれど、それを言えば酷いお仕置きが待っているので止めておく。
どちらにせよ、彼の力を借りるにはリアの協力が不可欠なのだし。
「……実はこの王都に魔物がいるんです。あああああ!? 本当です! しょうもない嘘じゃないんです! オーラでちゃんと確認したんですから! 信じて下さい!」
毎回クエストをどうしようかと悩んでいたりします。どんな魔物で二人はどう行動するのか。など(笑)




