自称聖女
「貴方、人間じゃないですよね?」
銀髪の少女はにっこりとした笑みを浮かべながら、目の前のテーブルについた。
え? 何で? 何でいきなりそんな突拍子もない言葉を言うのだろう。
確かに俺は人間ではなくデュラハンだ。
でも、その事を知っているのはシスティだけなハズ。
こんな見ず知らずの少女が知っているわけがない。
システィがお酒の席でポロッと言ってしまった可能性もあるが、一応は真面目な奴なのだし信じてやろう。
……大丈夫ですよね? システィさん。
「いきなり失礼な事を言うお嬢さんだ。俺はただの冒険者ですよ」
フッと余裕はあるように言ってみるが、内心ではかなり焦っている。
いきなり人間じゃないとか言われた瞬間は心臓が飛び出るかと思った。ないけど。
ともかく落ち着け俺。慌てずに平静を装うんだ。
疚しい事は何もないのだ。いや、魔物ということを偽って王都で暮らしているという事自体が疚しいかもしれんが、疚しい目的は何も持っていない。善良な一般市民だ。
余裕のある俺の態度を見て、少女はどこかで見た事のある慈愛の笑みを浮かべて言った。
「これでも私、エリアル神殿の聖女なんでわかるんです」
…………は? 聖女?
聖女ってこの間広場で見た聖女様のことだよな? いやいや、背丈は似ているが聖女様は金髪碧眼なのだ。銀髪赤目のこの事は全くの別人じゃないか。
もしかしてこの子は痛い子なのだろうか? うわー、見た目はいいのに可哀想に……。
少女を憐憫の眼差しで見ていると、雰囲気で察したのか少女がバンッとテーブルを叩いた。
「ちょっと可哀想な人を見るような雰囲気を出さないで下さい! 「うわー」って聞こえていましたからね!? 事情があるから今はこんな町娘みたいな恰好なだけです! 本当に聖女なんですよ!?」
自称聖女と名乗る町娘はコホンと咳ばらいをすると再び語り始めた。
「……そのですね、私には人のオーラみたいなのが見えましてですね――ああっ!? ちょっと待って下さい! 頭の痛い子じゃないんです! 本当なんですって!」
さすがにオーラだのなんだのという痛い妄想には付き合っていられない。思っていたよりも性質の悪い少女だったので立ち去ろうとしたら、ガバッと足にしがみついてきた。
「おい離せよ! 自称聖女! こんなところでしがみついてくるな!」
「だったらきちんと私の話を聞いてください! それに私は本物の聖女ですから」
「聖女は金髪碧眼の少女だろうが。銀髪に赤目のお前とは全く違う。つまりお前は全くの偽物だ」
「それは変装用の魔道具のお陰です! 髪の色と瞳の色を変えているんですよ」
片手で自分の首にかけられた青色のペンダントを指さし抗議する少女。少女の癖に結構腕力が強いな。
「そんな魔道具聞いた事ないぞ」
システィと王都の魔道具屋を回ったが、そんなものは見た事ない。
「こんな便利な魔道具悪用されるに決まっています。王族や地位の高い人の間で少数しか出回っていませんから」
確かにそれは一理ある。
有名な聖女となるとおいそれと出歩く事はできなくなるだろうからな。
まあ、そんなのは信じないが。聖女がこんなはしたない行動をするわけがない。
ともあれ、少女が全身鎧の男に泣きついているというこの格好少々目立つ。
とりあえずは席に着こう。店内からのお客さんと大通りから妙な視線が突き刺さっているんだ。
面倒な少女から逃げるのはそれからだ。
「信じてくれたんですか?」
「んなわけあるか」
席についた俺にパアッした笑みを浮かべた自称聖女の言葉を一蹴。
自称少女は口元をひきつらせたが、何とか笑顔を維持し続けた。
よっぽど俺とお話がしたいらしい。
「さっきも言った通り、私はエリアル神殿の聖女アリアンヌです」
「……冒険者デューク」
視線で貴方の名前は? という風に問いかけられたので名前を名乗る。向こうは聖女の名を語った偽名なので、ドレイクと答えてやろうかと思ったが、冒険者で全身鎧を着ている奴なんて少ないしな。すぐにバレる。
「それでですね。聖女である私には人のオーラというのが見えるのです。そのオーラでどのような人か人種か状態かと見分けることができます」
へー、エリアル様の加護を賜った聖女だけの力というやつか。
随分と凝った設定だなあと思っていると、聖女が少し声を低くして言う。
「……勿論、魔物かどうかもです」
狼狽えるなデューク。こいつはただの痛い子だ。
こんな少女の言葉に耳を傾けてはいけない。
「その中でデュークさんのオーラは魔物である濁ったオーラに近いです。間違いありません。デュークさんは」
「人間だし、冒険者だ」
俺が遮って答えると、自称聖女は額に青筋を浮かべた。
オーラだのなんだのという意味のわからない能力で魔物だと看破されてたまるか。きちんとした証拠なんてないじゃないか。
「安心して下さい。こうやって話もできていますし、人に紛れて生活できている以上、知性があって賢く危険の無い魔物だというのはわかりま――ッ!?」
表情を取り繕って粘り強く続ける少女が、急にテーブルの下へと潜り込んだ。
この素早い動き。手馴れているな。
少女が見ていた視線の先には、同じく銀髪赤目の女性が歩いていた。
よくいる一般市民の格好をしているが、広場で見た聖騎士に似ている気がする。気のせいだろうか。
彼女はキョロキョロと当たりを見回して「アリアー! どこですかー?」と声を出していた。
その声が聞こえた瞬間、ふと足元にいた少女がビクリと身を震わせた。
どうやらこの自称聖女はあの女性に見つかりたくないらしい。
ならば今のうちに俺が立ち去ればこの少女は付いてこれない。
そう判断した俺は即座に席を立ちあがった。
「あっ! 待って下さい! 話はまだ――痛あ!」
そんな俺の様子に気付いたのか、テーブルの下に隠れた少女が頭を上げてぶつけた。
頭がぶつかったことでテーブルが揺れて、置かれていたグラスが地面へと落ちる。
甲高いグラスの破砕音が鳴り、多くの人がこちらへと振り返る。
カフェの近くにいた銀髪の女性も気付いたらしく、見つけたという表情を浮かべてやってきた。
「アリア!」
「や、やば!」
妙に覇気のある女性の声に少女が焦る。
割れたグラスと散らばったフルーツジュースに目もくれず、四つん這いの体勢で逃げる。
「また会いに来ますからね!」
立ち上がり、捨て台詞を吐くと少女は一目散に逃げ出した。
こんな少女があのお淑やかな聖女のはずがない。
「待ちなさいアリア!」
銀髪の女性が逃げる少女を追いかける。
銀髪の少女と女性は大通りの人混みの中にあっという間に消えていった。
よくわからない姉妹だが、騒がしい奴等である。
「お待たせー、デューク」
消えていく少女達を見ていると、システィが遅れてやってきた。
「お、おう」
「ちょっと何コレ? ここらへんのテーブルぐちゃぐちゃじゃないの? まさかこれデュークがやったの?」
椅子へと座ろうとしたシスティが眉をしかめた。
辺りを見れば、赤いジュースがあちこちに飛び散っているわ、割れたグラスはあるわで酷いものであった。
「……そんなわけないだろ」
それから俺達は別のテラス席へと座り、店員へとグラスが割れたと報告。
割れたグラスの代金は、親しそうに話していたのを見たとかという理由で俺が払うことになった。
どうして俺があんな奴のために……。




